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帰りたい(225回目)  四日目のクレア


 大会から4日、明日はついに2回戦だ。

 勝ち残った200人、しかもその中には同じ隊のヤツらまでいる。


 今日アタシは、明日に備えて訓練は休みにして、例のボロいビル、「エリアル研究所エクレア支部」に来ていた。

 相変わらず引っ掛かる名前だけれど、目的は1回戦で使うことがなかった、テオから借りた武器、飛行用ボードの“クラフト”の調整をしてもらうためだ。


 さて本番、となった時に使えないんじゃ話にならねぇ。

 テオ曰く、精密な武器は本番までのメンテナンスがキモらしいしな。


「たのもーって、あれ?」


 いつもの、外観にそぐわない綺麗なエントランス────なのだけど、その日は生憎、先客がいた。

 アタシとテオとあの博士っぽいジジイ以外に誰かがいるのなんて見たこともなかったし、驚きだ。


 しかも、その相手は────


「あ、王子様……!」

「あ、スピカの友達の──クレアちゃん、だっけ……」


 自信がない──わけじゃなく、ゲッソリと疲れて覇気のない様子でそこにいたのは、スピカの兄貴だった。

 確か、名前はリゲル。第五王子とか言ってたっけな。


「な、なんでアンタがここにいるんだよ」

「君こそなんで────ははー、さては君、テオにはめられた口だな?」


 疲れきってはいるけれど、そんなことお構い無く、王子様はニタニタと笑った。

 くそ、なんか腹立つ言い方だな────


「え、王子様、今『も』つったか??

 じゃあテオの言ってた、先代のオ客様モルモットって────」

「え? あー、そりゃ僕だよ。今は君がテオのオ客様もちゃになってしまったんだね。可哀想に」


 そう言って、王子様は今度はアタシに心底同情するような目を向けてきた。

 コイツがこんな目をするなんてイメージなかった、コイツもテオに苦労させられたんだな────


「その目止めろよ……」

「お互い様だろ……」


 どうやらアタシも同じ顔をしていたらしい。


「じゃ、僕帰るから。そろそろ帰らないとスピカが僕を心配する」

「てかなんでここにいたのか、まだ説明してねぇだろ! おい待てよ!!」

「ちょっと博士のところで作業してたのさ。友達から武器のメンテナンスを頼まれてね」


 そう言って、王子様はあくびをしながら帰ってしまった。

 相変わらずよく分からないヤツだな────



   ※   ※   ※   ※   ※



 2階に上がると、いつも通りの散らかった部屋だった。

 何度か来たとき片付けようとしたけれど、危ないものが多いしジジイが勝手にいじるなと怒るから、ずっとこのままだ。


 目的のテオなら、いつもこの辺で作業を────


「ん? ど、どーしたんだよテオっ!!!」


 散らかった部屋の中、テオが僅かな隙間の間で小さくうずくまっていた。

 周りにあのジジイの姿は────ない。


 慌てて駆け寄ると、どうやら呼吸はしているらしかった。

 ただ、シクシクとすすり泣く声が聞こえる。


「ホント、何があったんだよ!

 も、もしかして、さっきの王子様になんかやられたのか────」

「せいっ」

「いってえええええええええーーーーっ!」


 うずくまって泣いていたはずのテオが、急に向こう脛蹴ってきやがった!

 アタシは的確に狙われた急所を押さえて、散らかった研究所の中を転げ回った。色々と刺さって、さらに痛い。


「オメー様、よくその程度でこないだの大会の1回戦、突破できたな。

 こんなバカでも勝ち残れるとは、いよいよこの国もおしまいかね?」

6歳児テメェに憂いていただきたいほど、この国は愉快かんたんに出来ちゃいねぇよ!

 てか、お、お前! 生意気の方のテオだな!!」

「あぁん? あー、こっちの俺様・・のことか?

 確かに6歳児にしちゃませてるからなぁ。

 くく、大正解だ、よかったなぁオメー様よぉ?」


 さっきの王子様そっくりのニタニタ顔で、テオは悪っそうに笑っていた。

 きっとこれは、あの王子様がこの6歳児に影響してるに違いない────


「くっそ、ちびっ子テオのふりしてやがったのか……

 てかお前、急になにするんだよ!」

「急になにするんですかは、俺様の台詞だ。

 こないだの大会、テメェ渡した武器使わなかったじゃねぇか!」


 かなり怒った口調で、テオは叫んだ。

 またあの博士ジジイが怒るんじゃないか、と思ったけれど、そういえばあいにく、このフロアにそれらしき人影は見当たらなかった。

 いや、この汚い部屋に埋もれてるだけかもしれねぇけど────


「武器を使わなかったってのがどういうことか分かるか!? テメェが1回戦でアッサリスッパリ負けたらどーすんだバカ!

 俺様の可愛い可愛い可愛い作品たちが、日の目を浴びることもなく沈んでくんだぜ!?

 バカだバカだクソバーーーカだとは思ってたけど、ここまでバカだとは俺様もオメー様を過大評価しすぎてたなぁ!? おい答えろよバカ!!」


 スネを押さえて倒れるアタシの肩を、ゲシゲシと蹴ってくる。

 まぁ、いくら頭がよくなってても6歳児の力なんてタカが知れているから、鍛えてるアタシにはスネでも蹴られなければ痛くも痒くもねぇけど、なんか嫌だった。


「止めろ止めろ、蹴るのは!

 あぁ、言いたいことは分かったよ。でもなぁ、1回戦は飛行できる武器は使用禁止だったんだよ」


 そりゃ、空飛んで逃げれば場外に落とされることもなくなってしまうのだから、そのルールは分かる。

 スピカもプロペラは使わずに乗りきったんだから、しょうがないじゃないか。


「だったら、飛ばないようにすりゃいいだけだろ。

 こうやって、ボードをぶんぶん振り回してだな────」

「いやそれじゃ、武器としての宣伝にならねぇだろ。ただの板振り回してるヤツだろ。

 分かったって、2回戦は使うから、そんな怒るなって」


 持ってきたお土産のお菓子を渡すと、テオは舌打ちしながらそれを奪い取った。

 お礼もないのかよ────


「で、オメー様、今日は何の用なんだよ。挨拶ってガラでもねぇだろ。

 これ持ってきたってことは天才こっちの俺様に用があんだろ?」

「あー、ボードのメンテナンスしてもらおうと思って。明日使うつったろ」


 まぁ、その作業は慣れたものらしく、テオ自身それは文句をいわずに取りかかってくれた。

 だったら最初から大人しくやれよ────と思うけれど、前に言ったらしばらく甘いもの断ちハンガーストライキされたので、言わないことにしている。


 6歳児にこんなに気を使うなんて────あのアタシを哀れむような王子様の目線を、また思い出してしまった。



「そーいえばオメー様よ」

「ん?」


 珍しく、テオが作業中に話しかけてきた。

 いつもならここにいるときは黙々と武器をいじってるだけなので、少し以外だった。


「お前、作業中にしゃべることあるのな」

「バーカ、それはうるさくするとジジイがキレるからだよ。今日は用事だかで、あいにくいないからな。

 6歳児なめんな、常に好奇心でウズウズしてんだよ。

 じっとしてられねーし、常にしゃべりたいタイプだ、俺様は」

「あ、そ。で、なんなんだよ」

「いや、さっきここに来たとき言ってたろ、王子様って。あれ止めろよな」

「あ────やべっ!!」


 そう言えば、アイツがスピカの兄貴────つまり王子様だってことは、秘密にしてくれと言われてたんだった。

 何せばれると色々厄介で、軍でも王国騎士でも王族の兄弟たちは偽名を使って活動してるくらいだ。


 それをアッサリ王子様と言ったのは、確かにまずかった。


「あ、あの……アイツの王子様ってのは単なるアダ名で────」

「バーカ、アイツの生い立ちくらい俺様も聞いてるっての。

 そのうえで、オメー様に注意してやってんだよ」


 メンテナンス中のボードから目を離さず、テオは深くため息をついた。


「オメー様、よくその程度で軍人様が務まるな。

 こんなバカでも出来るとは、いよいよこの国もおしまいかね?」

「うぅ……」


 今度こそは、言い返すことができなかった。

 6歳児に説教されて、座って落ち込んでたら、テオがボードを渡してきた。



「ま、オメー様のことなんか、俺様は知ったこっちゃないけどね。

 ほら、できたぜメンテナンス。明日は使えよ」

「お、おう……」


 しゃべりながらやってたのに、メンテナンスしたてのボードは確かに上々だった。

 使わなくても分かる、これなら明日の大会でも問題なく使いこなせるはずだ。


「ありがとな……」

「ふん、珍しいねオメー様がお礼いうなんて。

 そのうち雪でも降るのかね?」

「さぁ────ん? てかお前、今日渡したお菓子に手付けてなくね!?」


 コイツは、なにか甘い物を食べなければ、普通の6歳児だ。

 そして満足感の高い甘いものを食べれば食べるほど、天才児でいる時間が長くなる。


 だから、いつもここに来るときは何かお菓子を持ってくるのがお決まりになっている。


 今日渡したのは、そこで買ってきたワッフル。

 冷めないうちに食べれば満足感も高いだろう、そうすればテオの能力が発動する時間も長いはずだ、と思って持ってきたのに、もうすっかり冷めてしまった。


 いつもならコイツ、会った瞬間はアホの6歳児で、お土産を食べながら能力を持続させて作業するのに、今日は包み紙がそのまんまだった。


「ど、どういうことだよ……」

「あー、確かに暖かいワッフル、6歳児おれさまの舌を満足させるには悪くねーけどオメー様、タイミングが悪かったな」


 そう言って、テオは「んべっ」と舌べろを出した。

 そこにはキラキラと輝く、宝石のような飴玉が一つ────


「美味かった、大満足だぜ?

 アイツが居座ってる数日間、瓶一つ開けちまって、これが最後のひとつなのに、この持続時間だからなぁ?

 なにせ、王族が直々に持ってきてくれる、高級な飴玉だ。

 オメー様が来る前から、これをゆっくりなめてたわけよ」

「あっ、くそ!! アイツが用意してたってことかよ!!」


 しかも、これだけテオが満足するものを、アタシは持ってこれた試しがない。

 高級なものだからそれは仕方ないにしても、それに今まで気づかなかったのが悔しかった。


「ふふ、バーカ。観察眼も足りないね、せいぜい精進しな」

「くっそ……」



 明日はいよいよ大会の2回戦だ。


 こんなんで大丈夫か、アタシ────?


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