大会の1回戦、Cブロックのスピカちゃん、Dブロックセルマともに、危なげなく勝ち抜いた。
戦いこそ長引いたものの、どこかのロイドやリゲル君に追いかけられる事もなく、因縁をつけられることもなく、羨ましいことこの上ない。
2回戦は別日。5日後だそうだ。
そして次の日私は、カフェ・ドマンシーに来ていた。
昨日帰りに、アリーナに観戦にきていたリタさんに呼び出されてたのだ。
理由は、なんとなく察しがついている。
「お邪魔しまーす……って、あれ?」
「おー、主役が来たッスね! こっちこっち!」
リタさんに言われるがままに入ると、中では店のバイトのメンバー、ティナちゃんとルーナちゃんが既に先に席に座っていた。
そして、机の上には料理がたくさん────
「こ、これって??」
「エリーが大会で1回戦勝ち残ったって聞いたから、祝勝会を開こうと思って皆で相談したの」
「ちょうど、今日お店休みだったッスからね~」
そうだったんだ、ドッキリにしたくて、ここに呼んだわけを、リタさんは話てくれなかったらしい。
他の隊の3人は、2回戦までそれぞれで再調整すると言っていたし、アデク隊長はこないだから任務でいないわけで。
だから、今回の事はここで初めてお祝いされた。
「ありがとうございます。てっきり今日は、シフト人数が足りなくて、1日働かなきゃいけないものだとばかり────」
「流石にこんな大切な時期に、そんなことを言わないッスよ!」
どうだか。一応制服を持ってきたので、私は結構本気だった。
第一、昨日会ったとき私を呼ぶニュアンスが、
「おっ、エリー丁度いいところに。1回戦突破おめでとうッスよー。
それと、明日お店来れるッスか?
いやー大したことじゃないんスけど、ちょっと、ねぇ……?」
とか、曖昧なことを言ったのが悪い。
まぁ、断れない私も私だけれど────
「そういえば、言い忘れてたんスけど、今日店長はいないんスよ。
というか、こないだ急にどこかに行っちゃって……」
「へぇ、そうなんですか」
いままでそんなことはなかったので、リタさんは少し不安そうだった。
「まぁ、店長の事だから心配ないと思うんスけどね。
最後に会ったティナが言うには、『ちょっと出掛ける』って言っていなくなっちゃったらしくて」
「えっ、それは心配ですね……」
私が記憶する限り、そういうことは今までに無かったはずだ。
「まぁ、昔は放浪癖があってよくこういうことする人だったッスけど。そうっスよね、ティナ?」
「え?? あ、うん。そう。そう言っておねーちゃん、いなくなっちゃったんだ!」
ティナちゃんは、少しどもりながら、必死で答えた。
「へぇー、まぁ深くは詮索しないッスけど……ねぇ?」
「うっ……」
「まぁ、あの人もいい大人だし、そのうち帰ってくるんじゃないか?」
片や、ルーナちゃんの方はあんまり気にしてないみたいだった。
何気に度胸あるんだよな、この人────
「だから、しばらくお店も休んでるんだゾ。
わざわざ今日のために開けたんだ感謝してな」
「あー、それはありがとうございます」
この料理も私のためにわざわざ用意してくれたんだろう。
勧められて食べてみると、いつも通り普通に美味しかった。
「まぁ、というかリタさんが、期限の近い食材使っちゃいたかっただけだけどナ」
「ちょっと!! 人聞きの悪い!
ま、間違いじゃないッスけど……」
「アハハ、分かってるんで大丈夫ですよ~」
まぁ、そんな理由もあるだろうとは思ってましたよ。
「そう言えば、なんでリタさん昨日会場にいたんですか?
私の応援、じゃないですよね?」
「うーん、エリーの事も見に行ってたッスけどね。
実は後輩が応援に行く予定だったらしいんスけど、あいにく妊娠中で。
『先輩! 私、今人混みは避けたいのだ! 頼むから試合を見に行って、私の部下たちの活躍を伝えてほしい! 頼むから!』ってお願いされちゃって、渋々行ったんスよ」
「へぇ、それは責任重大ですね」
あれ、どこかで聞いたことのある口調だ。
赤ちゃんが産まれるという報告といい、最近どこかで聞いたような────
「ま、実際行ってみても、誰がどの顔か分かんなくて、エリーしか見てなかったッスけどね」
「ダメじゃないですか」
せっかく暇な知り合い見つけて頼み込んだのにこの結果か、可哀想に。
「まぁ、昔のこと思い出してちょっと楽しかったッスよ」
「え、リタさんも大会に出場したことあるの!?」
「意外だナ、そーゆーの興味ないと思ってたゾ」
「あるッスよ、アデク先輩たちに勧められて2回だけ。
一応2回とも本選に残ったッス」
へぇ、それはずごい。本選に進めるのは、例年20人より少なかったはず。
つまりリタさんは少なくとも、参加してない人がいたことを差し引いても、その世代の新人の中ではかなり上の方にいたはずだ。
同じ隊だったアデク隊長やリーエルさん、リアレさんが印象的過ぎて忘れがちだけれど、その人たちと同じ環境にいれたと言うことは、それなりの実力がある裏付けになる。
バイト先の変な先輩くらいにしか思ってなかったけれど、案外スゴイ人なのかも知れない。
「フフン、どうッスか? 見直したッスか??」
「あはい、見直しました」
「おぉっ──珍しくエリーが、アタシを普通に尊敬してる……
そのうち雪でも降るッスかねぇ……」
私だって、先輩を素直に尊敬したい気持ちは常にあるんだ。
ただ、普段からのリタさんの行いが、私にそれを許してくれないだけで。
「いや、でもまだアデク隊長やリーエルさんよりはマシですけど……」
「あの2人はこの店だけに限っても、ほぼ出禁だもんね……」
「
初めての来店で店長と乱闘騒ぎになったアデク隊長。
ふらっと来ては予約もなく食い潰していく上に、隙あらばツケで払おうとするリーエルさん。
本来なら2人に関係ないメンバーまで、名前を聞いて溜め息をつく始末だ。
「昔はあの2人もカッコよかったんスけどねぇ……
エリーは聞いたことないッスか、2人の『ルーキーバトル・オブ・エクレア』での伝説の闘い」
「まぁ何となくは、聞いてますけど……」
確か2人がまだ新人だったころ、件の大会の準決勝。
トーナメントで当たり、1対1のバトルで本気を出してぶつかり合った結果、その新人とは思えない闘いぶりから、2人の名前が一気に国中に広がったという話だ。
「アタシは本戦の1試合目で負けて、観客席だったんスけどね?
当時術師だったリーエルさんの猛攻と、それを“精霊天衣”の超火力で焼ききろうとするアデク先輩の力と力のぶつかり合い!
今思い出しても胸が高鳴るッスよ!!」
「へぇー、あの人たちが……」
2人ともにいい思い出がないティナちゃんは、少し苦い顔をしていた。
まぁ、店長がいないとは言えこんなに堂々と先輩たちを語るリタさんも珍しいけれど。
「で、結局どうなったんですか?」
「ギリギリでアデク先輩の勝ち。
ただ、その試合終わって、アデク先輩棄権しちゃうんスよねぇ」
「へぇ、なんでですか?」
「『疲れた、決勝でカレンとはめんどくせぇ』って言ってたッス」
それは、アデク隊長らしいような、らしくないような理由だ。
確かに疲れた、って理由だけで大事な大会とか放棄してもおかしくなさそうだけれど、相手が店長なら、一番負けたくない相手だろうに────
「ん? てことはあれじゃないの!?」
「え、どーゆーことなんダ?」
「あっ……」
あまりにさらっと流され過ぎて聞き逃してしまったけれど、決勝に出た店長、そして相手のアデク隊長が棄権したと言うことは────
「その年の優勝者って、店長──ですよね?」
「あっ……」
その言葉に、リタさんは「あ、やべぇこれ言っちゃいけないやつだった」みたいな顔でそっぽを向いた。
「ねぇ、リタさん! 詳しく教えてよ!
おねーちゃんが優勝したなんて従姉妹の私も知らなかったのに!!」
「さぁ、料理が冷めちゃうッスよ。あちっ!」
どうやら、その案件はよっぽど店長は口止めしておきたいことだったらしい。
その後、いくら問い詰めてもリタさんは答えてくれなかったのだった。