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帰りたい(218回目)  ファイターズハイ


 2人が同じブロックだと知り、私の緊張は頂点に達していた。


 最初から運が悪すぎる。

 どうやって対策を────いや、時間がない。


 そもそも思い付いても、私に出来ないかもしれない。

 なら周りの人を盾に────いや、彼らだって一筋縄では行かないだろう。


 2人のどちらかに襲われた時点で、私の勝ち残りは絶望的だ。

 だったらいっそ最初から本気を────でもそれだけは、いざというときにとっておきたいし。


 どうしよう、どうしよう、どうすれば────


“エリー……”

「っ────あぁ、すみません……」


 珍しく、緊張していた。

 きーさんに促され、私は大きく息を吸う。


 ドーム会場の控え室、あまり新鮮な空気とは言えないけれど、今の私には、これくらいがちょうどよかった。


「ごめんなさい、ガラでもなかったですね」

“まぁ、ね。でも緊張しても仕方ないだろ”

「ですね」

“それに、1ヶ月の修行を思い出してみなよ”


 1ヶ月、【怪傑の三銃士】と過ごした日々。


 辛く、厳しく、大変で、逆境で。

 あとは適当で思いやりのない、おじさん3人と過ごした日々を────


「うぷっ……」

“ね、緊張なんて吹き飛ぶでしょ”

「吐き気が……」


 よかった、ギリギリ吐きはしなかった、危ないところだった。

 猫と喋ってるだけでも奇妙なのに、その上突然嘔吐したとなれば、他の参加者ににらまれて会場からつまみ出されても仕方がない。


 でもまぁ、きーさんのおかげで緊張は吹き飛んだ、主に悪い意味で。


「何て言うか、気合い入らないです……」



 その時、試合会場から一際大きな完成が響いてきた。

 どうやらAブロックの試合が終わったらしい。


「あっ、クレアは……」

“人のこと気にしてる場合かね?”

「そうでしたそうでした」


 いよいよ始まる、私の、全てを賭けると誓った、大会が────



   ※   ※   ※   ※   ※




 他のBブロック参加者と共に、私は闘技場の舞台上へと連れられる。

 観客席は超満員、きっとこの会場のキャパいっぱいに人がいるだろう。


 緊張は、している。正直今にも倒れそう。

 でも、絶対に勝ち抜かなければいけない、その緊張感も、いまは私を冷静にしてくれていた。


「ん──あれは……」


 会場の巨大モニターに、先ほどのAブロックを勝ち残った参加者の名前が羅列してあった。

 おっ、ちなみにAブロックのクレアは50人の中に残ったらしい。流石。


「私も心置きなく逃げれますね」

“逃げるの前提”


 舞台上では既に、ウォーミングアップをしている選手、武器を振っている選手、奇妙に周りをギラギラ伺っている選手────

 とりあえず、牧歌的な雰囲気とは、世界で一番賭け離れた場所だろう。


「きーさん、よろしくお願いします……」


 そして、モニターが映り変わり、試合開始のカウントダウンが始まる。

 それもすぐにゼロ、そしてピストルの音と共に、試合が始まった────



「隙ありっ!」

「うわ、きーさん棒に────よっ」


 試合開始と共に、いきなり襲いかかってきた男性をかわして、軽く脇腹を小突く。

 すると彼はそのまま重心が保てなくなり、場外へと落ちていった。


「ぎゃっ!」

「いきなりそれはどうかと────っと」

「ちっ! 外したかっ!」


 危な────私も結構な覚悟をしていたけれど、どうやら甘かったらしい。

 先ほど一人落としたばかりなのに、そのつぎは女性の

王国騎士が片手剣で突いてきた。


 あれ殺す気だろ────


「ちょっと、大会ですよ。殺生は止めてください……」

「そんな甘いことを言っているのは貴女だけだよ! 周りを見てみなよ!」



 そう言われて見回すと、至るところで同じような戦いが起きていた。

 舞台のスミでは、先ほどのように誰かに落とされる者、揉み合いになって共倒れする者、誰かと共闘する者────


 そして一番目立つド真ん中では、あの2人が初っ端から火花を散らしていた。


「テメェと1回戦ここからとは滾るじゃねぇか、なぁリゲルっ!」

「なんでよりにもよってこっち来るのさっ!

 僕だって勝ちたいんだ、他当たってくれよ!」

「しゃらくせぇっ!」


 そう怒号を跳ばし合いながらも、あれは完全にお互いがお互いしか見えてない。


 なんだ、よかった。私を狙う気では、今のところないみたいだ。

 あのまま2人とも落ちてしまえばいいのに。



「ちょっと! さっきから! なんで! 当たらないのっ!」

「逃げることと、気配を消すことは、結構定評が──うわあぶなっ」

「ちっ!」


 いまのはホントに危なかった。

 真っ向から戦ったら多分勝てるかどうか分からない相手、でも避けるだけならなんとか────なりそうもない。


「あ、アタシはね、今年で5年目なの!」

「5年目?」

「そうだよ、最後の年なの! 分かるでしょ!? 後がないの分かるでしょ!?」

「この大会に負けたからって、死ぬわけじゃ────貴女は死ぬわけじゃないでしょう」

「そういう考え方キライっ!」


 血眼になって、女性騎士はレイピアを振ってくる。

 私が憎いわけじゃないだろうに、こちらから攻撃はしないのだから、無理なら諦めてどこかへ行けばいいものを──しつこい。


「あんまりしつこいと、私も反撃しますよ……」

「すればいいじゃん! いやするなっ!」

「どっちっ?」


 ヤバイ人に捕まったなぁ。

 ここまで真っ直ぐ敵意を向けられてしまっては、敵はこの人だけじゃないのに周りへ気を配ること出来ない。


 まともに戦えば消耗は免れえないだろうし、相手には申し訳ないけれど────


「だったら逃げ、ですかね」

「ちょっと、そんなことさせるわけないでしょ!」

「しますよ、“ウィステリア・ミス──うわっ」


 目眩ましのため周りに霧を張ろうとした瞬間、視界の端に映ったこちらに腕を構える男性参加者を感じて、私は大きく横へ跳んで転がった。


「“ウォッシュ・ラグーン”!!」


 地面跳んだ1秒後、彼の腕から大量の水が流れ出し、私のすぐそばを洪水のようにかっさらっていく。


「うおおぉっ!? おーのーれぇーーーっ!」

「あーあー、可愛そうに……」


 先ほど私を執拗に追いかけてきた女性騎士も合わせて4人。

 洪水はまとめて彼らを場外へと引きずっていった。


「くそっ、1人逃げられたかっ!」

「危ないところでした、ありがとうございます」

「まてこのっ────ぐっおっ!」


 消耗したところを狙おうと言う魂胆か、洪水を出した彼も別の参加者に襲われて、私だけには構っていられないらしい。

 またまたラッキー、今度こそ私はその場から逃げ出した。



「それにしても、乱戦てやつですね……」

“うへぇ、ホント気を付けてよ”


 150人中、次の試合に残れるのは50人。

 こうしてみると、意外と1/3と言うのはシビアな数字だと言うことを実感させられる。


 平均的な能力では、決して生き残れない壁。

 パワーが強いにしろ、魔力が多いにしろ、防御力が高いにしろ、運がいいにしろ、何かしら秀でたものがなければ生き残れないのは確かだ。


「とりあえず、落とされないようにまずは真ん中に──うわっと」

「はははははっ! はは! はははは!! ははははははははっ!!」


 私の近くを人間が掠めていった──と思ったら、舞台の真ん中は恐らく優勝候補の2人が闘っていた。


「はは! これだけでも参加してよかったよロイドっ!

 面白いじゃあないか笑いが止まらないじゃないかガチでやるのはいつ以来かなぁとりあえずくらえっ!」

「リゲル、お前武器持つと途端に饒舌になるよな! きめぇ!」


 どうやら他の参加者から奪ったらしい鎖を振り回しながら、リゲル君は確実にロイドを狙った一撃を放つ。

 それも彼はなんなくかわすと一気に接近して拳を放った。


「ははははっ! 止まらないんだよっ!」


 あれは、完全にハイになってるリゲル君だ────

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