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ハードシップ(第11段階)  金の巨人

「オエエっ……」

「うわっ、汚ねぇ! テメェ何しやがる!?」


 慌てて飛び退いた【BJ】、しかしその後から続く巨大な質量・・には、対応しきれなかった。


「あっ────」

「オエエッ」


 人の吐く所なんて、よっぽどの事がなければ覗きたくもない。

 でも、目の前で起きているそれは多分、よっぽどの事に含んでもいいような────


「なに、あれ……」


 勘違いでも、見違いでもない。

 目の前で嘔吐するライル君の口からは、吐瀉物の代わりに────黄金に輝く巨大な腕が延びていた!!


「な、なんじゃこりゃっ!? ぐおっ────!」


 対応するまもなく、強烈な一撃を食らって大きく吹き飛ばされる【BJ】。

 その隙を狙って、さらにライル君は数歩乗り出して猛追をした。


「オエッ! オエッ!」

「クソッ、ふざけやがって!」


 ライル君がえずく度に、口から巨大な黄金の腕が現れてパンチを放つ。

 動揺した【BJ】は強力な腕の膂力に押されて、グラグラと後退した。


「ぼええっ!」

「クソがっ! “穿つ左腕ドリルズレフト”!」


 鋭い反発力の突きと化した【BJ】の左腕が、巨人の腕と真っ向からぶつかる。

 ギリギリと金属が擦れるような高い音がこだまして、本来拳同士のぶつかり合いでは巻き起こらないはずの火花が、辺りを焦がす音がする。


「っ────っ!? かてぇっ!」

「ぐえっ!」


 ぶつかり合う腕と腕、何秒かの瞬間の末、ついにライル君の発する黄金の腕が、巨大な質量で敵の拳を圧倒した。


「──────どわっ!」


 吹き飛ばされた【BJ】は、壁に打ち付けられて激しく悶える。


「いっ──ぐそっ……」


 フラフラと立ち上がろうとするも、血を僅かに口から吐いて膝を付く。

 ライル君の黄金の腕に押されて、立ち上がることさえままならないらしい。


「おおぉ、おぉ腹空ぃいたぁぁっ……」

「だ、大丈夫……?」

「まだ、倒れられないよ……」


 そういえばライル君は、能力を使うととてもお腹が空いてしまうと聞いた。

 あの腕の巨人とライル君は一心同体のようだし、大きな体を動かすにはそれだけ栄養も必要なんだろうか。


「さ、最後だよ──オエエエエエエッ!」

「────────っっっ!!」


 最後、とばかりに今までと比べ物にならない。

 思わず呆然としてしまうほど巨大な両腕が口から出てきて、左右に開いた。


「ふ、ふ、ふ────」


 巨大な影を前にした【BJ】、断末魔にも聞こえるその最後の言葉は、私にもなんとなく予想が出来た。




「ざけんなぁぁぁっ!」


 パンッ────


 土煙をあげて巨人の掌が敵を押し潰した。

 思わず眼を背けていると、いつの間にか腕はライル君の口の中へ戻っていた。



「ぐぐぅ、もうダメ一歩も動けない……」

「大丈夫ライル君!? な、なんだったのあれ……」


 倒れこむライル君を、今度は私がキャッチする。


 さっきのが、ライル君の能力鬼アビリティヴァンプってやつだ。

 あんな大きな生き物を体に飼っているなら、そりゃ燃費もよくないのも納得。


 充分強いように思えたけれど、やっぱり実践で使うのは難しかったんだろうか。


「お疲れ様……」

「おねえさんに誉められた──ふへへ、うれしぃ……

 頑張って能力、鍛えた甲斐があったよ……」


 力いっぱい動き回った後、疲れて眠くなってしまった子供のように、ライル君はウトウトし始めた。

 全く、いい笑顔ですこと。



「とりあえず皆のところに戻らなきゃ……」

「テメェら────よくも……」

「えっ────」


 まだ、意識があったんだ────


 さっきグシャッとされたはずの【BJ】は、それでも立ち上がりこちらを睨み付けていた。

 見るからに折れていそうな腕や足の骨。無事ではなさそうだけれど────


「まだ、やるの……? 今度は私も、相手になるよ」

「ちっ──ガキ2人と遊んでる暇はねぇわ。

 ごっこ遊びならテメェらで永遠にやってろ」

「あっ……」


 そういい捨てると彼は、バネのような魔力で廃屋を飛び越え、どこかへと行ってしまった。


「に、逃げちゃった……」


 今から追いかけようか、でもそうしたところで追い付けるかも、勝てるかも分からない。

 何よりこんな状態のライル君を放っておくわけには────


「おねえさん、あいつら、ソニアを狙おうとしてたん……だよね……」

「うん、そうだけど────」

「止め、ないと……」


 そう言って、ライル君は手をついて立ち上がろうとする。


「そんな体で、ダメだよ! 私が追いかけるからライル君はここにいて!」


 今のライル君は、元気なときと比べてかなり消耗しているように見えた。

 最初会ったとき倒れていたくらいだ、それからパスタしか食べていないし長い時間誘拐もされていた。


 これ以上使ったらもしかしたら、餓死もありえるんじゃ────


「追い付けないよ、あの人あれでもタフさが自慢の元軍人さんだったんだ」

「彼の事、どれくらい知ってるの……?」

「元々、ハムロレイ隊っていって、あの人たちは仲間だったんだ、オイラ。でもみんなの暴力がひどすぎて、解散になっちゃった。

 いろんなところでみんなの悪い噂は聞いていたけど、目の前であんなことしてるのに見過ごせないよね……」


 かつてライル君はララ隊やバルザム隊にも所属していたと、イスカたちは言ってた。

 ハムロレイ隊も、色々なところを転々としたうちの一つだったんだろう。


「ありがとうおねえさん、パスタ美味しかったよ。

 それにね、ここでやらなきゃ」


 あ、ダメだ。私は直感的にそう思った。


 彼はもう、何を言っても多分聴かない────

 女の子みたいな可愛い顔して、眼だけが覚悟で燃えている。


「ここでやらなきゃ、男が廃る。でしょ────? オエエエエエエッ!」

「あっ────」


 先程までとは比べ物にならない程長い長い嘔吐、しかし彼の口からはなにも出ていなかった。


 その代わり、徐々に身体に沿って金色の線が流れていく。

 腕や身体、足や首、口元に至るまで、血管のように波打つ金色の線が流れていった。


 そして束ねた髪の色が、生え際から金色に染まってゆく。


「ら、ライル君……?」

「やれやれ、このアホが……」


 その声は、さっきまでのライル君とは全くちがうものになっていた。

 野太くて、力強くて、それでも喋っているのはライル君なのだから違和感がすごい。


「やれやれ、このアホが。そんな状態で普通呼び出すかね? アーホアーホ」


 そう言って彼は自分の頬っぺたをギュウギュウとつねる。


「ま、応えた我も同罪なり」

「金の巨人……」


 直感的に思った、さっきライル君の口から出てきた金の腕、今彼の身体を借りて喋っているのは、その持ち主だ。


「初めまして、だなそこのニンゲンよ」

「は、初めまして……? ライル、君……?」


 喋りかけられて、ハッとする。ライル君でいいのかな?

 そもそも、言葉、通じる────?


「この姿でもまだ『ライル』と呼ぶかね」

「ライル君はライル君でしょう、なんて呼べばいいの……?」

「何とでも、ただそう呼ばれたことに驚いただけだ」


 これが、軍の人たちが期待していたという完全体か────


「あっ、出てきて大丈夫なの!? ライル君は────さっきまでのライル君はすごくお腹空いてて……」

「安心しろ、餓死はせぬ。されど、平時ならば危険ゆえやらぬ行いではある。

 終わった際には適当なパンの耳でも喰わせておくがよい────さて……」


 彼は軽く踏み出すと、そのまま走り出す体勢に入った。


「一体、何するつもりなの……?」

「とってもいいこと、だ。付いてこい────」


 瞬間、言い終わらないうちに、物凄い爆風が吹き荒れた。

 周りの土埃が舞い、身体が吹き飛ばされる。


「きゃああっ!!」



 そして眼を開くと、ライル君は消えてて────彼の向いていた方向には、廃屋の壁や塀を突き破って、一直線に穴が開いていた。


「付いてこいって、なにが……」


 慌ててその方向に走ると、しばらく行ったところで風穴が途絶えていた。

 そしてそこに倒れている2つの影────


「ライル君!! ライル君大丈夫!? と────【BJ】!?」


 さっき逃げた【BJ】と、その上から覆い被さるように寝ていたライル君。

 廃屋に囲まれた周りの静けさの中、完全に昇ってきた太陽が周りを照らす。


 こうして、よく分からないまま異様に長い夜がようやく終わった。



   ※   ※   ※   ※   ※



 動かなくなったライル君と【BJ】を運んで最初の建物近くまで戻ると、北の方向に向かって、何か大きな物が通ったような跡が出来ていた。


「これって……」


 慌てて何かが去った跡を追いかけてみると、その先で3人が大の字で倒れていた。


「アイドルさん、やるじゃねぇか」

「こんなに頑張ったのは久しぶりよ。

 喉ガラガラ、今日は仕事、休ませて……」

「2人ともお疲れ様、僕も疲れたよ。あはは」


 心配して近寄ると、ロイドが手を降ってくれた。

 なんか思ったより大変なことになってなかったみたい。



「みんな、大丈夫?」

「ほれっ」

「おわっ!? ナニコレ……」


 ロイドから放り投げられたのは金属の箱だった。

 中には何かポチャポチャと液体が入ってるみたいだけど────


「あー、それな。さっきの“ねばねば”が入ってんだよ。開けんなよ?」

「ぎゃっ!!」


 私は驚いて箱をその場に落としてしまった。

 慌てて飛び退いたけれど、どうやら落としたことで開きはしなかったらしい。


「よ、よく入れれたね……」

「要領はさっきと一緒。オレとイスカで気を引いてソニアが命令して封印。

 大変だったんだぜ?」

「うん、ありがと……」


 私が【BJ】にやられてる間に、3人は命がけて街を護ってくれたらしい。

 すぐ先にはもう、人が住んでいる区画が見え始めていた。



「で、そっちは?」

「あ、そうだった! 敵は捕まえたんだけどライル君がなんか元気がなくて!」


 さっきから意識を失って、グッタリとした青白い顔のライル君。

 多分栄養が足りなくて動くこともままならないんだろう。


 餓死はしない──ってライル君の中の能力鬼アビリティヴァンプは言ってたけれど、この状態がとても安全とは思えなかった。


「とりあえず何か食わせねぇとな。奴らが備蓄しておいた食料も無さそうだし。

 イスカ、何か持ってるか?」

「んー、ドライフルーツとお茶くらいならあるよ」


 そう言ってイスカは大の字のまま、ポケットから紙に包んだフルーツを取り出した。

 急いでお茶で溶いて飲ませてやる。


「一応飲んでるけど……だ、大丈夫かな?」

「飲んでんなら、すぐどうこうはねぇだろ。

 急に沢山喰わせるのも良くないから、とりあえず今から病院連れてってやれ」

「そ、そっか。うんそうだよね……」


 まだ病院はどこも開いていないけれど、中央病院なら対応してくれるかもしれない。

 ライル君の肩を支えて立ち上がると、逆側からソニアが支えてくれた。


「いいの?」

「当たり前よ、ソニアのせいでこんなことになっちゃったんだもん」


 何とか動けそうな私達を確認して、ロイドも立ち上がった。


「オレは捕まえたコイツら引き渡してくる。あと、これもどうにかしなきゃならねぇな……」


 そう言いながら、憂鬱そうに金属の箱を持ち上げた。


「ロイドも怪我してるじゃん、病院行かないと……」

「いいよ、これくらい。背中焼けただけだし。

 おいイスカ、お前も来るか? それとも病院行くか?」


 しかし、イスカは返答しなかった。

 というかさっきから眼を閉じたままピクリとも動かない。


「イスカ……?」

「おい、眼開けろよイスカ! おい!!」


 珍しく動揺したロイドが肩を揺さぶるが、彼女は眼を開けなかった。


 5人の中でいちばん無理をしていたのが、他ならぬイスカであるというのが分かったのは、それから少し後のことだった。




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