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ハードシップ(第9段階)  焼ける黒色


 ロイドが突き破った、大きな音をたてて崩れる屋根から私たちは突入した。着地まで2秒。


「おい、なんだぁ!?」

「外に敵が来たんじゃねぇのか!?」


 中には、男が3人いた。

 そのうち2人は見覚えのある顔だ────さっき私たちを路地で襲撃した【NOT】と【BJ】。

 そして、【BJ】のすぐ脇に縛り付けられて、横になっているのは────


「あっ、ライル君!!」

「くそ、テメぇ仲間呼びやがったな! コイツ殺すつったろ! なんなら、今ここで──ぎゃっ!」


 喚き散らす【BJ】、しかしその途中で彼は叫び声と共に身体ごと凪払われた。


「戦闘が三流なら、頭は四流らしいな。

 弱えぇんなら、敵が来たらまず、人質を担いで逃げることを考えたらどうだ?」

「クソッ──てめぇ誰だ……」


 突入からきっかり5秒、【BJ】を蹴り飛ばしたのは、見知らぬ女性だった。

 さっきイスカから教えてもらったけれど、彼女は多分“精霊天衣”したロイドだ。


 突入した瞬間一瞬で敵を見極め、ライル君に何かされる前に超高速でカタをつけたんだ────


「す、すごぃ……全然見えなかった……」

「5秒つったろ、遅いんだよ。

 おいそこの残り2人の賊、お前らもやるか……?」


 一瞬で【BJ】がやられたのを見て、【NOT】ともう一人の男はタジタジと後退していく。


「ちっ、張り合いねぇな。観念しなアウトロー供。

 あとコイツは返してもらうぞ。ほらっ」

「うわわわ!?」

「ちょ──急に!」


 天衣ロイドは床で倒れているライル君の襟首を持って、こちらに軽々と投げた。

 ずいぶん乱暴な方法だ、慌ててソニアと2人がかりでキャッチする。


「んっ、んーー、ここ、どぉこ……?」

「あ、起きた」


 どうやら揺れた衝撃で目を醒ましたらしい寝坊助さん。

 目を擦りながら私、ソニアと眼を配り、最後に自分を投げたロイドを見て笑った。


「あっ、ソニアとお姉さんと────【戦姫】ちゃん!」

「なんだよ、【暴食のライル】じゃねぇか、なんでお前こんなところにいる?」

「それが捕まっちゃってねー。でも【戦姫】ちゃんたち助けに来てくれたんでしょ?」


 ちっ、とロイドは面倒くさそうに舌打ちをする。

 イヤミが通じなかったことが面倒くさくなったらしい。


「おいレベッカ、このゴロツキ供はオレわたしが取っ捕まえて軍へ突き出す」

「わ、分かった。任せるよ」


 相手は戦意喪失している上に、対するはロイド。

 ここは間違いなく彼に任せても役不足になることはないだろう。


 それより、私のやるべきことをやれと、暗に言っている。


「ソニア悪いけどもう一仕事、下のイスカを助けなきゃ」

「分かった!!」

「へ、イスカもいるの? なんでなんで??」


 どうやらライル君はまだ状況が理解できていないらしい。

 いったん、安全なところにこの子だけでも移動させた方がいいのかな────


「なんでもいいから早く行けよ!」

「あ、ごめんなさ────」

「おい、そりゃねぇだろ嬢ちゃんたちよ……」


 その時、地の底から這い出るような声が、部屋へ響いた。

 さっきロイドに吹き飛ばされた【BJ】だ────


「ふん、案外頑丈じゃねぇのおっさん。もう3,40発殴りゃ若者に花を持たせてくれんのかね?」

「おいおい、まだオレたちゃ現役退いても一人の戦士だぜ?

 折角次期幹部がアイドル背負しょってやってきたのに、ただなにもしねぇでサヨナラさせるとでも?」


 ユラユラと立ち上がる【BJ】は、その手に金属の「箱」を持っていた。

 開いた箱の中からは、黒い“ねばねば”した何かが、溢れ落ちている。


「────おい、テメぇそれは!!」

「ふ、ふざけんな!」


 【NOT】ともう一人の仲間が、何やら【BJ】に非難と罵倒の声を浴びせる。

 だけれど、その場で一番青い顔をしていたのは、こちらに向かって入ってくるロイドだった。


「えええ、何!?」

「やべぇ!! 全員退避!!」


 瞬間、その黒い“ねばねば”が、視界の端で膨れ上がった気がした。

 そして強烈に焼き付くのは、不気味に顔を歪め笑う【BJ】。


「もう、遅い────」




   ※   ※   ※   ※   ※



 どのくらい眠っていたのか────恐らく数分、数秒だろうか。


「ぐっ────あああぁぁぁっ!!」

「え……ろ、ロイド!?」


 気付くと私とソニア、リゲル君は地面に倒れていた。

 3人まとめて2階の窓から、ロイドに抱えられてここまで運ばれたんだ。


 そのロイドは、“聖霊天衣”から男に戻った姿で、顔を歪ませながら目の前で必死に痛みに耐えている。


「ど、どうしたの!?」

「背中が──焼けるッ……!」

「うそ、大丈夫!?」


 慌ててロイドの背中を見ると、確かに広い範囲に火傷のような爛れた傷が生々しくできていた。

 今、ついさっきできたような傷だ────


「あれに────当たったの?」

「そうだ……くそッ!」


 先程まで私たちがいた廃屋敷の2階部分から、膨張する液体のような“ねばねば”したものが、溢れ出ていた。

 ついに中の容量に耐えきれなくなった屋敷の壁は崩壊し、私たちの目の前に瓦礫が落ちてくる。


 あのまま中にいたら、あの“ねばねば”に全身をぐちゃぐちゃにされて、壁で圧死させられていたんだろう。

 ロイドの咄嗟の判断に、助けられたんだ────


「ご、ごめん、私のせいで────」

「いいから……何とかする方法考えるぞ!」

「う、うん。そうだ、イスカは……」


 周りを見渡すと、イスカも私たちと同じように地面に倒れていた。

 しかも左手があるはずの場所には、ダラリと袖だけが延びていて、それじゃまるで────


「イスカ!! イスカどうしたの!? さっきの敵にやられたの!?」

「あ、レベッカ────ちがうょ、あいつらはしっかり捕まえたから安心して。

 全く信用、ないなぁ……」


 笑うイスカだったけれど、明らかにその顔からは生気が抜けていた。

 片腕を失う程の傷────きっとダメージが大きくて、まともにしゃべるのも辛いはずだ。


 すぐに治療しないと────


「とにかく早く何とか────」

「ばっ!!」

「うわっ!!!?」


 突然袖しかないと思っていたところから、イスカの左腕が飛び出してきた。

 目の前に突き出されて、私は思わず腰を抜かしてしまう。


「いいい、イスカ腕が!!! え、良かった!!

 でもなんで、えっ────??」

「落ち着いて、脅かして悪かったね。

 僕の腕は自分で千切ったんだよ、すこーし体力使っちゃうけど、とれてもへーき。よっこいしょ」


 そう言うとイスカは、驚いてまだ腰の上がらない私を尻目に、一人立ち上がって延びをした。


「な、何で腕を……」

「君たちが上から落ちてきたから、咄嗟に絡めとったんだよ。

 その時、ちょっとあの“ねばねば”に当たっちゃってね、火傷するような痛み──ヤバイと思って切り離したのさ。

 あんまり高くないけれど、受け身もとれずにあの高さから落ちたら大事だろ?」

「あ、うん、そうだったんだ、ありがとう……」


 ようやく足腰に力が入るようになってきたので立ち上がる。

 近くでよくよく見ると、イスカの顔はまだ青白かった。


 今元気に振る舞っているけれど、かなり無理させているのかな。


「大丈夫、イスカ……」

「うん、僕よりアイツの方が酷そうだ。

 なんかただ“ねばねば”に当たっただけじゃないって感じがするよ。何でだろうね」

「さぁ……?」


 向こうを見ると、ロイドは何とか起き上がってリゲル君とソニアを起こしていた。

 2人とも眼をパチパチさせながら状況を飲み込もうとしている。


 よかった、2人は無事みたい────


「あとさ、リーダーごめーん、一人敵を逃がしちゃった。結構相手も重症だったけど僕も大変でね」

「そうなんだ。うぅん、いいの」


 とりあえず目下それは優先順位の低いことだ。

 イスカも大変だったのだし、それは責められない。


「よかった────それとさ、リーダー。

 もう一つ、言わなきゃいけないから言うけれど、落ち着いて聞いてね」

「何……?」

「これは、一応の報告、なんだけれど────

 上から落ちてきたもう2人の男の人、はダメだった。

 助けようと思った時には、もうあんな感じだったよ……」

「え、2人ってどこに────ッ…………!!」


 イスカの見やる方向をつられて私も見て、心臓が捕まれたような衝撃を覚えた。

 煙をあげて黒と赤でほとんど炭になったような全身、僅かに残る布切れの端に、肉や髪の毛、色々なものが焼ける鼻を突くような異臭────


 2つの塊が、道の隅に転がっていた。




「あっ……あああぁぁぁ────ああぁぁぁっ……!!」


 眼に入った瞬間、イスカの言ったことと、目の前の光景が線で結ばれて、私はお腹の奥底からすがるような叫び声が溢れてきた。

 さっきまで目の前で話していた人が、あんな一瞬で、あんなにあっさり。


 恐怖と、混乱と、動揺と、喪失感と、絶望が心の広い部分に広がって、シミを作っていく。

 戻らないもの、戻せないもの、不可逆的な目の前の惨状に私は思わず心が耐えられずに、ポッキリと────


「────────っ!」

「おっ?」


 私は思いっきり両頬を叩くと、飛びそうになった気力、戻りそうになった酸っぱい液体、崩れそうになったその精神を、自分のあるべき場所に引き戻した。


「あ、ありがとうイスカ。

 私たちを助けてくれて……2人を助けようとしてくれて、あり、がとう……」

「っ────ごめん、正直もっとレベッカは驚くと思っていたよ。

 お見逸れしたよ、流石リーダーだね」

「うぅん、ダメ、今にも折れそう。だけど────」


 こんなところで折れちゃいけない、落ち込むのも、腐るのも後でいくらでも出来る。


 イスカは、それを目の前にしても私達を助けてくれた。

 ロイドだって、犠牲を払いながら咄嗟に私たち3人を安全なところに連れてきてくれた。


 今は、あの目の前の化物をどうにかしなきゃ、住宅街にでも出たら、それだけで被害の規模は想像できない。



「おい、叩き起こしてあの“ねばねば”について聞いて来たぞレベッカ。全くふざけんな!」

「あ、ロイド……」


 ライル君、ソニアを起こしたロイドが、こちらに歩いてきた。

 手にはさっきイスカが入り口で捕まえた男性2人を引きずっている。


「く、くそ離せ! 情報は言ったろ! あんなのどうしようもねぇよ!」

「うっせ」


 騒ぎ始めた男性に、ロイドはゲンコツをした。

 強く打たれた男性は、そのまま動かなくなる。


「あのね、あれは【BJ】が取引先から渡された『生物兵器』らしいわ」

「生物兵器?」


 聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。


「うん、実験で作られた生き物の兵器らしいわ。

 もしソニアの誘拐に失敗したら、あの箱を開けろって言われてたらしいの。

 それを、リーダーの【BJ】が持ってたみたい」


 そう言ってソニアは肩を震わせた。

 自分の誘拐に失敗したときのために用意された「兵器」。

 あんなものを自分のために放たれたと考えると、ゾッとするのはとても分かる気がした。


「うーん多分逃げた男が、その【BJ】だよ。

 全く僕に全部救出を任せっきりで、酷いもんだよね」


 5人で上をズブズブと移動する“ねばねば”を見上げる。

 聞いたことも、見たこともないような生物だ。いや、生物と言っていいのかどうかも怪しい。


 全員が全員、今目の前にしているその化物の正体を、言い当てることができなかった。


「あれがオレの背中に触れた瞬間、確かに背中を焼いた。

 あれに触れると、少なくとも人間は身体が焼けるような物質でできてるらしい」

「うん……」


 それは、犠牲になった2人を見ても明らかだった。

 皮膚は焼け爛れ、全身異臭を放ち、まるで炎の中に突っ込まれた後の死体のようだった。


「だが、それだけじゃねぇ違和感があった……」

「違和感?」

「何て言うのか──精魂を持ってかれるような感覚だ。

 それにオレの“聖霊天衣”が、強制的に戻された。今も聖霊の応答が弱くなっている」

「あーだから僕よりダメージが大きかったんだね。納得納得」


 そういえば、私が目を覚ましたときには、ロイドはもとの姿に戻っていたんだっけ。


 ロイドの中には、身体を失い魂だけの存在となった「概念聖霊」なるものがいるという話は、さっき本人から聞いた。

 その聖霊からの応答が弱まっているということは、つまり────


「ど、どう言うこと?」

「あの“ねばねば”は、聖霊の力を吸収する力がある──のかも知れねぇ。

 言うなれば『対聖霊用決戦兵器』、みたいなものか?」

「それをこの街の真ん中で解放するって、つまり相当危険てこと。

 なんだかとってもきな臭いねぇ────おっと!!」


 見上げる“ねばねば”、その一部が触手のように延びてきて私たちのいる場所を凪払っていった。

 なんとか全員待避したけれど、少なくとも今ので分かったことがある。


「ちっ、補足機能まであるのかよ。眼でもあんのかね?」


 “ねばねば”は膨張は止まり、屋敷の1部屋を覆うほどになっていた。

 そして、建物の上を伝いながら、流れる水のようにへ向かい始める。


「あの先は────」

「住宅地だな。ここは街の中だ、ここのエリアを抜けりゃ、どこに行ったって住宅地だろうよ」


 それは────まずい。

 触っただけでも身を焦がしてしまうような化物だ、幸いにもスピードは早くないにしろ、住宅に出れば被害は免れ得ないだろう。


「止めなきゃ────」

「リーダー、あの化物、止めるのはオレたちに任せろ。

 あんたには【BJ】を追ってほしい」

「え、追いかけるの?」

「捕まえた2人は知らなかったらしいが──あんな化物を産み出している生産元、知ってるかも知れねぇなら絶対に逃がせねぇ。

 追跡するなら空から追いかけられるあんたが適任だろ」


 そうだ、仲間を見捨てて逃げた【BJ】、いまどこまで逃げているか分からないけれど、アイツを捕まえなければ、あの“ねばねば”の正体を突き止めるための糸も、失ってしまうことになる。


「ソニアからも頼むわ────ソニアのせいでこんなことになっちゃったんだから。

 せめて責任もって最後まで戦う……!」

「【BJ】は南の方に逃げてったよ、頑張ってねぇ」

「りょ、了解! 任せて!」


 限界ギリギリまで重力をあげて浮上し、屋根の上から周りを見渡す。

 東の空が赤く染まり、少なくとも今辺りは朝焼けでよくよく見渡すことができた。



「まままって、僕も付いてく!!」

「え!?」


 気付くと、腰のところにライル君がしがみついていた。

 身体にかかる抵抗を操っていたせいで、気付かなかった────


「えぇ、ライル君、さっきから静かだと思ったら……危ないよ!!」

「このまま人質にされただけじゃ帰れないよ!

 おねがーい! オイラも連れてってぇ~!」

「わー、揺らさないで落ちるから!! 危ないから!」


 とりあえず、ライル君も私と同じように、落ちないよう重力を操作する。


「ついてきてくれるのは嬉しいけれど────なんで?」

「オイラ、実はオイラをさらったあいつらのこと、前から知ってたんだ……」


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