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ハードシップ(第8段階)  カチコミ、夜明け前!


 敵の指定した場所──南区域965番地は城から見て南にある区域だ。


 以前はここにも人が住んでいたのだけれど、数年前の大火事で辺りが焼けてしまった。

 なんでも、少し古い作りの木造の家が多かったのがよくなかったらしい。


 焼けずに残った家もあるのだけれど、今年辺りに開発の一貫でこの辺を大規模な工事をすると決定した関係で、今は誰も住んでいないもぬけの殻。

 街の中でも、ここだけがゴーストタウンのようになっている。



「いたよ、あれ────」


 そんな焼け落ちずに残った屋敷のひとつに、家の前に見張りらしき男性2人が立っている建物がある。

 一応ここは街の中、ガチガチに銃もって警戒している男がいるのだから、違和感がとんでもない。


「やっぱりな、あいつら人攫いだ。それもどっかで訓練積んでるタイプの」

「人攫い?」

「そのまんま、人を攫って売り飛ばす奴らだよ。

 お前でも街の外に山賊やゴロツキがいる話は聞いたことあるだろ」

「うん────」


 流石に軍の馬車が狙われたと言う話は滅多に聞かないけれど、一般の商人が襲われたと言う話はよく聞くことだ。

 重要な運搬なんかはそんな輩に襲われるわけにもいかないので、用心棒の代わりの傭兵産業────と言うのがビジネスのひとつとして成立しているくらいだ。


「で、アイツら近くで見てたイスカさんよ。どう思う?」

「切り捨てかなぁ」

「んだよな、まぁどうせやるこた変わらねぇが気が楽になった」


 2人がなにやらコソコソ話しているけれど、ベテランだけに通じるものがあるのか私にはさっぱり分からない。なんのこっちゃ。


「どういうこと? ソニア分かる?」

「分かんない……」

「────あいつら人攫いは、多分誰かの指示か雇われだ。

 でなけりゃ、レベッカと同じ隊になったなんつー情報力があるくせに、そんなお粗末な誘拐はしねぇよ」

「ソニアは、そもそもなぜ自分が狙われたか分かるよね?」


 イスカの質問に横のソニアは、それを聞いて深刻そうに答えた。


「それは流石に分かるわ。ソニアに、人質としての価値があるから、よね」


 軍が管理しているプロマの放送局、軍放送。

 そこで売り出しているアイドルと言えば、軍の幹部並みに有名なことは間違いない。


 何となく気づいていたけれど、そんなソニアが誘拐されれば、軍にとっては大きな信用問題になるはずだ。


「じゃ、じゃあうちのソニアはお金のために誘拐されそうになってたってこと? 許せない……!」

「いや、金をせびりたいなら軍を敵に回さんでももっと適したヤツがいるだろ、その辺の貴族様お金持ち様とかな。

 ただ、目的が金じゃなく、何か主義主張をこの国に広めてぇならソニアほど適したヤツはいねぇよ」


 そうか、この国や軍に沿わない考えを持ってる人達が有名人のソニアに刃物を向けて大声で叫べば、それこそ大きな効果を生むに違いない。

 プロマのアイドル、少なくともこの王都には魔力波を通して広まる。そして新聞に載って、国中に広がって────

 それこそ、大事件になりかねないような────


「って、思ったより私たちヤバイ組織に関わっちゃったんじゃ────

 ライル君助けたら報復とか考えなきゃいけないのかな……」

「そんな尻尾を捕まれる危険があるような真似するぐらいなら、ソニアをスパッと諦めて末端のあいつら切り捨てるよね、普通は。切り捨てってそーゆーこと」

「あぁ……」


 ようやく話が繋がった。そうか、2人は倒した後のことまで考えてるんだ────

 私はただライル君を助けなきゃ、と言う頭しかなかった。

 だから何も考えずにみんなに協力してもらおうとしていたけれど、なにも考えずに素人が突っ込めるほど甘くないんだ────


「レベッカは気にしなくていいよ、これは情報共有だから。

 それより、もう少し持ちそう?」

「任せて、このために3ヶ月もお休みもらったんだから……」


 敵には、ライル君という人質がいる、だから迂闊に攻めることは出来ない。

 そのために私たちは、正面から──もっと言うと地上から侵入するのは諦めて、別のルートを取ることにした。


 それがいまいるここ、空からだ────


「うひゃ、初めて空飛ぶけれど、結構怖いね」

「う、うん、そうね……」


 私も未だに慣れないけれど、この際怖がってなんていられない。


 今の私はイスカのおかげで、体力は万端。さっきまで先の方が緑色になっていた髪の色も、全て白に戻っているのがその証拠。

 これなら自分含めて4人をこうして浮かしているくらいなら、しばらくは問題なさそうだ。


「私が重力の負荷を操って、みんなを浮かせてるけれど────

 あんまり離れないでね、操れる範囲はそこまで広くないから……」

「いいか、アイツらはどうせレベッカや人質は殺す気だ。口止めするには手っ取り早いからな。

 なら、オレらも丁寧に真正面から出向いてやる必要はねぇんだ、指示したタイミングで襲撃するぞ」


 夜明けがだんだんと近づく、もう数分もすると東の空が明るくなり始めるんじゃないだろうか。

 ライル君を助けるための戦い、始めての襲撃作戦に、私の中に緊張感が走る。



「それより、いいのかよアイドルさんよ……」

「え、うん……」

「狙われてんのはお前だろ、人質さんとやらはお前の代わりに捕まったんだ。

 この潜入はお前がいかない方が、うまくいくかもしれないんだぜ」


 確かに、敵の目的はソニアだ。私も「ソニアと2人で来い」と言われた。

 もちろんそんな事をみすみす、するわけもないから、イスカやロイドにも協力を頼んだのだけれど。


「ロイド、言い方に気を付けてね」

「お前が来るってことは、ただ人質を助けたいって個人的主張だけじゃ、まかり通らねぇってことだ。

 戦ってダメなら最悪、お前が犠牲になって全員を逃がせ、その覚悟がないなら来るな」


 止めるイスカを無視して、ロイドはストレートに言葉を突き刺した。

 でも多分、ソニアはとっくにそんなこと覚悟できているんだと思う。


「分かってるわ、彼が捕まったときからそのつもりだった、それに今からもそのつもり。

 ダメならソニアを置いてみんな逃げて……」

「ソニア────」


 彼女だって、さっき自分が捕まったらどうなるかを話していたんだ。

 そこから先の危険だって、想像できない人じゃない。


「レベッカ──ううん、リーダー。ソニアも行かせて。

 自分のせいでこんなことになっちゃったの、それを黙って見てるだけ、はできないわ。

 ソニアはどうなってもいい、だから────」

「分かってるよ、ソニアの気持ちは。そんなことさせないけど……」


 実際どうしたいかと言う心意気と、実際どうするかと言う現実問題は別だ。

 ロイドの事はまだよく分からないけれど、彼だっていざとなっても、ソニアだけ置いて逃げるなんて案は採用しないだろう。


「失敗したときの事は、失敗したとき考えよう。

 マズは人質を助けて、全員無事にライル君を奪還しよう」



   ※   ※   ※   ※   ※



 夜の闇に紛れて、そっと敵の本拠地まで近づいてきた。

 ここまで来ると他の焼けた家の匂いなんかが漂ってくる。


 あまり好きな匂いではないけれど、敵にバレないようにそっと屋根の上に降りる──そんな前代未聞の初ミッションで集中した私は、そこまで気もまわらなかった。


「よっと……大丈夫、だ」


 まずロイドが屋根の上に降りて、安全を確かめる。

 私の能力はそこまで広い範囲が使えないから、全員がかなり建物まで接近しなければならなかった。


「降りるよ……」

「あぁ、全員降りていい────いや、待て!」


 ロイドと同じ方を見やると、建物の前で見張りをしていた男たちの一人が、こちらに気づいたようだった。

 まずい、仲間に連絡されたらライル君が殺されてしまう────


「まぁ、ここまで近づけたなら上出来だね。あ、僕だけ下ろして」

「え? えっ!?」

「いいから早くっ!! 着地は気にしなくていいから、僕の重力操作を切るのっ!」


 とっさに、言われるがままにイスカだけ負荷を戻す。

 するとイスカはそのまま地面へ音もなく着地すると、見張りの男たちの元まで、ものすごいスピードで迫った。


「なんだテメぇ!」

「ちょっとごめんね、おじさんたち──よっ!」


 接近してきたイスカに軽く触れられた男が、肩を押さえ込んで倒れた。

 そして、耳をおおいたくなる程痛々しい絶叫をあげる。


「何あれ、どうしたの────」

「肩を外したんだろ、マッサージ師の資格が役に立ったな」

「えっ、あんな一瞬で!?」


 お店が燃える前まではマッサージ屋さんをやってたっていうけれど、それは筋肉をほぐしつつ体に回復魔法を流し込むという、彼女オリジナルのマッサージ方法だったらしい。


 そんなマッサージ師としての技術を、今彼女は戦闘に使っている。

 一年以上のブランクがあるはずなのに、別の技術を身につけて復帰するなんて、なんと言うかただでは転ばないイスカを体現したような闘い方だ。


「はいはい、いかないでぇ。うふふ僕といいことしましょ」


 イスカの腕から伸びる植物は、見張りの男達を音もなくからめとってゆく。

 まるでどちらが人攫いか分からない、気付いたら暗闇から出てきた植物が全身を絡めとって、2人の見張りを動けなくする。


「すごい……」

「呆けてんな、今の叫び声で中の連中にはばれてるはずだ。すぐ突撃するぞ」

「う、うん!」


 急いでソニアと屋根に飛び乗って、素早く動くロイドの後ろを着いていく。

 正直足元が不安定で、よろけて落ちてしまいそうだ。


「身体浮かせられるんだからいいだろ……」

「あ、そうだった」

「それよりここだ、間違いないと思う」


 ロイドがカンカンと叩いた部分、そこは屋根の一部が脆くなっている。

 その下の部屋に敵とライル君がいるらしい。


「いいか、速攻5秒で勝負は決まる。気を抜くなよ」

「うん……」

「分かったわ」


 私たちがうなずいたのを確認して、ロイドは拳に力を込め、脆くなった屋根を叩き壊した。


「いくぞ、突入だ!!」




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