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ハードシップ(第6段階)  暴食娘と天衣娘Ⅵ/ニュービーがっ!


 冬の寒さが服を揺らす中、真夜中の空気をかき分けて、私は公園の真ん中に立った。

 照らされる電灯をスポットライトの代わりに、目の前に相対するのは、ロイド・ギャレットさんだ。



「ねぇ、ソニアはなにも聞いてないんだけれど、あれダメなんじゃないの? ねぇイスカ、ねぇ?」


 そうだ、私のためにももっと抗議してやってほしい。


「しー、なにも出来なかったソニアは黙っててよ。それとも今から僕が持ってる全知識を使って、エリーについて知ってる怖い話をしようか?」

「────ぁぁぁぁ……」

「よしよし、ここに座って僕とゆっくり見てようねぇ」


 残念ながら私の心強い仲間、ソニアはイスカの一言でその場に崩れ落ちてしまった。

 か、かわいそうに────



「おいリーダーさんよ。聞いてんのか」

「え? あ、ごめんなさい」

「余所見か、始まる前にいい度胸してんな」


 2人のやり取りを見てたら、ロイドさんにしかられた。 冷たい眼で見られて、やっぱり怖い────


「ルールはどうするって、聞いてんだよ」

「る、ルール?」

「不良の殴り合いじゃねぇんだ。

 決めなきゃどっちかが死ぬまで殺るだけだろ、いいのか?」

「あ、あぁ……そうだね……」


 思ってもみなかったけれど、意外と律儀な性格みたいだ。

 そうかぁ、なるべく痛くないのがいいけど────


「致命傷の残る攻撃、明らかに死んでしまう攻撃はダメ。

 あとはどっちかが参ったって言うか、戦えなくなったら敗けでいいんじゃない?」

「まぁ、そんなとこが無難か──いいな?」

「ぶ、無難かなぁ────いいけど……」


 イスカが余計な口を挟んだせいで勝手に決まってしまった。

 おのれ、項垂れるソニアに膝枕してるだけのクセに────


「じゃあ僕が始めるね。よーいどん」

「そんないきなり────って、えっ……がっ────」


 始まった瞬間、視界が揺れた。

 気づくと私は高速で迫ってきたロイドさんに、思いっきり腹を殴り付けられていた。


「浅かったか? いや、通ったな。どうやって防いだ」

「ひぃゅ……ぅ────」


 喉奥から不穏な空気の漏れる音が聞こえた。

 肺が、視界が、意識が、揺れて、落ちて、悲鳴をあげる────


「おらっ! おらっ! どうした自称面白技使い!」

「っぁ──あがっ────」


 さらに続く相手の殴る蹴るの暴行に、そのまま飛ばされて私は地面を転がった。


「いぃ、痛い……いたぃぃ……」

「あー、クソ。イスカ! テメェのところのリーダーもうくたばったぞ!」


 私を見下ろすロイドさんが、イライラしたように叫ぶ。

 声がガンガン頭に響いて、割れそうだった。


「ぅそん、見てあげてよリーダーの頑張り」

「あん? チッ──やな役目だ全く……」


 痛い、でも立たなきゃ、痛い────


 クラクラする視界を保ちながら、私はその場に酸っぱい液体を吐いた。

 こんなに体が悲鳴を上げたのは、始めてだった。



 ────────そういえば、もう半年近く前になるのかな。

 あの地獄のようなd級試験の時、セルマさんはムカデと戦う途中瓦礫が目に刺さって、片眼が見えなくなってたらしい。

 それでもあの人は私たちを助けてくれたんだ、なんの接点もなかった私達を。


「一応手加減はしてるが、女を殴って気持ちいいはずがねぇ。

 オレにそこまでさせて、そんなに捕まった人質が大切か」

「────う、うぅん、別にライル君が、大切だからじゃぁ、ないよ。

 あの子とは……しょ、初対面だし……でも……」


 でも辛くても今、私がたったこれだけで負けられるはずがない。怖くて、逃げたくても、痛くても。


 あの瞬間前を向いて立ち上がったセルマさんへの気持ちは、自分とは同期だけれど、憧れにも近いのかもしれない。

 今、同じように、私が立たなきゃ、ロイドさんが協力してくれなきゃ、ライル君は救えないんだから。


「立つのか、いいね。誰かさんも大好きな、善意の無償提供かよ。

 オレへの当て付けみたいじゃなければ、軍人サマとしては100点満点だ」

「当て付けでこんなことしないし、善意でもないよ……」

「へぇ、知らんわ。オレは諦めて────他あたれ!」


 迫る拳、先程と遜色ない一撃は、次こそ当たったらただじゃすまない。

 でも、もう何回も食らって、目も体も感覚も大分慣れた。


 だから、次こそは────!



「────っ! はぁ……はぁ────」

「ふぅん? やっぱりさっきから妙だったんだ。

 いくら手加減してたとしても、手応えが無さすぎる」


 私は当たる直前で止まったロイドさんの拳を、そっと手のひらで触れた。

 ガタガタと揺れているけれど、その拳は宙で制止して前へ進まない。


「動かねぇ、テメェの固有能力か────?」

「“負荷負いディープチェイス”」


 そして次の瞬間私の手のひらから拳が離れ、後ろにロイドさんが大きく吹き飛ぶ。


「っ────いてぇ」


 地面を何度か転がった後、彼は体を起こしながら呟いた。


「殴った力がそのまま返ってきたみてぇだ、いてぇ────」



   ※   ※   ※   ※   ※


 きっかけは、d級試験の時。

 突然自分自身が放たれた光、そして私の髪の色は白に染まり、迫る巨大ムカデを真っ2つにした。


「レベッカさんのその固有能力は、【ロード・コンダクター】というものですね。

 いわゆる負荷を操る能力と言ったところでしょうか。

 髪の毛の色はそのときの副次効果で──って、聞いてます?」

「え? あ、はいはい! もちろんです!

 でもなんか、自覚がなくて……」


 約半年前、私にそう言った能力監査機構のお姉さんの言葉にも、私はいまいち大きな反応が出来なかった。

 自分の持つこの力は、想像を絶するような力だ。


 でもそれが自分自身のものだという自覚は、未だに持てない。


「まぁ、そうおっしゃる方は沢山いらっしゃいます。

 特にここにいらっしゃる方は……」



 アデク隊とリーエル隊合同でやった祝勝会のあと、私の元に「能力監査機構」という団体の人たちがやってきた。

 なんでもこの国の能力に関するアレコレを管理している人たちらしく、「暴走して周りに危険を及ぼすかもしれない能力の持ち主」という話が、私を専用の施設へ隔離するという結論に至ったらしい。


 私は迎えに来てくれた能力監査機構の職員さんに付いてきただけなので詳しくは知らないけれど、暴れて手をつけられない人もいるらしい。

 だからこの能力監査機構は、そんな人たちを押さえるため────表向きは能力を使った悪犯罪を取り締まるために、武力を持つことを許可されている団体でもある。


 今は個室に通されているのでよく分からないけれど、壁一枚向こうでは私と同じように人生の選択に迫られている人たちがいるんだろか。


「で、レベッカさん。お話なんですが……」

「え? あぁはい、上司から色々聞いているんで暴れたりするつもりはないですよ。

 しばらく隔離して、私が能力を調節できるまで訓練するんですよね」

「えぇ、そうです」


 こういう重い話をするのにも慣れたものかと思ったけれど、機構員のお姉さんはホッとしたような顔をする。


「貴女の場合軍という『特殊能力取扱い業務』というものに当たります。

 我々もそうですが────業務の中で危険とされる固有能力でも使うことが許される仕事です」

「辞めるか、より制度をあげてここを出るか、ですね」

「はい」


 何が起こるか分からず、危険な力をコントロールして任務を務める私たち軍の人間にはいわば、より厳しい監視の眼が向けられる。

 この力を制御できない限り、軍に戻ることはできない、それでも────


「やります! やらせて!」


 そう答えたのが、この固有能力を手にいれて間もない頃だ。



   ※   ※   ※   ※   ※



「“矢継ぎ早ラピッドリー・アロー三連星”!」


 ロイドさんの拳を弾き返しては、ギリギリの力で応酬する。その連続で戦いは続く。

 そして私は手に触れた石3つを同時に投げた。


「ふんっ──つっ、つ! ただの投石に見せかけて投げといて、それぞれ別の早さに調節して時間差で当たるようにしたか?

 あーあー、必死すぎて見えなかったわー」

「うそ──つきっ!」

「いっ!? 嘘じゃねぇよ」


 弾かれた3つのうち、最後の石が地面に落ちる前に再びロイドさんに飛ばす。

 流石に反応できずに手の甲に血を滲ませた彼だけれど、その隙に迫った私からは大きく間合いをとった。


「危ねぇ、近づいたら潰されるんだよな?」

「つ、潰さないよ!!」


 そんなことが出来るんだったら、とっくに試してる。

 実際私の能力じゃ出来ないし、ロイドさんにはスキがないから出来ないんだけども。


「ふぅん、その能力はどーゆー性質のものか何となく見えてきた。

 こういうタイプは闘ったことがねぇな……」

「かも、ね……!」


 2歩下がって、体を浮かせる。

 空まで逃げてまずは距離をとらないと、完全に相手のペースになってしまっている────


「おいおい、つれねぇな。逃、げ、ん、な、よっ!!」

「変態────近付いたら殴るくせに!」

「ひでぇ言われようだ、頭きた────ぜっ!」


 そう言うとロイドさんは、さっきの私と同じように地面から石を拾い上げ投げてきた。3つ、こちらに飛んでくる。


「くっ────!!」

「終わらねぇぜ!?」


 後から後から連射されてくる石を、一つずつ勢いを殺して打ち落とさなければならない。


 たかが小石────でも、当たれば一瞬の油断ができる。

 そんな中で全てを避けきるのは難しい、何としても全部をいなしきらなきゃ!


「もっと、距離を、とらないと────!」

「悠長だなぁ? させねぇよ!」


 そう叫ぶと、ロイドは石を投げるのをやめ、こちらに迫ってきた。


「お前は見下ろしてるつもりかも知れねぇが、そこは充分に射程範囲────だっ!」

「しまった!!」


 確かに、空へ飛んだとき充分な距離をとって逃げたはずだった。

 それでも射程範囲に入ってしまったのは、石を投げられたとき、思わずしたに逃げるように誘導されてこと、そして────


「うおおおおっ!」

「ジャンプしてきた!?」


 確実にその辺の街を見渡せるほどの距離まで、ロイドさんが迫ってくる。

 次期幹部候補────その身体能力を甘く見ていた!


「“負荷負いディープチェイス”!!」

「くたばれっ!」


 空中で迫ってきた拳を、力の方向を変えて反らそうと試みるけれど、その強靭な拳は右にも左にも曲がることなく、私の元まで迫ってきた。


「がっ──!」


 勢いは殺せたとはいえ、それでも強力な一撃が、私を地面へと叩きつけた。

 何とか力の方向を反らしても、全身がバキバキと音をたてる。


「はっ、油断したな初心者ニュービーがっ!」

「まだ────まだっ!」

「っ……!」


 動かない体を何とか捻って、着地の瞬間のロイドさんをそのまま向こうへ吹き飛ばす。

 バランスを崩した彼は一度地面を転がると、二度目の回転で体制を立て直した。


「意外と粘るじゃねぇか────面白い・・・っ!! そろそろ歯ぁ喰いしばれっ!」

「はっ────!?」


 ついに遊ぶのを止めたのか、ロイドさんは一瞬のうちに私に距離を詰めて、拳を打ち込んできた。

 能力を使ってそれを止める────けれど死角から迫ってきた回し蹴りには対処できなかった。


「っ────!」

「次いくぞっ!」


 地面を転がると後から猛追する拳。

 応戦しなくちゃ────急いで身体を浮かせて空に逃げようとしたけれど、叩き落とされる。


「逃がさねぇよ、いいぜ? また空で闘っても。決着が延びるだけだけどなっ!」

「かはっ────────!」


 痛みで意識が飛びそうな中、歩いてくるロイドさんを、私は成す統べなく見上げるだけだった。

 心はまだ頑張れる、立ち上がれと急かしているのに、身体が全くついてこない。


 まだ、まだいけるはずなのに、もっと────



「諦めろ、終わりだ」

「………………」


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