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ハードシップ(第2段階)  暴食娘と天衣娘Ⅱ/闇の奥から


 ライル・レンストと名乗ったその水兵服の女の子は、軍人さんだった。

 まぁ、水兵服を着ているんだからそうかなぁ、とは思ったけれど、エクレアの街で活動していて、海での任務に出たことはないらしい。


「え、じゃあなんで水兵服を?」

「オシャレでしょ、フヘヘ!」


 まぁ、ファッションは人それぞれだし、実際似合ってるからいいか。

 それより気になったのは、食べながら聞かせてくれた彼女のプロフィールってやつだ。


「え……君って、男の子なの!? しかも私より歳上っ!?」

「そだよー、モグモグ」

「な、なんか失礼ごめんなさい……」


 小さな身体に後ろに束ねた明るい色の髪、天真爛漫な全体の雰囲気や可愛い声────

 すっかり騙されてしまったけれど、本人曰く男の人らしい。


 年齢も私より2つ上の2つ先輩で、エリーさんやイスカと同期なんだそう。

 ちなみにc-2級、つまりd-3級の私より上司だ。


「えー、そんなこと気にしなくていいよー。

 お姉さんはパスタをくれたいい人だし、仲良くしてほしいから、無理して口調も変えないでほしいな」

「でも悪い──です」

「オイラの事助けてくれたんだし、可愛らしく自然に見えるようにこの服やファッションも着てるんだもん。

 年下だと思ったなら大成功だね? ね? 似合うでしょ??」


 そういって、彼はその場でクルクルと回って見せた。

 スカートと髪が揺れて、一瞬その場所だけ、夜の路地裏で光ったような着さえするほど眩しい笑顔。


 なんかさっきまで死にそうな顔して倒れていたのに、とっても楽しそうに笑う人だ。


「う、うん。じゃあお言葉に甘えさせてもらう。

 えっと、ライル────」

「君でも、ちゃんでも、呼び捨てでも。オイラその辺は気にしないよぅ。

 あ、『さん』は止めてほしいかも、よそよそしいから」

「じゃあ、ライル君で。しっくり来るから」

「うん、よろしくレベッカ」


 彼はそう言いながら、腕を後ろに回してニッコリ微笑んだ。

 本当に男の子とは思えない可愛らしさ──なんだけど、両手は多分クリームパスタでべちゃべちゃなので、握手を求められなくて良かった。


「ところでライル君、なんであなたこんなところで倒れていたの?」

「え、気になるのぉ? 教えてほしいのぉ?」

「まぁ、デリケートな話でなければ教えてほしいかも。

 聞く権利はあると思うんだけれど……」

「で、でりけーと?」


 え、分かんないの────?


「まぁいいや、特別に教えてあげるよ。しょーがないなぁ。

 オイラね、お腹の中に『鬼』を飼ってるんだ」

「お、鬼? 鬼ってあの?」

「うん、オイラもよく分かんないんだけど、なんか偉い人にいわれたんだ。

 お腹の中に鬼、アビリぃ────なんちゃらがいるから、いっぱい食べなきゃいけなくてすぐお腹減っちゃうんだ」


 お腹の中に鬼が住んでる?

 なんか昔の迷信や子供に言い聞かせるお話みたいなお話だけれど、どうもライル君はそれを本気にしてるみたいだ。


「鬼なんているのかなぁ……」

「いるよ、鬼は、いる」

「へぇ………………」


 そう言いきったライル君は、なぜかさっきまでの雰囲気と違って、とても寒々しいものを瞳の奥に感じた。

 何だろう、本人と目があってるから当然なのだけれど、誰かに遠くから睨み付けられているような────



「あっ、そういえば2人ともどこ行ったんだろう……」

「2人ぃ? だれ?」

「うん、私の仲間。さっきまで一緒にいたんだけど……」


 ライル君を探しに行こうとしたら、急にいなくなってしまった。

 すぐそこの角で間違いなくお話ししてたのに。


「そう、じゃあお姉さん、帰らなきゃならないんだね?」

「う、うん……」

「じゃあ僕も帰るよ。今日のお礼、また今度するよぅ」

「いやいや、お礼なんてそんな」


 元々お店で残してしまったものだし、困っていたならお互い様だもの。


「そんな、こんなに美味しい料理もらっちゃ、悪いって────あっ、いや……」

「どうしたの?」

「ごめんお姉さん、話は後にして、今日は帰った方がいいかも……」

「ちっ、おいおい、イキナリ気づいたなガキが」


 声の方を振り返ると、カツカツと夜中の路地裏に音が響いた。


「えっと、どなた?」

「誰でもいいだろ、なぁ?」


 知らない人、大柄な男性が夜の闇から現れる。

 猫背でだらしないマントを着た、髭の濃い男。


 一目で分かる、ただの通行人じゃない────


「おい【JB】、作戦変更だ」

「バカヤロウ【NOT】、命令すんじゃねぇよ」


 気づくと背後からも、別の男が行く手を遮っていた。

 【NOT】と呼ばれた彼と同じような容姿、この人も多分、危ない人だ────


「うわっ、離せっ!」

「暴れるなアイドルさんよぉ!」


 背後から迫ってきていた【JB】と呼ばれた男が、ライル君の腕を乱暴に掴む。

 振り払おうとしても、彼の力じゃ及ばないらしい。


「なに貴方たち────彼から手を離して! ライル君、待って今助ける!!」

「は!? おい【JB】! その女、ソニアじゃねぇぞ!!」

「なに? この銀髪と同じ隊じゃねぇのか?」

「はなせっ!! オイラは男だっ!!」


 この2人、ソニアちゃんを狙って間違ってライル君を襲ったんだ────

 もしかして目印を、私にして────?


「ライル君を離して! 人違いだったんでしょ!?」

「────ちっ、なら仕方ねぇ【BJ】作戦変更だ」

「だから命令するなつってんだろ!!」


 2人はこちらの話など全く耳を傾ける様子がない。


「ちょっと、話を────」

「あ”? あーあー、何言ってんだか聞いてなかったけど答えはノーだぜ、ノー。銀髪、お前にゃ聞く耳持たねぇよ」

「オイラに何するんだよ! 怖いよおじさんたち!」

「テメェは黙ってろ!」

「ウギっ」


 【BJ】の首への一撃で、ライル君はぐったりと動かなくなった。

 気絶させられたんだ────


「コイツを返してほしけりゃ、ソニアを連れて夜明けまでに南区域965番地に来い。

 いいか、他のやつを寄越した時点でコイツを殺す、遅れても殺す、抵抗しても殺す、気分が悪けりゃ殺す、遅れんじゃねぇぞ」

「誰がそんな命令なんか聞くか……」


 タイミングが遅れてしまったけれど、ここまで見ていれば、もう相手に容赦が要らないことは充分に分かった。それに私も、我慢の限界だ。

 【BJ】を睨み付ける自分の中に、怒りで熱くなった血が駆け巡るのを感じた。

 鼓動が早くなり、髪の毛が大きく逆立つ。


「誰がそんな命令なんか聞くかっ!」

「おいおい、抵抗するんだな。いいぜ、やってやるよ」

「まて【BJ】! 何するか分からねぇぞその銀髪!」

「あん、だから命令すんな! こんな女一人充分に──おおっ!?」


 ライル君を抱える男のその腕が、ゆっくりと浮き上がる。

 腕の自由が効かなくなって、気絶したままのライル君が地面にドサリと落ちた。


「なんだぁっ!?」

「許さない──許さない────人を目印にして仲間と友達を誘拐するなんてっ!」

「くそっ、固有能力持ちか!?」


 焦る彼に、私はなおも詰め寄る。

 私の前で乱暴して、そんな勝手なこと許さない────


「クソがっ!」

「がっ────!」


 しかし、後頭部への突然の衝撃。

 意識が飛びそうになりながら振り返ると、【NOT】が私を後ろから殴り付けたらしい。


 ダメだ、ここで意識を失ったら────


「銀髪、今のはノーカンにしといてやるよ。楽しみに期待してるぜ?

 お仲間のアイドルさんを連れてきてくれるのをよぉ!」



 そこで私の意識は、完全に途切れた。

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