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帰りたい(213回目)  エリアル、修行の成果


 大会まで、残り、4日、だ────


 忘れ広野。そこの東に見える、かつてクレアを探してセルマとさ迷った森の向こうから、朝日が昇る。


 澄んだ空気、赤く染まる雲、小鳥のさえずり。

 そしてそれらが気にならなくなるほどの、巨大な騒音、暴音、土埃が撒き散らされる音────


「いけー、いまだーやれー」

「そこだーいいよー」


 おっさん達の間抜けた声が響くなか、その巨体から振り落とされた鎌の一撃が地面へと突き刺さる。

 しかし、鈍く光る刃物は充分に見切れる、しかも上は私にとってはいい足場だった。


“なにっ!?”


 土煙の中から、前足の上を走って現れた私に意表を突かれたのは、最近忘れ広野を蹂躙して回っていると噂の荒くれ精霊、“グランド・マンティス”、つまり巨大カマキリだ。

 軍への討伐依頼はまだ出てはいないが、これまでいくつかの荷馬車や馬が襲われ、被害者も出ているらしい。


“ふざけるな、貴様のような人間風情の小娘がワシを──”


 いいかけたところで、自分の腕が、自慢の鎌が、走って登ってきたその小娘風情に、切り落とされたことに気付く。

 しかも得物は、自分にとってはトゲ程の大きさの、ごく短い槍なのに、だ。


“なっ!? きさまぁぁぁぁっ!!”


 カマキリの絶叫が走る私の耳を震わせる。

 しかし虫がモチーフの精霊だからか、腕を落とされてもさして痛む様子もなく、その複眼をギョロギョロとこちらに向けてきた。


 この“グランド・マンティス”は、以前戦った“ノースコル・デス・センティピード”にもひけをとらない大きさがある。

 迫力だけは、相対してみると流石にキモが冷える。

 ただ、それは迫力だけ────


“がぁっ”


 しかし突然、カマキリの顎が大きく外れ、中からまばゆい光が溢れてきた。

 魔力が集まってくる、あれは“魔力砲ファル”だ。

 まともに食らったら多分命はない────


“この地もろともふきとべェっ!”


 途轍もないエネルギーの閃光は、忘れ広野の大地を引き裂き、かなり遠くに見えるグロリア・リバーまでを一直線に爆破した。


“ハァ、ハァ──人類ごときがっ!”


 流石に強力な超一撃で力を使い果たしたのか、カマキリは捨て台詞を最後にその動きを止めた。

 その瞬間に、捉えたはずの獲物が、首筋まで回り込んでいることに気付かないままに────


ぼくは貴方に恨みはないですが、街のためです。ごめんなさいね」


 そして、凍ったカマキリの首が、地面へと落ちる。



   ※   ※   ※   ※   ※



「や~約1ヶ月、修行の甲斐があったね~テイラー嬢。よかったよかった、特に最後の一撃がよかった」

「ちっ、最後は──凍り浸けか」

「そうだぜリーダー、オレ達の勝ちだ」


 ライルさんは軽く舌打ちをすると、エッソさんとジョノワさんにコインを一枚ずつ投げた。

 どうやら私で賭け事をしていたらしい。


「まぁ、テイラー嬢ごくろうさん。こいつ卵生むとどんどん増えるから、厄介なんだよね」

「味もよくねぇしな」


 そんなことはどうでもいいのだけれど、私はさっさと家に帰りたかった。

 いや、帰してくれ頼むから────


「まぁ、それでもまだ足りるか不安はあるけれど、前哨戦としてはこんなとかな。本番も頑張ってね」

「おつかれだ──後はゆっくり休め」


 その一言が【怪傑の三銃士】の修行が終わったことを告げる。

 私はようやくこの地獄から解放されたのだ。


「じゃあ僕らはこのまま任務に行くから、お見送りはここまででいいかな?」

「はい……」

「丸3日あるからしっかり休めよ!」

「はい……」

「歯ぁ──磨けよ」

「はい……」


 ボーッとした私を見て、3人は肩を竦めて行ってしまった。


「じゃあな。ま、せいぜい頑張れ」

「………………」


 気がつくと、どうやらここは忘れ広野の端らしい。

 少し遠くに、エクレアの街が見える。


「帰らなきゃ……」


 歩き出すと、後ろから、トテトテときーさんが付いてくる音が聞こえる。多分、大丈夫だろう。


 だから、私も、家に────


「おいっ!! エリアルっ!」

「っ──────?」


 急に呼び掛けられて、私は目を覚ます。

 気付くと、身体をクレア、セルマ、スピカちゃんの3人に支えられていた。


「あれ、みなさん、どうしてここに────」

「それはこっちのセリフだぜ!? 朝っぱらからなんでこんなとこで、しかも死にかけてんだ! しっかりしろ!」

「もしかして、敵に、やられたの……?」


 スピカちゃんが、不安そうにこちらを見つめる。


「違います、ただちょっと疲れちゃって……」

「疲れたなんてレベルじゃないじゃない!

 暫く姿見かけないと思ったけどどこ行ってたの!?

 リアレさんの紹介した人って誰!?」

「【怪傑の……三銃士……】、です」

「え、あの人たち?」


 3人のカッコいいとこしか見てないセルマたちからは、不思議そうな声が上がる。


「と、とにかく手当てしましょう!」

「そうだな──っておい! エリアル!!」


 私はそのまま3人に力を預けて、全身の力が抜けていくのを感じた。


「あ、ネコちゃんも……」

「きー、さん……?」


 そこで私の意識は、完全に途切れる。



   ※   ※   ※   ※   ※



「……………………」

「…………あの────」


 目を醒ますと私は、知らない家の知らないベッドに寝ていた。


「むーん……」

「あの、スピカちゃん、そんな覗き込まなくても……」


 そして、見覚えのあるピンクの髪の女の子が覗き込んでいた。

 鼻息がかかるほどめっちゃ近い。


「エリーさん、急に倒れて、心配した……」

「ご、ごめんなさい」


 どうやら、ここはエクレアの街にあるスピカちゃんの仮住まいらしい。

 と言っても流石お姫様、街のとびきり一等地に超豪邸なのだけれど。


 確か、スピカちゃんは春にお城を逃げ出した後から、ずっとここにリゲル君と住んでるはずだ。


「何があったの……? 近くに大きなカマキリ、倒れてたけど、あれにやられたの……?」

「あ、いや──違います。昨晩まで【怪傑の三銃士】に稽古をつけて貰ってたんです」

「え、どんな稽古、だったの……」

「それは……思い出したくないです」


 思い出したくない、思い出したくない、思い出したくない。

 そう思っても思い出してしまうほど、私にとってはキツかった。


 おかげで力はついた気がするけれど、それでも今後は勘弁だ。

 完全にトラウマ、この一ヶ月のことは絶対に一生忘れない。

 見渡すとベッドの脇で寝ていたきーさんも、少し震えていた。


「よっ、エリー。起きたんだね」

「あ、リゲル君」


 ちょうどタイミングよく(というか見計らったように)リゲル君が部屋に入ってきた。

 どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。


「はい、ジュース」

「あ、レモンジュース。ありがとうございます」


 体を起こしてグラスを受けとる。

 ミューズで飲んでた私の好物覚えていてくれたのだろうか。

 疲れきったからだに、レモンの酸味がとても染み渡った。


「エリーさん、まだ起きちゃ────」

「怪我をしたわけじゃないですから大丈夫ですよ。それよりスピカちゃん、なんでみなさんはあんなところに?」

「え? あー、たまたま、こないだ会ったの。

 それで今日は、3人で訓練しよう、って……」


 そうなのか、私がいない間にもみんな強くなってるに違いない。

 大会では3人ともライバルなのだから、気を引き締めないと。


「でも、今日はお開きになっちゃったんだよね」

「うん……」

「え、どうしてですか?」


 しばらくの間、スピカちゃんが言いにくそうにモゴモゴと呟いていた。

 私が目の前で倒れたからだと気付くのに、その後数秒かかる。


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