「で、説明、してもらいましょうか?? 尊敬に値する、
「どどどどどど、どうも、こう、も……」
「どうもこうも────」
何でこんなことになっちゃったんだろう────
目の前の石畳に正座させられて気まずそうにするのは、軍の幹部リーエルさんと、軍の幹部アデク隊長だった。
裏路地とは言え、人の目も全くない訳じゃないのに。
「僕は、怒ってますよ? 分かり、ますよね?」
「は、はい……」
自分の今左眼にある緑色が、リーエルさんから移ったいきさつを知ったリアレさんは、突然血相をかえて2人を街中探して詰め寄ると、その場に正座をさせた。
2人はそれぞれ別の場所にいたのに、前にミューズで見せてくれた“精霊天衣”で2人の居場所を探り当てて、一瞬のうちに見つけてしまった。
正直こんなに怒ったリアレさんも、こんなに怖いリアレさんも始めてみる。
多分、前に2人が話してくれたこの「魔眼」の力に関係があるんだ。
d級試験の祝勝会の日の前日、自分を襲った突然のハイテンション。
そして突然の痛み、左目の変化。その後2人から、この目がどう言うものか教えてもらったけれど、正直自分には手に余るどころの話じゃない、と思った。
「なんで。な・ん・で! 僕に教えて、くれなかったんですか!?
ビックリしましたよ! 帰ってきたら幼馴染みにこんなもんが移ってたんですよ!?
そりゃ驚くし報告の一つくらいしてくれてもいいでしょう!?」
「まぁ、うん。そうだな、一理あるよ……」
「ハイィ……」
どうやら、自由奔放な2人からしても、反論できないほどのことみたいだ。
え、この眼ってそんなに危ないものなの──?
「危ないさ、究極に危ない。断言する僕が関わってきたどの任務より危険だ」
「えぇ……」
「セルマは、この『魔眼』について、2人からなんて教えられたのかな?」
「えっと……とてつもなく力を持ったもので、制御できないと大変なことになる、って……」
「それ、だけ?」
あり得ない、と言うように睨むと、正座させられた2人は気まずそうに目をそらした。
「あの、この『緑色の左眼』ってなんなの……自分よく分からなくて」
「そのリーエルから移った『魔眼』は、かつてオレたち3人と、もう2人隊の仲間が戦った【アニスシード】という『襲来』の成の果てだ」
成の果て──そしてアデク隊長は、確かに「襲来」という言葉を使った。
「『襲来』? それって、あのホワイトハルトが打ち倒したって言う、あの……?」
「あぁ、どういうわけか、それが復活したらしい。しかもこの街に向かって進み始めた。
あれは紛れもなく、
※ ※ ※ ※ ※
【アニスシード】、それはこの島にとっての「脅威」だとアデク隊長は言う。
とある任務の末、エクレアの街に迫る【アニスシード】と戦ったリアレさん達は、なんとかそれを押し止めたらしい。
でも、その力は強大すぎて、隊全員の力をもってしても街に被害が及びかねないほどの状況になってたとか。
「そんな──自分この街に住んでたけど、そんなこと知らなかったわよ! 【アニスシード】ってなに!?」
「あたりめぇだ、そんな危険なもの、
この事実を知ってるのは、オレたちと軍のごく一部のトップと、国王だけだ」
それでも当時のリアレさん達の小隊メンバー、5人の力では、押し止めるのにも限界がある。
限られた人間しか知らないまま、その侵略者はどんどんとこの街に迫っていたという。
「ただ、あの日の僕たちが抜かった訳じゃない。
準備は万端、体調も万全だった」
「もうアデクはその頃既に【伝説の戦士】って呼ばれてましたシ、他の4人も間違いなく実力ハ、幹部に匹敵するものでしタ」
「通り名なんてどっかの誰かさんが、身勝手に決めるものだがな。
まぁ、オレに全盛期なんて生意気な頃があるとすりゃ、間違いなくあの時だ」
全盛期──【伝説の戦士】が、一番強かった頃。
それは、リーエルさんにとっても同じらしい。
「あ、でも今この街が無事ってことは、勝ったのよね!? その『襲来』に!」
「いや、あれは全く勝ちじゃない。アイツは侵略を続けるとやがて、この街の少し手前で、突然止まったんだ」
「えっ、どうして?」
「わかんね」
そう適当にアデク隊長は答えたけれど、リーエルさんは隣で深くうなずいていた。
そしてリアレさんも、苦い顔をしているけれどそれを否定しない。
「ホントに分からないの?」
「わかんねぇもんは、わかんね。
全てが謎のまま、あの戦いは決着した」
街に到達する寸前の戦いになって、結局決着はつかず、突然【アニスシード】の力は消滅。
倒したとか、力尽きたとかではなく、自分からその力を失っていったように、そのときは見えたという。
「それで、消えてしまったの……?」
「消えなかったデス。アレは、急にその力を弱めていキ、突然ある場所へ飛び込んできタ……」
「その、飛び込んだ先って、まさか────」
まさか──嫌な予感がして、生唾をゴクリと飲み込む。まさか、そんな。
「ココに……」
リーエルさんは、かつて緑色のオッドアイだった、自分の左眼に手を当てた。
でも今、そこには彼女の右目と同じように、キレイな金色の光が灯るだけだ。
そして、その緑色に光る左眼の因子は今、自分の中に────
「それってめちゃくちゃ危ないじゃない!!」
「だからそういってるだろ」
「そういってるじゃないデスか」
「分からないわよっ!」
あれだけの説明じゃ絶対に分からない!
こんな危険なものなら、もっと早く教えてもらいたかったのに!
「いや正直、セルマに詳しく説明しなかったのは、オレ達でもどうしようもないからだ。
それにリアレ、任務中のお前さんにわざわざ手紙を送って教えたところで、何が出来る」
「そ、それは……」
ここに来て始めて、リアレさんが苦い顔をした。
確かに、自分のせいでリアレさんな任務に支障をきたす、っていうのは自分としてもとても嫌だった。
もちろんリアレさんが心配してくれる、それはとっても嬉しいけれど、彼の仕事や目標のために、自分が邪魔になる存在にだけは絶対になりたくないし────
「リアレさん。自分実はd級試験の時、任務で失敗しちゃって、左眼に怪我をしちゃったの……」
「えっ、そんなの初耳だぞ……」
怪我をしたとき、敢えてリアレさんには言わなかった。
自分自身すっかり忘れてたし、心配かけたくなかったから。
「主治医の先生には、もう見えないかも、後遺症が残るかも、って言われたの。
でもね、この『眼』が移ってから、両眼ともちゃんと見えるようになったの」
「えっ、そうだったのか?? ご、ごめん。ちょっとごめん……」
そう言って、リアレさんは緑色の眼を覗き込んだ。
うん、そこには以前と変わらない、最愛の人が写っている。
何があろうとも、この気持ちだけは自分の眼以外の何かを通した時じゃ、感じない気持ちだ。
「あれからなにも起きてないし、自分は大丈夫よ……」
「そう、か……」
近くにリアレさんの顔があって、耳が少し熱くなる。
リアレさんも、そんな自分に気がついて少しだけ恥ずかしそうに顔を逸らした。
「分かった、今すぐなにか起きるってことは心配してないよ、僕も。君は眼が移ってからも、今日まで変わらず生活してきたんだ。
君にとってその眼は、敵ではないし、向こうも君に危害を加えるつもりはないんだろう。
でも、僕が心配してるのはこの先さ」
「先って?」
「強力すぎる力は、近くにいるだけで何か影響を受けるものだ。例えば僕もアデク先輩達と一緒にいたから、ここまで強くなれたのが大きいと思う。
いや、言うより見せた方が早いか────」
リアレさんは、今度は別の意味で気まずそうに眼を逸らしながら、懐から一冊の手帳──から、一枚の写真を取り出した。
「これって?」
「昔の写真だよ」
そこには、軍服姿のリアレさんたちが写っていた。
でも、アデク隊長もリアレさんも今より若い。
歴戦の戦士たちというより、少しだけあどけなさが残っている。
「アデク隊長に、リアレさんに──あ、この2人はドマンシーの店員さんね。
ん? じゃあ、この人は────」
写真のスミに恥ずかしそうに写る、ちっちゃな体に、その身体より大きな杖を持った、紫髪金眼の少女──なんだか感じがスピカちゃんに似てる。
ローブも着てるし、どうやら術師の人みたいだけど、自分にはこの人だけ見覚えがなかった。
「リアレさん、この人はどなた?」
「この人が、リーエル先輩だよ」
「へ……?」
いや、こんな時に冗談なんてリアレさんは少しイジワルだ。
だって目の前にいる、自分達のよく知るリーエルさんは、武器は杖じゃなくて二丁拳銃だし、写真を撮られて恥ずかしがるような人じゃないし、そもそも背だってリアレさんと同じくらい高くて、金髪で胸も露出も大きくて────
共通点と言えば、その瞳が同じ金色な事くらいだ。
「ウーン、ごめんネ新人ちゃン。ソレが、6年前のワターシなんデス……」