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帰りたい(206回目)  セルマの修行2/寮監督エラシル


 その後倒れた人たちを運んでいる間に、いつの間にか頭を抱えている人たちが少なくなったことに気がつく。

 エラシルさんとの救助が実を結んだ──わけではなく、範囲の中側にいる人たちも、何人かが自力で起き上がり始めた。


呪い・・が、とけてる……?」


 地面に座り込み首を降る人、なにが起きていたのか分からず呆然とする人────

 相変わらず頭を押さえて苦しんでいる人もいるけれど、もうそこは先ほどまでの地獄絵図じゃなかった。


「セルマ! 次の人を早く!!」

「エラシルさん!! みんな元気になってるわ!!」

「なにっ!?」


 それからしばらくして、全ての苦しむ人たちが、何事もなかったように起き上がった。

 街には、いつもの平和が戻ってきた────



   ※   ※   ※   ※   ※



 ヘトヘトになって孤児院に戻ると、いつも通り子供たちが遊んでいるその奥で、孤児院に運ばれた人たちがすでに起き上がっていた。


「何なんだ、オレのあとにも続々と運ばれてきて……」

「みなさん、突然連れてきて申し訳ありません。

 どうやら街の広範囲で皆様と同じ症状に苦しむかたがいたようなので、誠に勝手ながら皆様をここに避難させていただきました。

 危機は今一応去ったようですが、みなさんの中で病院での詳しい検査を希望する方は、引き続き支援いたします」


 もうこれ以上彼らをここに留まらせておく理由もなく、児童たちの手前本当ならなるべく他の大人を園にいれたくないエラシルさん。

 彼の一声で、集められた人たちは狐につままれたような面持ちでそれぞれの家へと帰っていった。


 お礼を言う者、詳しい説明を求める者はいても、誰一人として園に残ろうと言う人はいなかった。


「あんなに痛がってたのに……」

「そんなものだ、彼らにだって生活があるんだよ」

「うーん、まぁそうよね……」

「それより、セルマすごかったじゃないか!

 判断力や手際、あそこまで出きるとは思わなかったぞ!」


 エラシルさんは、自分やリフレさんが小さいときからここで働いているので、もう半分は少し若いお父さんみたいなもの。

 だから、手放しに誉められて、少し恥ずかくって、少し照れ臭い。


「オレはホントに感動したよ……木の上から降りれなくなってよく泣いてたお前が……」

「エラシルさんうるさい!!」


 こういう一言余計なところが、エラシルさんの悪い癖だ。


「それにしても遅いな、リアレは」

「えっ!?」


 確かにエラシルさんに言われて時計を見ると、彼が来るはずの時間はとっくの昔に過ぎていた。

 もうすぐお昼の時間か、というところだ。


「アデク隊長と会ったら、すぐこっち来てくれるって言ってたのに……」

「は? おいおい、嘘だろうセルマ? お前がリアレのことを忘れていただなんて有り得ないだろう。冗談はよせ、冗談は」


 いや、決して冗談じゃなく、さっきの騒ぎですっかり待ち合わせのことを失念していたんだけれど────

 あぁ、でも自分で言っててリアレさんのことを忘れていたなんて、今までの自分じゃ考えられないくらい、自分らしくない事な気がする。


「そういえば……実は、この前ここエクレアを出る前に、リアレさんが告白してくれたの。

 『君を護り続けられるような男になって帰ってくるから、そうしたら、僕と一緒になって欲しい』って」

「はっ!? うっそだろ? あの臆病で弱虫のリアレが???」

「リアレさんのこと悪く言わないで……」

「ホントのことだろ」


 少しムッとしたけれど、自分にとってエラシルさんが父親同然なのとおんなじで、リアレさんにとってもエラシルさんは父親同然。

 中々その立場から言われると、反論しづらい。


「と、とにかく!! そう言われて、改めてリアレさんと一緒にいるようになれるにはどうすればいいか考えたの」

「ほう、で?」

「リアレさんはとっても強くて魅力的な人だわ、悔しいけど女性からも人気があると思う」

「あー、あるなぁ」


 あるんだ、そう言われるとその事実を認めてしまうようで、嬉しいような気が気でないでないような────


「だ、だから、今目の前のことを精一杯頑張ろうって!

 リアレさんだけで目の前が見えなくならないように、今を精一杯楽しもうって思ったの!」

「ほーん、そうか」

「だって、自分リアレさんが大好きだもの……」

「ほーん、そうか」


 さっきから聞いてるのか聞いてないのか良く分からないエラシルさん。反応がなんかテキトー。


「エラシルさん聞いてる?? 今大事なこと言ってたのよ?」

「聞いてたさ、お前の惚気も誉め言葉も、アイツの顔みながらな」

「えっ……」


 エラシルさんが指差す方向、そこにいたのはなんだか気まずそうな顔したリアレさんだった。

 嬉しさと共に体の中を血潮のバクハツが駆け巡る。

 もしかして────全部聞かれてた!?


「りりり、リアレさんっ!? いつからっ!?」

「ひ、久しぶりだねセルマ。その、途中から……」


 途中ってどこ!?告白の話したところとエラシルさんに聞いてるか問い詰めた所じゃ随分違うんだけど!?

 でも多分、途中からと言いつつあの顔はほとんど全部聞かれてたんじゃ────


「エラシルさん気付いててなんで教えてくれないの!!」

「面白そうだからに決まってるだろ、ふふふふふ」


 にやにやと笑うエラシルさん。

 前言撤回、この人父親代わりというより、近所のおじさんだ。

 しかも余計なこと言ってからかってくる系の。


「あーーもう、恥ずかしいったらないわ!!」

「いや、嬉しかったよ……」


 そう言いつつ恥ずかしそうに口もとを押さえてうつむくリアレさん。

 ああ、そう言うところも大好きっ!!


「ま、良かったなセルマ。憧れのリアレさんが他の女に付いていったりしてなくてっ!」

「ちょっと!!」

「え、エラシルさん。僕そんなことしないから……」


 ニヨニヨと笑う近所のおじさん、エラシルさん節はは止まらない。

 折角久しぶりに会えて2人でゆっくり出きると思ったのに台無しだ。


「エラシルさんもう知らない! 出てってほしいわ!」

「出てけって、オレはここの寮監督なんだが?

 ま、いいや。あとは若い2人だけでやりな、ふふふふふふふふふふふふふ」


 心底楽しそうだけど、割りとあっさり出てってくれたエラシルさん。

 いや、これあれだよ。会うたびにからかわれるやつだよ────


「と、とにかく!! リアレさん、無事でよかったわ。

 そうだ! さっきそこの通りの向こうで沢山の人が突然頭痛を起こしたの! すぐにみんなよくなったんだけどもしかしたら敵襲かも────」

「あぁ、その対応に追われてたんだ。遅くなってしまってすまない。

 でも、僕が確認した、もうこの街は大丈夫だよ」

「えっ!? じゃあもしかして、あの呪い・・はリアレさんが解決したの!?!

「あっ、いや。ちがうよ……」


 リアレさんは、何気なく聞いてしまった質問に気まずそうに目をそらした。

 え、自分なにか聞いちゃいけないこと聞いたの?


「『呪い』、か。セルマ、あれは呪いなんかじゃないよ。あんまり大声でそれを言うと、傷つく人もいるから、気を付けて」

「傷つく人……?」

「とにかく、さっきの騒動はアデク先輩とリーエル先輩が解決したんだよ。

 僕はなにもしてないから、そんな期待はしないでおくれ」


 そういいつつ、リアレさんは少しだけ疲れたように笑った。

 なんだろう、少しだけ彼は嘘をついてる──気がする。


「あっ、なんにしてもこの話しはここじゃ子供たちや他の先生に迷惑がかかるわ!

 どこか食事でもいきましょう、お昼ごはんは食べたの?」

「うん、さっきの騒動で食べそびれてしまったから、どこかいいところを探そう。

 それよりセルマ、アイチェン切れてないかい?」

「アイチェン?」


 アイチェンというのは、魔力の波を目元に当てて、目の色を変える魔道具だ。

 一定時間すると色が落ちてしまう欠点があるけれど、量産もされるようになっていて街でも安く手にはいるので、特に若い女の子の間でおしゃれのために使われている。


「え? でも自分、アイチェン何てしてないわよ?」

「え、でも左眼が緑色じゃないか。アイチェンしてるんじゃないのか?」

「あっ……」


 これは、d級試験の祝勝会の日、リーエルさんの目の色が移って変わったものだ。

 そういえば、手紙でリアレさんに伝えるのを忘れていたんだった────


「リアレさん。これ、実はね────」

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