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帰りたい(205回目)  セルマの修行1/急病人の街


〈王都エクレア崩壊!?謎の病人により溢れ耐える街〉


 そんな眼を疑うような記事が街に出回る少し前。

 街に謎の奇病が流行ったその日、自分は運良く、その奇病にはかからなかった。


「セルマぁ! セルマはいるか!!?」

「あー、はいはいなんですかエラシルさん?」


 自分とリアレさんが生まれ育った孤児院──リアレさんとの待ち合わせのためにそこに訪れていたら、寮監督エラシル・アダムスさんの野太い声が響いた。


「急病人だ! 手伝ってくれ!!」

「えっ!?」


 どうやらエラシルさんは隣の部屋に駆け込んだらしい。

 通常、なにか緊急事態があった場合でも子供たちに不安を与えないよう、職員は大声や焦った声を出すことは稀。

 それが、あんな大声で──しかも寮監督のエラシルさんが叫ぶなんて、今までにない事態だった。


「おねーちゃん、どうしたの??」

「ごめんね、ちょっとエラシルさんに呼ばれちゃったから行ってくるね」


 近くで遊んでいた子にそっと言い聞かせて、そそくさと部屋を出る。


「エラシルさん、急病人の人は!?」

「ここだ!」


 隣の部屋に駆け込むと、真っ青になった男性が、ベッドへ担ぎ込まれるところだった。

 背の高い30代くらいの男性だ──全身筋肉のような巨漢のエラシルさんでなければ、運ぶこともままならなかっただろう。


 男性は苦しそうにうめきながら頭を押さえていた。

 脳出血とかそういう類いかもしれない──とにかく応急手当専門の癒師いやしの自分では手に余る。


「エラシルさん、総合病院に連絡してすぐに搬送してもらえるよう手配して!」

「分かった! 他になにか必要なものはあるか!?」

「いや大丈夫だと思うわ! とりあえず子供たちがこの部屋に来ないように──うぎゃあっ!?」


 部屋を出ようとしたエラシルさんが、こちらの大声に驚いてぎょっと振り向いた。


「お、おいどうしたんだ……」

「患者さんが────」


 先程まで死にそうなほど苦しんでいた患者さんが、なんの前触れもなくひょっこりと起き上がったのだった。

 それにどこか苦しい様子もなく、辺りを不思議な様子でキョロキョロと見回している。


「あ、あの────」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「ここは、どこですか……?」

「は、い……? エクレアの、孤児院の、中央寮、ですけど……」

「はぁ、あそこか……」


 男性はこの施設の名前は知っていたようだったけれど、なおさら周りを見てキョトンとしっぱなしだ。

 どうやら本当に、ここにいる理由が思い出せないらしい。


「どうやら、混乱している様子ですね。児童養護施設こじいんの、エクレア中央寮は分かりますか?」

「はぁ、うちの近所です……」


 さすが、孤児院を収める知的筋肉ことエラシルさんだ。

 彼にとっては、こういう時の対応も慣れたものなのかもしれない。


「貴方は先程まで、苦しそうに頭を押さえていたのですが、何か覚えていますか?」

「え? えぇ、苦しかったことは何となく──あぁ、少しずつ思い出してきた!」


 男性が言うには、商店街を普通に歩いていた時、突然の頭痛に襲われたらしい。

 何とか這って裏路地を抜け孤児院のある通りまで出たが、そこで力尽きたとか。


「時間は──鐘が鳴ってたから10時くらいかな」

「オレが貴方を見つけたのはそのすぐ後でした。

 あまり時間は経ってなかったんですね」

「あぁ、本当に申し訳なかった。いつまでも迷惑はかけられない、私は失礼させていただくよ────」


 そういって彼はベッドから立ち上がろうとする。


「待ってください、まだ何があるか分からない。

 もし身体に異常があるならこういうときはあまり動かない方がいいと聞く。

 病院に連絡をするのでそこで見てもらいましょう、あの苦しみ方は尋常じゃないから」

「いや、大丈夫──って力強っ!?」

「行かないで」


 男性はしばらくエラシルさんと押し問答をしていたが、最後にはエラシルさん(の腕力)に押されて諦めたらしい。


「わ、分かったから。よろしく頼むよ……」

「よし、セルマ連絡してきてくれ」

「わ、分かったわ」


 あれだけ元気そうなら大丈夫そうな気がするけども────

 とりあえず、通信機を借りて病院に連絡をとることにした。



   ※   ※   ※   ※   ※



「ダメ、ウソでしょ、全く繋がらない……」


 何度かけても何度かけても、通信機が病院に繋がることはなかった。


 エクレア中央病院の通信機の回線はこの国でもトップクラス。

 本当なら繋がらないことなど、まずあるはずがないのに────


「セルマ、大丈夫か……?」

「わっ、エラシルさん?? あの人はいいの?」

「どこにもいかないと約束してくれた、男と男の約束だ、違えないはずだ。

 それより、遅くて気になって来た。なぜそんなに時間がかかっている」

「はぁ……」


 もう一度番号を回し、やはり同じ結果だとため息をつく。


「かからないの、エクレア中央病院に……」

「なにっ? 番号は合ってるのか??」

「間違いないわ、間違いないはずよ……」


 施設で暮らす子供たちに何かあったときのため、通信機のとなりにはいつも中央病院の番号が書かれたメモ書きが張り付けてある。

 いちいち紙を見ながら番号を打っているので見間違い打ち間違いはないし、確か軍の訓練所に設置されていた番号もこれと同じ印刷がされた紙だったので、番号自体違うはずはないんだ。


「なぜかからないんだ??」

「分からないけど、何かこの街で起きてるんじゃ……」


 そういってから、遅ればせながらふと気がつく。

 ずっと前から聞こえてきた、園の子供たちの声。それらに混じって、その奥に、なにか、あってはならない不穏なものが────


「エラシルさん、聞こえる……?」

「は? なにが??」

「声、それもたくさんの人たちの『叫び声』が、園の外から!」



   ※   ※   ※   ※   ※



 園の外、出てみるとそこはまさに「地獄絵図」だった。


「な、何だこれ……」


 園がある通りの、その向こうの通り──ちょうど先ほどの男性が倒れたという道には、多くの叫び声が響いていた。

 泣き叫ぶ男性、泣き叫ぶ女性、泣き叫ぶ老人、泣き叫ぶ子供────

 その誰もが、みんな先ほどの男性と同じように頭を抱えて、のたうち回り、苦しんでいた。


「ど、どうなってるんだ……」

「あぁ、エラシルさんそれ以上近づかないで!!」


 とっさに引き止めるが、エラシルさんは聞こうとせずに近づいて行く。


「だ、か、ら!! 待ってって!!」

「なぜ止めるセルマ!! 彼らを助けなければならないだろう!!」

「見て!! ください!!」


 こちらの大声で、ようやくエラシルさんも歩みを止めて周りを見回す。


「見てっ! 通りの半分からこっちにいる人は、苦しんでないじゃない!!」

「なに? あ、ホントだ……」


 ちらほらとだけれど、頭を抱えずに無事な人がいる。

 その誰もが通りの手前側にいて、苦しむ人たちをこちらに来るように呼んだり、呆然とその場の地獄を眺めていた。

 むしろ、その人たちの大声のおかげで、園にいるこちらにまで声が伝わったんだと思う。


「きっと、半分から向こうに行ったらダメなの!

 何でかは分からないけれど……」

「ホントにそうか?? こちら側にも苦しんでる人はいるだろう」

「それは……あ、分かった!

 あの人たちはさっきまで向こうにいた人たちよ!

 範囲から出ても頭痛はしばらく続くの──多分?」


 最後自信がなくなってしまったけれど、そう考えればさっきエラシルさんが担ぎ込んできた男性の説明もつく。

 彼はきっとこの道を歩いていて範囲に入ってしまい、そのままふらつきながら範囲の外に出たんだ。

 あとは這って路地を抜けるだけ──周りでも倒れている人がいたから、きっと誰も気付かなかったんだ。


「じゃあ、あの人たちも、こちら側に来れば苦しみから解放されるのか!?」

「分かんないですけど────」


 迷ってる時間は、ないはず────!


「“全方位の鎖封じオールディレクション・チェイン”!」

「うおっ!?」


 バリアで引っ張ることで、自由自在に延びるこの鎖なら、範囲に入らずにたくさんの人を救えるはず。

 まずすぐ向こう側にいた男女をこちら側に引きずり込んで、奇病の範囲から身体を出してやる。


「いいぞセルマ! そのまま全員こちらに来させるんだ!」

「はい! えっと──エラシルさんは回りの人と協力して、園までこちら側で苦しんでいる人を運んで!

 もしかしたらあそこまで行かないと治らないのかもしれないから」

「分かった!」


 この辺で顔も聞くエラシルさんは、すぐに周りの人にも事情を説明して、人々の救助に当たった。

 そしてふと、エラシルさんは立ち去る前──── 


「セルマ──お前、成長したな……」


 と呟いた。昔からお世話になっている、寮監督エラシルさん。

 その言葉が彼から聞けただけで、何倍も頑張れそうだった。

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