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帰りたい(199回目)  今日一番の笑顔


 私は珍しくアデク隊長に頭を下げていた。


「お願いしますよ」

「何で今さら、嫌だよ……先言えよ……」


 内容は『シンジンイクセイノスイシン』により、私に大会までの訓練期間をもらうことだ。

 きっとこのままじゃ、私は大会に出てもすぐに脱落してしまう。

 そんな悲惨な結果を避けるためにも、基礎的な技術は鍛えておきたいのだ。


 しかし、それに関してアデク隊長はあまりいい顔をしなかった。


「お前さん、こないだ充分に休んだじゃん。『威霊の峡間径』行ったとき」

「えっ……あれ、お休みのカウントなんですか……?」

「そうだよ、知らねぇのか?」

「いや、違いますよね」


 確か、「精霊契約保管協会」に行ったとき、ついでに証明書を提出したはずだ。

 精霊や固有能力において危険を及ぼす可能性がある場合、当事者は速やかにそのコントロールの訓練等に当たる必要がある。

 そのせいで仕事などを休まなければいけないとき、この国では保証機関の証明書があれば、休業期間として申請が出来る職業がある。軍はその一つだ。


「あんなのを休みの日にあてがわれたらたまったもんじゃないですよ……

 そもそも私お休みとりたいんじゃないですし」

「そもそも、なんでお前さん参加することにしたんだよ。

 ずっとしないって言ってたろ、話は終わりだ」

「ちょちょ、待ってくださいよ。クレアに啖呵きった手前、引き下がれないんですって」

「嘘つけ、お前さんがそんなお付き合いでこんなめんどっちーことするもんかよ」


 げ、バレてる。

 だからといって事実を言ったところで、どうにかなる話でもない。


 ここは是が非でもその理由で押し通してサインをもらわなければ。


「お願いですよ、ここにちょちょいと推薦文とサイン書くだけでしょう?」

「それだけじゃねぇよ、やーだー。ぜってーしねぇ。

 ま、オレがサインを無理矢理にでもしなきゃいけねぇヤツを連れてくれば考えてやらねぇこともねぇがなぁ!? フハハハハッ!」

「うお、なんというクソザコ発言……」


 これは、なんとしてもアデク隊長にサインさせる方法を考えなければ。

 私に頼れる人がいるとすれば、あの人たちくらいか────



   ※   ※   ※   ※   ※



「だからお願いですリアレさん、私に稽古をつけてください。

 任務の派遣先にでもなんでも、ついていきますから」

「え、そうだったのか。君が大会に出るなんて、へぇ……」

「そうなの! 驚きでしょ!?」


 その日のうちに、私はセルマとリアレさんのドマンシーでのデートにお邪魔して、リアレさんに頼み込んだ。

 人の恋路を邪魔するやつはなんとやら──でもまぁ、今のリアレさんとラブラブのセルマにはもはや私など眼中にないだろう。


 しかし、彼のことだからあっさりオーケーをくれるかと思ったが、思いの外渋っていた。


「リアレさん、自分の事を心配してくれているなら大丈夫よ。

 自分そんなことで嫉妬するほど子供じゃないわ!」


 ちょっとそれ、どの口が────まぁいっか。


「あ、はいでも私からはセルマに話しました。

 リアレさんに精霊の修行を付けてもらいたいから、大会までリアレさんを貸して欲しいと。

 セルマ快くオーケーしてくれましたし」


 まぁ、実際はすごーく渋っていたけれどそれはそれだ。

 前回のこともあってセルマは私に負い目を感じてるみたいだし、それでも私とリアレさんの間にはなにもなかったと言う実績もある。


 セルマを利用する形になってしまって申し訳ないけれど、それを掘り返すくらいなら「快く」と説明した方がなにかとみんな、都合がいいだろう。


「なるほど、それも心配だったんだけどね。

 でもさ、言ったところでアデク先輩ってそこまでめんどくさがってるなら、僕ごときじゃサインしてくれない気がするんだけど」


 まぁ、そうだ。リアレさんには悪いけれどそれは私も予想していた。

 軍の幹部を連れてきてもまだダメだというなら一体誰を、と思うけれどそこはやはりアデク隊長にも弱点がある。


「サインならほら、リタさんを連れてけば、絶対してくれますって。

 お酒ちょっと盛って、リタさんのマッサージで気持ちよくさせて、ハッピーなところでさっと紙を渡すんです。隊長リタさんに甘いですもん」

「あー、確かに間違いないね。悲しいけどあの先輩はその方法だけには逆らえないかな。

 でもなら、リタに教えてもらった方がいいよ、あいつ教えるのうまいし。ね、リタ」


 すると、たまたま料理を運んできたリタさんがすごく嫌な顔をする。


「アタシは嫌ッスよ、サイン頼むのは良くても修行や訓練はイヤ。軍からはとっくに足洗ったんスから!」


 だ、そうだ。後輩に冷たいんだな。


 ちなみに店長にも頼めない。

 あの人自身もとっくに軍から足を洗った人の一人だし、精霊関係の話題もアデク隊長の話題も、彼女にとっては大爆発を引き起こす地雷だ。


「で、僕に頼むと」

「はい、ダメですか……?」

「うーん」


 リアレさんは、困った顔で腕組みをする。


「ねぇ、リアレさん自分からもお願いよ。

 エリーちゃんは精霊の力をもっと制御できるようにならなければいけないのよ」

「うーん、でもこれから僕が出る任務が問題でさ……

 これは内緒にしてほしいんだけどね、今から僕が行くのは、『ライズン山脈』付近なんだ」

「あぁ、なるほど」


 ライズン山脈、人呼んで「明確な国境クリアボーダー」。

 数千メートル級の山々が連なるその山脈は、ちょうどこの島の国サウスシスとノースコルを隔てる国境となっているため、その呼び名が付いている。


 ライズン山脈は東西に長く長くアイリスの島を分断している上に、かなり切り立っていていて頂上付近には濃い霧と毒ガスが充満しているため、人間が歩いての行き来は不可能だそうだ。

 2つの国が戦争を継続しているにもかかわらず目立った抗争がないのは、そのライズン山脈が間に立ち塞がっている、というのが大きいと言われている。


「それに山脈を迂回して行けるルートは東西にそれぞれあるけど、それもお互いに見張りがいるからそう簡単に行き来できるもんじゃない。

 例えばそう、空の不浄を避ける力があるドラゴンに乗ったり、密閉された空間に身を置いて、山を越えるという方法もあるけれど、ドラゴンもそんなことできるやつもまず貴重だから量産できるものじゃない」


 でも、こちらからも攻められないのは、なんとも厄介なのだ。


 たとえばアデク隊長の相棒、りゅーさんなんかはそれが可能なのだろうか。

 でも、ついつい身近で忘れがちになってしまうけれど、ドラゴンと契約していること自体まずあり得ない話なんだ。


「じゃあ君たち、最近のノースコルからの襲撃を、どう思う?」

「あ、確かにそういえば……」

「はい、最近特に多いです」


 クレアを襲ったクモ糸の女性、ミリアと一緒にいた3人組に、巨大ムカデを複数操るムカデやろー。

 この間聖槍を奪おうとした賊の中にも混ざっていたとすると、今まで私が見ただけでも、結構な人間がこちらの国に移動していることになる。


「そもそも、ドラゴンが超貴重な上に、そんなムカデなんかの巨大な魔物を輸送できる手段・・が敵にはあるんだ。

 僕たちの知らないところで、敵しか知らない大きな『穴』があるのかも──というのを前提に、僕らはそれを調査してる。

 君の修行に付き合える時間がないんだよ」


 つまり有り体に言って、私に構ってる暇はないということだ。


「そもそも事情を知ってるアデク先輩に止められるに決まってるしね」

「そんなぁ、ダメなのね……」


 セルマも一応残念がってくれているように、おかげで私も行くアテがなくなってしまった。


 いつでも訪ねておいで、と言ったのはリアレさんじゃないか。

 それを信用して私はセルマをようやく説得してここに来たのに、それが台無しにされるなんて。

 私はこれから誰に頼ればいいんだ────


「まぁ、そんな約束をしてしまった負い目もあるし……

 そうだな、別の人に約束を取り付けておく、で許してくれないかな」

「別の人、ですか?」


 どうやら、リアレさんが街の知り合いなら私にコーチをつけられそうな人を探してきてくれるらしい。

 確かに、軍の幹部本人ではないにしろ、その紹介なら安心していいのかもしれない。


「まぁ、僕だって責任がある。適当な人はつけないよ」

「どんな人ですか?」

「強くて、頼りになって、アデク先輩も間違いなくサインしてくれて、精霊のすごい使い手で、わりと暇な人、かな」

「な、なるほど──は?」


 私はその条件を聞いて、なんだか逆に不安になった。


「そんな都合のいい人いるんですか……?」

「いるいる、僕を信用するなら、彼らのことも信用しておくれ」


 それを聞いて、セルマはホット胸を撫で下ろす。

 正直自分で紹介したとは言え、私がずっとリアレさんと一緒にいるのは相当嫌だったようだ。


「良かったわねエリーちゃん!」


 彼女の今日一番の笑顔だったかもしれない。



   ※   ※   ※   ※   ※



 そのつぎの日、リアレさんはセルマの見送りの元、再び任務へと赴いてしまった。

 だから私はリアレさんの紹介で、その訓練に付き合ってくれる方との待ち合わせに、悶々としていた。


 しばらく時計をチラチラ見ながらまっていると、待ち合わせに借りた訓練場の会議室が、突然開いた。


「オーッス!」

「こんにちは、よろしくおねがいしま──げぇっ……」

「よっ嬢ちゃ──げぇってなんだよ! げぇって!!」

「久しぶり~」


 扉を開けて入ってきた私の訓練の相手は、何を隠そう中年のモサいおっさん第一人者、【怪傑の三銃士】の3人がいた。


「あー……」

「おい、その『あんたらかよ……』みたいな眼ぇ、おじさんたちに向けるの止めろ。案外刺さるんだぞ」

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