私が遅れて行くと、決起集会はもう始まっていた。
クレアとセルマ、スピカちゃんの3人が卓を囲んで食事をしている。
「ご、ごめんなさい……」
「もう、クレアちゃん本当にそういうとこどうにかしてよね!」
「気を付けてほしい……」
あれ、楽しくやっているのかと思ったけれど、なんか3人の囲むテーブルには、奮起というより気落ちするような、どす黒い雰囲気が流れていた。
クレアが2人に頭を深々と下げている。
「遅くなってごめんなさーい……」
「えっ、エリーちゃん!? だ、大丈夫、今自分たちも始めたとこよ!」
「え、なんでクレア怒られてるんですか?」
敢えて触れない手もあったけれど、流石にそうは行かないだろうと、私はテーブルについてまず聞いてみた。
すると、セルマとスピカちゃんが苦い顔をする。
「作戦を、クレアさんが、台無しにしたから……」
「作戦て私に食べ物を奢ってなんやかんやで大会に参加させるって言うあの?」
「そうそれよ!! ズブ抜けじゃない!!」
セルマに叱られて、クレアはさらに肩を落とす。
3人は、私に食事を奢って恩を作ることで、なんやかんや大会に参加させようと画策していたのだ。
そんなことしても参加なんかしないのに──いや、するけど。
でも、それがばれたのが今発覚して、クレアが2人に怒られていたんだろう。
あー、私のせいで申し訳ない。
「で、でもいいじゃないですか、私参加することにしたんですし……」
「そう! そういう嘘にすぐ騙されるの、よくないって今怒ってたの!」
は?
「クレアさん、温室育ちのスピカが言うのも、なんだけど……
もっと人を疑った方が、いい、かも……」
「面目ねぇっ!!」
机に頭をめり込ませる勢いで、クレアが頭を振り下ろした。
周りからの目など、あまり本人には関係ないらしい。
「エリーちゃんもエリーちゃんよ。
クレアちゃんにこんな嘘ついたら、信じるに決まってるじゃない」
「え、いや私────」
「今日も、このまま来ないかと思った……」
否定しようとするも、言葉が遮られて言い出せない。
え、私が参加することが、そんなに信じられない?
「エリー、ごめんな……嘘ついてまで大会参加したくなかったなんて……
そんなに嫌だってアタシ知らずに……」
「いや、だぁかぁらぁ……」
訂正しようとしても、誰も私の話を聞かないので、ついに私はいやになってポケットから先程もらったカードを取り出した。
「私も、参加、するんですってっ。
そんな下らない嘘、つかないですからっ」
「「「えっ……」」」
3人の、完全に空気の凍る音が聞こえた。
なんだろう、絶対私は悪くないのに。
「ちょ、ちょっと拝見!」
セルマが、引ったくるように私の見せた参加証明書を、持っていった。
そ、そんなに疑わしいのか────
「スピカちゃ──姫様……その、これ、どう思います?」
「良くできてます……本物、みたい……」
「だから本物ですって」
先程受け取ってきた、正真正銘私の参加証明書だ。
これで偽物だったら、泣いてやる。
「お、おいナンバーはどうだよ。後に申請したんだから、2人より新しかったら偽物だぞ!」
「なるほどナイスよクレアちゃん!
えっとエリーちゃん、125番。自分は……83番ね」
「スピカ、79番……」
3人が、ゆっくり顔を見合わせる。
そしてほぼ同時に、私の方へとその顔たちは向き直った。
「え、エリーさん、嘘じゃないん……だよね??」
「だから、ホントに参加するんですって」
お店の中なのに、3人の絶叫が響き渡った。
※ ※ ※ ※ ※
もちろんお店側からは厳重注意、追い出されなかっただけましだろうか。
「いや、いいんだ。今回たまたま運が良かっただけで、ホントならアタシは騙されてたんだ……」
「いや、そんな詐欺かと思ったらホントに孫だったときのお婆ちゃんみたいな……」
「なんのこと?」
「いいえ、なんでも」
伝わらないか、残念だ。
ていうか、なぜここでクレアが反省するんだ。
反省すべきは疑ったセルマとスピカちゃんじゃないのか。
「でも、良かった……エリーさんに、参加してもらいたくて、作戦頑張って立てたから……」
「えっ、この奢り作戦スピカちゃん発案なんですか?」
「そう、だよ。へへへ……」
へへへじゃない、とんだ小悪魔だ。
セルマがこういう作戦を考えるのは分かるけれど、まさか人を嵌めるような事をスピカちゃんが発案して実行しようとするとは思わなかった。
今度からこの子には気を付けよう────
「でも、なんで突然参加することにしたの?」
「あー」
その質問は、聞かれるような気がしていた。
でも、確かに私が何の理由もなく参加したいと言い出すのは違和感がある。
流石に嘘をついたと決めつけるのは──過言でもないか。
私のなかではこういう催しに自分から参加するのは、異例中の異例だ。
ただ、どうしたものか──参加理由を正直に答えると後々答えるのが面倒になる。
「クレアに前啖呵きっちゃったことがあって、仕方なく……」
「あー、そんなこともあったわね」
クレアの方をみると、本人は少しだけ私のいいわけを気にしたようすだったけれど、追求はしてこなかった。
どうやら私の事情と言うものも考えてくれてるようだ。
「じゃあ、エリーさんも修行、する?」
「あーはい、そうですね。あてはないんですが」
そういえばみんなは、大会までアデク隊長に許可をもらって、訓練をすると言っていた。
きっと他の参加者たちも、それまでに力をつけて来るに違いない。
私もなにかしらやらなければ、と思うのだけれど、まだ内容までは決めていなかった。
「みなさんはもう決めているんですか?」
「スピカは、兄や姉たちが、一緒に修行して、くれるって……」
なるほど、
この子の特性もよく理解してくれてるし、きっとこの短い期間で、スピカちゃんはすごく強くなる。
「自分も考えてるわ」
「セルマは、どーせリアレさんのとこでしょう?」
「え、違うわ。リアレさんは関係ないわよ」
「え、そうなんですか??」
滅多に会えないリアレさん、しかも前回両思いだと発覚した後での毎日だ。
てっきり離れがたくて、特訓修行にかこつけて、リアレさんといちゃいちゃすることを画策してるのかと思った。
「自分ね、決めたの。自分はいつかリアレさんも、自分も、国のみんなも守れるくらい強くなって、リアレさんと背中を合わせて対等に戦いたいの。
その目標を達成するなら、いつまでもリアレさんに頼ってばっかじゃダメかな──って……」
「セルマ……」
「あ、もちろんリアレさんの実力は信頼してるけど、そうやって相談して決めたの。
変わりに彼には先生を紹介してもらったわ」
なるほど、セルマも以前と比べて少しは、盲目的なところがなくなったようだ。
落ち着いたと言うかなんと言うか、今日も本当ならリアレさんの所に行くのを押さえているのかもしれない。
「クレアは?」
「アタシ? 何も決めてねえけど」
「えっ!? 以外!! クレアちゃんなら真っ先に決めてそうだったのに」
「うーん、それがさぁ……」
クレアは悩ましげに頭を抱える。
「アデク教官に見てもらうんじゃ、あの人忙しいし、普段と変わらねぇ気がして……
かといってアタシに他に人脈があるわけでもねぇし……」
「あー、そうですよねぇ」
まぁ、誰かに師事するというのはお互いの信頼関係がなければやっていくことはできない。
逆に入隊一年目でセルマやスピカちゃんのように、コネクションがある人の方が珍しいだろう。
「私もぼちぼち決めないと……ん?」
「どうしたのエリーちゃん」
「あ、きーさんが何か用事があるみたいで」
先日感情が共有できるようになってから、きーさんは度々用事を“魔力共有”で伝えてくることがあった。
その方が便利なんだろうか、今では家のなかでもたまに声を使わないときがある。
〈なんですか?〉
〈帰りお魚買ってきてほしくて、食べたい〉
〈えぇ……〉
そんなこと今でなくてもいいのに、全くわがままな相棒だ。
「お魚買ってこい、ですって」
「え、そんな具体的な話までできるのか!?」
「はい、こないだできるようになりました」
まぁ、死にかけた果てにようやく、だ。
それで出来るようになったのがただのお使いなのだから、果たしていいことなのか悪いことなのか。
「でもエリーさん、それ、もっと鍛えたら、すごいんじゃ……」
「鍛える?」
「カペラ姉が、言ってた……
“魔力共有”が、コントロール出来れば、“精霊天衣”も近い──って……」
「あっ、そういえば……」
そういえば以前、リアレさんも同じことを言っていた。
「精霊と人間の契約における到達点の一つ」。
まだまだ先だと思っていた“精霊天衣”、その奥義が、すぐ目の前まで迫っている──のかもしれない。
じゃあ、もしかして私が大会までの短い期間で、強くなれるとしたら────
「あっ……せ、セルマ、折り入ってご相談が……
じゃなくて、お願いしたいことが……」
「え、なに?」
どうやら、私が教えを乞うべき相手が、決まったようだ。