エクレア・アリーナ、会場から沸く歓声を、私は外でジュースを飲みながら聞いていた。
街の中心部に位置し国で一番大きいこの闘技場では、大体いつもなにかしらのスポーツのイベント等が行われ、人で溢れている。
しかし、今日に限っては人が賑わう理由は、どうやらそれだけではないらしい。
再来月ここで行われる「ルーキーバトル・オブ・エクレア」の受付が、今日始まったのだ。
国で兵力を持つことを公式に許された「軍」「精霊契約保安協会」「王国騎士」など5つの組織のうち、入隊5年以下の新人たちがしのぎを削り戦う競技大会────
国中で注目されるこの大会では、参加者は名声を、観客は興奮と熱狂を、商売人たちはかきい入れ時を期待して、皆その日を望む。
まぁ、つまり私には関係のない催しだ。
「終わりました?」
「待たせてごめんな!! 2人ももうちょいかかるみたいだけどっ!」
「いや、それはいいんですけど」
大会エントリーを終わらせたクレアは、妙にご機嫌だった。
何か、見ているこっちが気持ち悪くなってくる。
「テンション高いですね……」
「だって、憧れの大会に参加できるんだぜ!?
去年もアタシ会場で見てたけど、あの興奮は最高だった!!」
「へぇ」
去年の大会と言えば、私はちょうどバルザム隊に編成されて、アデク隊長を森に迎えにいっていたときだ。
たしかクレアは国の北方出身だったので、その後2週間程度後の軍入隊までは往復するには距離が長すぎる。
もしかして、大会のために早く引っ越して前乗りしていたのか。すごい熱烈な観戦者だ。
「アタシも絶対いい成績残してぇなぁ、修行頑張らねぇとなぁ」
「これからしばらく、みんな修行の日々ですもんね」
「なぁ、エリーも参加しねぇのか?」
「しない」
大会でいい成績を納めれば、それだけ国中の知名度が上がり、軍でも出世が早くなるともっぱらの噂だ。
もしかして、最初の頃のクレアの焦ったような周りへの言動は、その大会に当てられてしまったからではないだろうか。
「罪深い大会ですね」
「罪深い?」
「なんでもないです、それよりこれから隊で決起集会ですよね。
私も行ってよかったんですか?」
「当たり前だろ! 奢るから来いよ!!」
いや、自分で払うからいい。
どうせ奢ってもらったら結局、なんやかんやで流れ的に私も言いくるめて参加させる算段だろう。
そういう猪口才なことを考えられるクレアではないが、決起集会の裏にセルマがいる気がする。
みんなして私をどう参加させようか話し合っているのを、私は知ってるんだぞ────
「そんなに私に参加してほしいんですか、大会に」
「えっ、なんで分かったんだ……」
はい
セルマよ、悔しいならばこの人に作戦を伝えた己を恨んでください。
「まぁ、参加してほしいのはホントだよ。
こんな機会滅多にないんだから、エリーとは戦ってみてぇし」
「なんで私と……」
「だって、前に説得しに来たとき森で自分で言ったじゃん。
『自分はまだ本気を見せた覚えはない、まずはお前は自分を目標にしろ』って」
「えっ? そんなこと……」
あー、言った気がする、いや言った。
あの時はクレアを連れ戻すことしか考えてなかったので、その場の勢いで色々言ってしまったのだった。反省せねば。
「いや、えー、うーん……別に大会だけが力を示す方法じゃないじゃないですか」
「でも絶好の機会だろ、あれだけ啖呵切って恥ずかしくねぇの?」
「それを連れ戻された貴女が言わないでくださいよ」
まぁ、確かにクレアにとっては絶好の機会なのだろうが、それで「よしやろう」と私が言わない性格なことは重々承知だろう。
「だよなぁ、残念だ。来年こそは出てくれよ」
「えぇ、嫌だなぁ……」
「つれねぇなぁ──っと、危ないぞ」
「────あっ、ごめんなさい」
アリーナの方から歩いてきた男性と、私は危うくぶつかりそうになった。
私は軽くお辞儀をしたが、相手はこちらに見向きもせず、行ってしまう。
背が高く、グレーの髪に鋭い糸目、そしてそのヒョロ長い後ろ姿は、何度か軍の訓練所ですれ違ったことがあるので、私はなんとなく見覚えがあった。
「えっ……でも、あれ、は……」
「どうした?」
しかし、見た目以外の感覚は、揺さぶられる感情は、その記憶の彼とは全く違った。
彼はすれ違ったことがある程度の相手じゃない、もっと────想起しただけで吐き気を催すような。
歩き方、体の動かし方、歩幅、におい、空気。
一瞬のうちに得られた情報の全てが冷たい手となり、私の心臓を直にギュッと捕まれたような、嫌な感覚が一気に私を襲う。
そう、
なんで、なぜ、どうして
「あぁ、【不屈のアーロ】じゃねぇか?」
クレアの言葉に、私はようやく我に帰った。
「アーロ……? あぁ、あの」
たしか、少し前に街で話題になった有名人だ。
と言ってもいい意味ではなく、彼が話題になったのは生き残りだから。
たしか1年半くらいまえ、とある男性幹部が謎の失踪を遂げた。
彼、【不屈のアーロ】はその幹部とともに行方不明になり、軍では同じ犯人によって消されたのだと結論付けられ、他の幹部たちと同じように、打ちきられるまで捜索されていた。
そして、軍の捜索もむなしくしばらく行方不明だった彼だが、ついこの前ボロボロに傷ついた状態で、街に帰還したのを発見されたらしい。
ある意味私と同じ立場の人間だ。
しかし彼の場合は、行方不明になってから今まで、約一年以上の記憶を失っており、会話の数も極端に減ってしまったとか。
何らかのトラウマがそうさせているのだろうと結論付けられ、仕方がないのでしばらく軍を休業していたと聞くが────
「もうよくなったんじゃねぇの?
そういや一昨年の本選出場者だぜ、アイツ!!」
「いや────」
違う。彼はアーロじゃない。
もう見えなくなったが、確かに私の記憶に焼き付いた彼の全てが、アーロという男性ではないと告げている。
そんなただすれ違ったことのあるような人間じゃない。
彼は、間違いなく私のよく知っている人物で────
「私、あの人に因縁があるんです……」
「なんで?」
私はただ、彼の歩いていった方を見つめることしか出来なかった。
もう、彼の姿はアリーナの周りを歩く人々の一部になってしまい、追うことはできないけれど────
「って、彼アリーナから出てきましたっ?」
「え、そうなんだろ、多分。アイツまだ5年目だからな。
大会出るんだろうな、ワクワクするじゃんか」
「そんな────」
アリーナから出てきたから大会参加。
そう安易に決めつけることはできないが、ここに集まる軍人と言えば、私のようなつきそい以外、大会エントリーしか考えられない。
そして、大会に
「クレア……私、大会出ます……」
「は!? マジかよ!!?」
ほぼ絶叫に近い声で、クレアが叫んだ。
周りからの目など、あまり本人には関係ないらしい。
「えええ、エリーが大会参加!? しかも自分から!?
言っただけで絶対に参加しねぇと思ってた!!
嘘じゃねぇよな……てか嘘だよな!?」
「今年の、『ルーキーバトル・オブ・エクレア』に、私も、参加します。
私にも今、目標が出来ました。今から参加応募してきます」
「えええぇ……いいけど、いいのかよ……?」
「先に決起集会は行っててください」
唖然とするクレアを尻目に、私はアリーナへと歩く。
いいか悪いかで言えば、悪い。
でも、やりたくないとか面倒くさいとか、そういうものを差し引いても、私はなんとしてでもこの大会で勝たなければならなくなった。
勝って、この3年間の因縁を、断ち切らなければならない────
「やるからには、本気を出します」