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帰りたい(196回目)  “ねばねば”への考察


 「精霊契約保安協会」の本部は、公共機関で、エクレアの街の中心にある。

 例えば精霊に対する困り事や、契約時の申請、その他諸々など。

 幅広い精霊と国民の営みをサポートするのが、彼らのお仕事だ。


 他にも周りに被害を及ぼす精霊や魔物の討伐などの任務も任されることがあるため、彼らは本部とは別に街の近辺に基地を造りそこで独自の部隊を編成している。

 この間私を抹殺しに来たのも彼ら、この国に5つある戦力をもつ組織の1つ「精霊契約保安協会」だった。


「ここにくるのも久しぶりですねぇ」

“そうだね”


 前回私がこの本部に来たのは、きーさんと契約した際、国への申請書類を届けるためだった。

 ほとんどの人はそれっきり、ここに来ることはないと聞いているけれど、あいにく私はその機会に恵まれてしまった。


 でも、すごく行きたくない、だってこの間ここの団体様には命を狙われたところだから。

 私なんかを抹殺するために軍隊を──と思うが、それだけのことをしでかしたのだ。


 もう私は“催淫”の調節はできるので無闇やたらに力を発することはないとは言え、顔がバレたらあの時のことでちょっと──となり、そのまま牢屋行きというのもあり得る。

 まぁ幸いにも私の顔を知る部隊の構成員たちは、皆さん基地に所属しているはずなので、ここの人たちに顔がバレることはないだろうが。


“まぁ、いいじゃない過ぎたことだし。僕今度は関係なさそうだから帰るね”

「ちょ、まって……」


 この間まで“じゃこれからも2人でがんばろうか──”とか言ってたくせに、いざ心細いときにどっかに行ってしまうのだから酷いものだ。

 何度か私が抗議の念を送ってみたが、きーさんはそ知らぬ顔で飛んでいってしまった。


 アイツ許さねぇ。


〈今日、夕飯は魚にしましょうか〉

〈やった!〉

〈カリカリに揚げたやつ〉

〈え、僕揚げもの食べられないんだけど────〉


 知らん。



   ※   ※   ※   ※   ※



「次でお待ちのかたー」

「はーい」


 中は普通の役所のような「精霊契約保安協会」。

 何人か分待った後、私の番が来て私は「その他」の窓口の席に着いた。


「げ、お前は!!」

「げ、なんでいるんですか」


 そして席に着くなり驚く。

 窓口の相手は、私の命を狙った隊を率いていた鎧の集団のリーダーらしき男、ジュードだった。


 確か彼は戦闘部隊に構成されていたのでこんなところにいるはずないのに────


「貴様を取り逃がしてせいで──いや、実際には魔力暴走で多くの人に迷惑をかけているとは言え、抹殺という強行手段を使ったせいなのだが……

 とにかく! 貴様のせいで私は実動隊からこちらに左遷されたのだ! どうしてくれる!?」

「はぁ、すみません……」


 にしても、あのとき私が抹殺されそうになったのは不当だったのか。

 あのままなら殺されても仕方ない、とは思うけれど解決手段があるのに強行は、客観的に考えると、確かに少し倫理的に問題がある。


「本部に左遷て変な話ですね……」

「うるさいぞ貴様! うっ……」


 私に叫ぶと、ジュードは急にお腹を押さえてうずくまった。


「だ、大丈夫ですか?」

「貴様のせいだ! この……スットコドッコイ!」

「スット────」


 それ、私のせいなんだ。しかしきーさんとの“魔力共有”を克服できるようになった今、私から“催淫”は漏れていないはずだ。

 それとも、本当はまだ私からそんな物騒なものが漏れだしている、とか────


「そうじゃなくて、貴様のせいで胃が……」

「あぁ、神経性か。なんか、すみません……」

「で、何なんだ貴様。まさか我を冷やかしに来たか!?

 前回の件では貴様は捕らえられなかったが、そういう腹積もりなら警備員さん呼ぶぞ!」


 被害妄想激しいなぁ。それにいくら直接手を出せないからと言って、誇りある元戦士が警備員さん頼りとは。

 私はなんだかかわいそうになって、さっさと懐から例の水筒を取り出した。


「いや、これを……」

「げ! なんだそれキモチワル!!」

「あ、やっぱり分るんですね」


 どうやら、水筒の中身の禍々しい雰囲気は、分かる人には分かるものらしい。

 私はここを離れてから“ねばねば”と戦った話を、こと細かくジュードに話した。



   ※   ※   ※   ※   ※



「なるほど……」


 ジュードは最初こそ、私のはなしを所々罵倒しながら話半分で聞いていたものの、途中から神妙な面持ちに代わり、眉間にシワを寄せつつ、真剣に取り合ってくれていた。

 店長たちにいいようにあしらわれているイメージが大きかったけれど、こうしているとやはりこの人も偉い人なのかもしれないと思えてくる。


「なるほど、貴様の言うことは全て荒唐無稽だが……

 全てが真っ赤な嘘と言うわけではなさそうだな」

「嘘じゃないですってば」

「そんなことは信じたくない──あぁ、信じたくないとも!

 だが水筒の中身から漂う禍々しい気配は、そう簡単に出会えるものじゃあ、ない」


 そう言いながらジュードはまた、脇腹を苦い顔で軽くさする。

 どうやら彼の胃は、相当にキテいるようだ。


「中身に、心当たりあるんですか?」

「いやない、あるわけがない。

 確かに、精霊から魔力を吸い取る──そういう生き物も、いるにはいるが……」

「えっ、じゃあこの“ねばねば”って、その生物の亜種とかの可能性はないんですか?」

「それもないな、断言する」

「そんなことできる生き物って……」


 私が質問をすると、ジュードは少しこちらを見下したように笑って答えた。


「ふっ、分からんのか? 人間だよ」

「あーなるほど」


 そういえば以前、セルマが言っていた「敵の得意属性を関知する方法」の中に、敵の魔力を吸収する、と言う方法を挙げていたのを思い出す。

 熟練の魔道師なら、そんなことも出きるのだそう。


 ジュードに見下された少し嫌な感じだけれど、まぁ本人がいいならいいか。


「まぁ、可能性としてはいくつか考えられるな」

「あるんですね……」

「あぁ。まず考えられるのは、『本当に人間を吸収した』という可能性だ。

 貴様は懐疑的なようだが、別にその“ねばねば”は吸収した精霊を完全に再現できる、完全に再現しなければいけないと決まったわけではない。

 それと同じくどこか近くの人間を吸収し、貴様の前では不完全な姿でいた、という可能性はあるだろう」

「まぁ、はい……」


 この水筒の中の生物は、まさに誰も知らない不思議生命体なのだ。

 私がたった2度目撃しただけで、人間を吸収するものではない、と決定付けるのは間違っているだろう。


「もしくは、人間に近い精霊を吸収した、またはその形の精霊を吸収した、という可能性だ」

「近い、ですか?」

「例えば、ケンタウルスなんかは人に見た目が近いだろう。

 それと同じで、その“ねばねば”が変身した精霊は、既に吸収されていたものだとしたら、辻褄は合う。

 この世の中にはまだ発見されていない精霊が沢山いるのだ、小型の人間の形をした精霊も、いるかもしれん」

「まぁ、言われてみれば……」


 発見されていない精霊──実際50年近く未確認だった“キメラ・キャット”だって、今は私のそばにいるんだ。

 リアレさんの相棒“零細・麒麟”だって相当小さくて、発見されるのは稀だという。

 未確認の精霊や魔物の100や200、いても不思議はないだろう。


「ちなみに貴様が見たというシカの精霊、おそらくそれも新種だ」

「えっ……」

「岩に変身して、舌を伸ばして、口が大きく裂ける────

 そんな愉快な生体をしておいて、今まで発見された精霊のどれにも当てはまらない、間違いなく新種だ。

 新種の仮申請に“ねばねば”の処理、オーバーワークだどうしてくれるんだ……」


 そう言ってジュードは腹を軽く擦ったが、そんなこと言われても不可抗力だ。

 あのときの私に抗う術などなかったのだ。


「で、3つ目は?」

「3つ目は単純に、元々その形をインプットされていた、ということだ。

 貴様の連れていた“キメラ・キャット”が猫の姿であるように、その“ねばねば”も元々貴様が見たと言う黒い人の姿なのかもしれん」


 あの姿が、デフォルトだったということか。

 それなら、なにか精霊を吸収せずともあの姿になれたことも納得だ。


 きーさんも、本来は猫の姿のだし、ジュードの挙げた例の中では一番違和感はない。


「じゃあ、仮に3つ目だとしてなぜ人の形になる必要があるんでしょう」

「そこまで知るか。人の形をしてる精霊には──例えばケンタウルスなんかは身を守るために知能が高い人間の形になったと言われているし、他にも色々精霊によって様々だ。

 そもそも、そこまで多くない人間の形の精霊の研究が進んでねぇのに、この得たいの知れない『なにか』の答えがここで出せるわけないだろう」

「はぁ、まぁそうですよね」


 予想はたてられても、未知のものに確証は持てない。

 それはいまここで話している分には仕方のないことだった。


「まぁ、最悪な可能性としては────人に作られたから人の形をしている、ということだがな……」


 そっと、悲痛な表情で、ジュードが腹をさすりながらそう呟いた。


「えっ、それって────」

「さぁ無駄話は終わりだ! 早くそれを渡せ!」


 仕事に疲れたのかジュードは私から水筒を引ったくるように奪い取ってきた。

 急にだから、元々渡すつもりだったのにうっかり手からこぼれ落ちてしまう。


「ちょっと待ってくださ──あ……」

「あっ!」


 私が手を滑らせて水筒を落とした。

 床をカラカラと転がって、机にぶつかって止まる。


 幸い中身があふれでることはなし。

 しかし落としたのが取り扱い危険物なので、少しヒヤッとした。


「ごめんなさーい、落としちゃって。あれ?」

「も、もうそれ置いて……帰ってくれ……」


 よほど今のがキタのか、ジュードは胃を押さえて机に突っ伏していた。

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