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帰りたい(195回目)  帰宅後の気苦労


 長い長い「威霊の峡間径」での試練。

 その帰りの馬車に揺られながら、私は本気で頭を抱えていた。


「どーしたんでぇ嬢ちゃん? 新聞なんか読んで。けーざいちゅーもんに興味あるだか?」

「いえ、そんなわけじゃ」


 私が見ていたのは、つい数日前エクレアで発行された新聞だ。

 大都市のニュースともなると、多少近郊の村や街にも、同じ新聞が配られるので、私はエクレアに到着する前に、ここ数日のニュースに眼を通していた。


“うわぁ、ひどい。さんざんだね”

「……えぇ」


 きーさんが私の送った感情に反応して、溜め息をつく。

 というのも、私はとある記事が頭から離れないからだった。


〈王都エクレア崩壊!?謎の病人により溢れ耐える街〉


 それはちょうど、私が「威霊の峡間径」に足を踏み入れた日の新聞。

 どうやら事件はその前日の昼間に起きたらしい。

 ならば、原因は火を見るより明らかだ。


「あー、そんの事件ぅちの村まで噂になってただなぁ。まぁーったくなんの仕業なんだか」

「さ、さぁ……?」


 多分、貴方のすぐ近くに犯人がいると思います。

 とまぁそんなことカミングアウトできるはずもなく、私は新聞を閉じた。


「はぁ……」


 見なかったことにしよう。


「ところで嬢ちゃんよ」

「ひゃいっ?」

「おー、きゅーに声かけてすまんなぁ、そろそろ街に着くだよ」


 前方を確認すると、確かに街を取り囲む白い壁が見えてきた。

 私にとって長い長い旅が終わり、山越え谷越えすふれちゃんにお世話になってのその最後、私はさエクレアの待ちに戻ってきたのだ。


 やがて馬車は街の門の近くまで来て、その動きを止めた。


「ありがとうございました、ここまでで大丈夫です」

「そうか? 気を付けてけぇれよ」


 送ってくれたイレイ村の男性にお辞儀をして、私はエクレアの門を潜った。

 久しぶりの街の空気、やっと帰ってきたという実感が沸く。


「はぁ……」


 それでも心の調子が優れないのは、多分手元にある水筒の中身・・のせいだろう。

 この中には、私では明らかに持て余すなにか“ねばねば”がはいっている。


 さっさと帰りたいところだけれど、これをこのまま持ったままではおちおち寝ることもできない。


「まずはアデク隊長に相談してからですよね……」



   ※   ※   ※   ※   ※



 軍の訓練場に行くと、いつものように案の定アデク隊が訓練をしていた。

 どうやらリアレさんも一緒らしく、クレアが指導を受けている。


 セルマは──よかった、見た感じ嫉妬モードには入っていない。


「すみませーん、帰りましたぁ」

「あっ……エリーさん……!」

「え、エリーちゃん! 帰ってこれたのね!? よかった!!

 心配したのよ!! 心配したんだからね!? 心配したんだから!!」


 声をかけて一番、セルマとスピカちゃんが駆け寄ってきた。

 2人にぎゅうぎゅうと抱きつかれて、少し苦しい。


「もうどこ行ってたの!? アデク隊長も全然教えてくれないし街では敵の襲撃があるし!!

 てっきり巻き込まれて誘拐でもされちゃったのかと思ったじゃない!」

「あ、あー、大丈夫ですよ……」


 敵の襲撃、なんだ街ではそんな扱いになってたのか。

 どうやらリアレさんもアデク隊長も、大事にはしなかったらしいが、残念セルマ、犯人は目の前にいる。


「エリーさん……うぅエリーさん……」


 2人とも泣き出すほど心配してくれていたららしい。


「心配、してくれてたんですね……ありがとうございます……」


 ふと横にいるきーさんをみると、彼はこちらを冷たい目で見ていた。


〈な、何ですか……〉

〈『心配してくれてたんですね』って、そりゃそうだよ。少しは考えろよ〉


 ぐうの音も出ない。確かに私が逆の立場なら、心配で心配でたまらなくなったはずだ。

 突然いなくなったミリアと同じ、2人とも私の事を考えてくれていたのかと思うと、それに気づかなかった自分が少しだけ恥ずかしい。


「ぐ、ぐぇ……でも苦しいです……」

「ご、ごめんエリーちゃん、でもずっと心配して────」

「分かってますよ、無事に帰ってきました。心配かけてごめんなさい」


 私が手を回して背中をポンポンと叩くと、セルマも安心したようだった。


「クレアも──えっと……心配かけて、ごめんなさい?」

「アタシはその、心配なんか……」

「嘘よ、心ここにあらずだったくせに」


 心配、してくれていたらしい。素直じゃないな。

 そしてしばらく彼女の方を見ていると、クレアはそよそよとこちらに歩いてきた。


「お、おぉ?」

「おぉ……クレアさんが、ついに素直に……」


 2人にとってクレアのデレはすごく貴重だったらしい。正直私もビックリしている。

 しかしクレアは私の近くまで来ると、私の手をガッシリと掴み、ギュウギュウと握ってきた。


「いたたたたたっ」

「────心配した……」


 唖然とする私たちに踵を返して、クレアはもだって行ってしまった。

 まぁ、これが一番本人らしかったかもしれない。


「ったく、訓練の邪魔しといて何が『心配かけました』だ」

「テイラーちゃん、よかったよ。ずいぶん辛い旅だったろ……」

「えぇ、ホントに」


 どうやらアデク教官は私が突然現れて場を乱したのが不服だったようだけれど、リアレさんは胸を撫で下ろしてくれていた。

 まぁ、でもいつまでもここで待っていることもできないほど、とりあえず私は緊急事態なんだ。見えないだろうけれど。


「おい、干渉に浸る前に着替えてこい、これから訓練だ」

「あのー、アデク隊長、その前にこれみてほしくて……」

「あぁん?」


 私は抱きついて離れない2人を「そろそろ邪魔だな」と思いながら、鞄から例の水筒を出した。


「────おい、なんだそりゃ……」

「テイラーちゃんそれ危ないよ!!」


 危ない、そんなこと百も承知だ。

 問題はこれから、これをどうするかだから。


「だからこれを────」

「エリーちゃんなにそれ……そんなものこんなとこに持ってこないでよ……!」

「へ……? セルマさんどうしたの?」


 さっきまでベタついていたセルマも、なにかに気づいたのか、突然下がっていった。

 さっきまで泣く程私を心配していたのに、少しショック────


「どうしたセルマ……?」

「な、なんか分かんないけど……なんか分かんないけどっ!!」


 クレアとスピカちゃんがポカンとするなかセルマだけは水筒の中身をなんとなく感じ取ったらしい。

 なんでセルマだけ────?


「まぁいいや。経緯は後で説明するので今は割愛させてください。

 中には人のかたちに姿を変えたりする“ねばねば”した液体が入っています。

 これを途中で捕まえまして、どうやら精霊を吸収するらしくて、しかも吸収した精霊に変身して襲ってきました」

「なんだ、ちょっと見せろ……」

「あ、僕もいいかな」


 リアレさんとアデク隊長は興味深そうに、水筒をまじまじと覗き込んだ。

 最初こそ警戒していたものの、この中に入っている分には安全だと判断したらしい。


「人に変身したってことは、人も襲うのかな?

 誰か人間を吸収した後とか?」

「それは──あまりないと思います。

 変身したシカの精霊はとても再現度が高かったですが、その人のかたちは何て言うか──いびつでした。

 戦ってる最中、“ねばねば”の間はきーさんだけを狙ってましたし」

「ほーん、分かった返す」


 2人は一通り水筒を観察し終わると、私にそれを突き返してきた。


「や、止めてくださいよ。上官、これを預かってください」

「やだよ、オレだって扱いに困るわ」

「そんな……」

「おーっしお前さんたち訓練続き始めるぞー」


 どうやら、こんなものの処理を引き受けてくれるお人好しはここにいないらしい。

 扱いに困っていると、リアレさんがそっとこちらに抜けてきて私に話しかけてきた。


「改めてお帰りテイラーちゃん、無事だったようでよかったよ」

「ありがとうございます────」


 そう言いながら、私はチラリとセルマの方を見た。

 スピカちゃんやアデク隊長の方に戻ったクレアと共に真面目に訓練を受けているようだけれど、実際こちらをどう見ているのだろう。


 前回リアレさんがエクレアに帰ってきたときにはそれはもう大変な目に遭ったものだ。

 それがリアレさんからの告白があったり、時間が経って遺恨がうやむやになったりしたからと言って、またリアレさんとの仲良くしてると見るや、こちらにイライラの矛先を向けてくるかもしれない。


 賢くて話の分かる子ではあるけれど、ことリアレ・エルメスという人物が関わった瞬間、彼女は理性を失って彼一直線になる。


「セルマが、気になるかい?」

「えぇ、まぁ……」

「まぁ心配は分かるけど、大丈夫だよ保証する。

 あの子あれで、君がいない間は僕とプライベートで会うのは全く止めようと言ってきたくらいなんだから」

「えっ……」


 それは、以外中の以外だ。これまでイメージしていたセルマのイメージと違う。

 何かの間違いではないか、身内補正がかかってるんじゃないか、とリアレさんに訝しげな目を送っていたら、彼はそれに気付いて少し困ったように笑った。


「そりゃそうだろ、仲間が突然行方不明なんだから。

 それにあの子も、前回のことは相当反省してたんだよ。

 君と仲たがいをして、僕が関わっていると周りが見えなくなってしまう性質にも気付いたみたいだ。

 それを今克服しようとしてるんだから、暖かく見守ってやってくれないか?」

「へぇ──いやそれは全然もういいんですけど」


 そこまで分かっていて、そこまで察することができて、なぜ前回私とセルマの惨状をどうにかしようとしてくれなかったのか。

 全く自分から言い出す勇気がなかったからって、関係のない私が巻き込まれているのを見て見ぬふりは、流石に酷いと思う。


「え、なにその色々言いたいことがある人の目は……」

「何でもないです。それよりこれ預かってくれませんかね?」

「えー、それはちょっと……」


 リアレさんは、私が水筒を見せるとタジタジと後ろへ下がった。

 分かってはいるけれど、じゃあそんな危険物私に任せる方が危ないとは思わないんだろうか。


「まぁ、君と一緒に持っていくべき機関に持っていくのは構わないけれど、君から預かるのはちょっとなぁ。

 僕その場にいたわけではないし、詳しく説明できる君が行くのは必須だよ」

「ですよねぇ……」


 しかしまぁ、これ以上リアレさんを拘束ひとりじめしたらどうなるか、あまり想像もしたくないので、それも却下だろう。

 だからといってセルマの訓練が終わるまで待つのもあまりよくない気がするし、セルマとリアレさんの間に入って行動はしたくない。


 セルマだって、私が帰ってきたおかげで心置きなくリアレさんとデートができるんだ、私がいたらそれこそお邪魔ムシに違いない。


「分かりました、今から『精霊契約保安協会』行ってきますよ、一人で……」


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