「ふわふわすふれぱんけーき」、長いのでみんな略して「すふれちゃん」と呼ぶ彼女は、やはり店長の契約精霊らしい。
「ぷりんあらもーど」「ちょこちっぷしぇいく」と来てその名前だからあまり驚かなかったけれど、代わりに店長へのネーミングセンスを疑いたくなった。
「フフ、私もそう思うけれど、あまり責めないであげて。
あの子がまだ小さいときに付けてくれた名前だし、私自身意外と気に入ってるのよ」
「そうなんですか」
すふれちゃんの家へ運び込まれた私ときーさんは、しばらく休憩させてもらうことで、なんとか動けるまで体力が戻ってきた。
今からすふれちゃんが美味しい紅茶を淹れてくれるらしい。
「ちょっと待っててね、こう見えて家事は得意なの。
お嬢様でなんにも出来なかったカレンにも、色々と私が仕込んだのよ」
「そうだったんですか……」
そう考えると、ドマンシーの神様のような存在だ。
それに透き通るような長髪の髪、優しく微笑みを称えた口元に、潤んだ睫の長い目元。
どこか儚げで、どこか妖艶な優しさのあるその姿は、見ていて神々しささえ感じる。
なんと言うかとても────美しい。
「うわっつ!! ちょ、お湯こぼした!!」
「えっ、すふれちゃん大丈夫ですか?」
「あ、ごめんね羽に当たっただけだから問題ないよ。
あーもうこの翼邪魔!! むしりてぇなぁチクショウ!!」
「えぇ……」
前言撤回、全く自分の身体的特徴と実生活がマッチしていない可愛そうな
あんな不便そうな羽、もふもふしてくれと言ってるようなものじゃないか。
「ん? きーさんどうしたんですか?」
“君の浮気現場を眺めてた”
「えっ? あ、そういうことじゃないですよ」
“どーせ僕の羽よりそっちの羽の方がいいんだろ”
そういってきーさんは不貞腐れて寝てしまった。
まったく、初なカップルか私たちは。
「フフフ、動物とお話しできるって、本当だったのね。あ、これどうぞ」
「ありがとうございます」
すふれちゃんが、紅茶とお茶菓子を出してくれた。
甘さ控えめのロールケーキだ。
まぁ、スフレかと思ってワクワクしていたけれどこれはこれでよし。
「そういえば、その──私を待ってくれていたんですか?」
「えぇそうよ、カレンから久しぶりに連絡が来たの。
村にウチのバイト先の子が来るから、もてなしてあげてほしいって」
私と向かい合って、すふれちゃんもロールケーキを食べ始める。
「でも、私がここに住み始めてから初めて──というより、私がここに初めて来たときから、たどり着いた人はいなかったらしいわ」
「初めて来た時────」
「あ、聞いてない? ほらあれ」
そこには写真があった。この家の前で、店長とすふれちゃんが並んでいる。
2人とも幸せそうに笑っていあるけれど、私はその写真は私の知っている店長とは少し違った。
「えっと、これって何年か前の写真ですよね。店長も軍服着てますし」
「そうよ、10年くらい前になるかしら?
初めて来た時、同じように村の人がもてなしてくれたの。とっても素敵な時間だった────
それでカレンと別れた後、私もここに住んで旅人をもてなしたいと思ったの」
「でも、私が来るまで旅人はいなかったんですよね……それとも、たどり着かなかったのか……」
それを聞いて、すふれちゃんは少しいたずらっぽく笑う。
「うん、失敗しちゃった! でも今日貴女が来てくれたでしょう」
「まぁ、そうですけど……」
「だから、貴女がここに来てくれたのは私の夢が叶った瞬間でもあるの。
ちゃんと寝床も服も、食べ物もあるわ。
娯楽には乏しいけれど、ここでよければ遠慮せず、ゆっくりしていってちょうだい?」
「いいんですか……?」
「もちろん」
日付を数えたら、エクレアを出て今日で4日目だった。
どんなに頑張っても、明後日の最高司令官の葬儀に間に合うのは難しいだろう。
なら、お言葉に甘えて少しだけゆっくりさせてもらおうか。
「じゃあ、その……少しだけお願いします」
「フフ、決まり! 腕がなるわ!」
すふれちゃんは、嬉しそうに笑った。
その後、すふれちゃんに色々聞くところによると、やはり店長と彼女は、「威霊の峡間径」を過去に旅したコンビのうちの一組だったようだ。
他にも店長には契約精霊がいるけれど、その時はすふれちゃんと2人での旅だったらしい。
「カレンが軍に入ってついでに私と契約したのだけれど、彼女と私は元々家族のように長くいすぎたの。
少し喧嘩して、タガが外れて、その時は食べ物が目の前にあると食欲が押さえられなくなってしまったの。ハーピィの特性ね」
しかしそういうすふれちゃんは、先ほどからロールケーキを丁寧に食べている。
食欲衝動は時期的なものなのだろうか。
「違うわ、生まれてからハーピィは、経験の中で食欲をコントロールする『
それはもう物心着く前からの厳しい戦いよ。
ぽっと出の新参者には、それが出来なかったのね」
すふれちゃんは溜め息をついて口元にロールケーキを一口運んだ。
艶やかな唇へ、白のクリームが流れるように滑ってゆく。
「彼女はすぐにコントロールできなかった──だから、食べ物を目の前にすると豹変した。
周りに影響が出てしまったのよ」
「それで、『威霊の峡間径』を旅したんですね」
ごくたまに、と店長は言っていたけれど、自身がその張本人だったわけだ。
濁したということは私には聞かれたくなかった、と言うことだろうか。なら店長の前では聞かなかったことにしよう。
「フフ、優しいのね」
「でもその──すふれちゃんはなんだか、他の店長の契約精霊と違って、店長についてよく話してくれますよね……」
「そうね、カレン本人が貴女には伝えたと言ってたし、それを隠す必要ないもの。
まぁ、事情が事情だからあらもーなんかは納得できてないみたいだけど」
あらもー────あぁ、ぷりんあらもーど、管理人さんのことか。
なんというか、話しているうちに分かったけれど、すふれちゃんは、美しい上に大人だ。
管理人さんより、大人の余裕というものが感じられるし、達観している。
まぁ、他の精霊より店長とは付き合いが長いのもあるのだろうけれど、なんというか店長自身をとても信頼している感じだった。
「まぁ、何かあったのに話せないのは、本人の事情もあるから、そこはパートナーでも深入りできないわ。
家族同士でも知らないことっていっぱいあるし、けして仲が悪くなくても何年も会ってない、ってこともあるでしょう?」
そこまで言うと、すふれちゃんは私のカップに紅茶を追加してくれた。
先ほどから飲んでいて思ったけれど、この紅茶は不思議と心の芯から暖まるような香りのするので、私はとてもリラックスしていた。
いただいたロールケーキも、甘すぎずしつこすぎず、優しいクリームと酸味の効いたフルーツが、口の中でトロトロと溶ける。
いままで食べたロールケーキの中では群を抜いているのは間違いない。
「すふれちゃん、このロールケーキ、すごく美味しいですね……」
「フフン、そう? ありがとう、手作りよ」
「え、ホントですか……」
これは、料理が得意とかいうレベルじゃない。
食欲衝動があるとすふれちゃんは言ってたけれど、それは探求心があるということにも繋がるのかもしれない。
「そういえば、紅茶を出してしまったけれどそこの水筒の中身は飲まなくてよかったの?」
「あー、これは……」
「────ちょっと待って、それもしかして中身お水じゃない??」
「分かるんですか?」
なかには“ねばねば”が入っている、飲み物ではなく化物だ。
私は、すふれちゃんに事の成り行きと経緯を説明した。
「ふーん、なるほどね」
珍しいものを見るように、すふれちゃんは水筒を腕の中で転がす。
じぶんも吸収されるリスクはあるのに、勇気あるなぁ────
「なにか分かりましたか?」
「全然?」
そうか、さすがのすふれちゃんでも分からないのか。
ならこんな危険なものはさっさと土に埋めるなり爆破するなりして、消滅させてしまった方がいいだろう。
正直見た目やひどい目に遭わされた経歴から、あまり罪悪感も沸かなかった。
「あーん、でもここで開けるのは止めてほしいわ。
私もきーさんもいるし、なにか危険な匂いがする。
本来あってはいけないもの、みたいなね」
「あ、すごく分かります、それ」
「とりあえず、その水筒の中にある間は大丈夫なはずよ。
街まで戻ったらカレンの実家に持ってった方がいいんじゃないかしら?」
店長の実家、私は知らないその場所を示されて、ついつい聞き返してしまう。
「あの、すふれちゃん……カレン店長の実家って……」
「ん? 『精霊契約保安協会』よ、行ったことあるでしょう?」
あぁなるほど、もちろんだ。
きーさんと契約している以上、行ったこともあるし、殺されかけたこともある。
※ ※ ※ ※ ※
その後、私は軽い怪我や使いきった魔力を戻すのに3日かけ、4日目滞在日の朝、ようやく村を出ることになった。
どうやって帰ろうかと悩んでいたら、すふれちゃんが村の男性に声をかけてくれた。
なんと、エクレアの街まで馬車で送迎していただけるらしい。
帰りは私が歩いてきた「凄霊の渓澗径」のような獣道ではなく、精霊保護区から流れる魔力でできた盆地を使い、遠回りするルートらしい。
村への行き来のための、比較的舗装されたルートで、安全に早くとなりの村やエクレアの街まで着けるらしいので、これ以上獣道のようなところを進んだり、野宿をしなければいけなかったりする心配要らないだろう。
それに村の人は滞在中おいしい食事なんかも振る舞ってくれたし、すふれちゃんは私を家に泊めて家事や戦い方についても色々教えてくれた。
どうやら最初はあれだったけれど、このイレイ村が谷を越えてきた旅人をもてなすというのは本当だったようだ。
感謝。
「すふれちゃん、何から何までありがとうございます。
お世話になっておいてあれですけど、その──ちょっと楽しかったです」
「フフ、それはよかった。私も貴女といれて楽しかったわ」
短い間だったけれど、すふれちゃんは私にもきーさんにも優しくしてくれたし私自身彼女のことを姉のように慕っている。
ここにずっといたい、そう思ってしまうほど、ここでの生活は豊かで、満たされていた。
「でもそれはダメよ、分かるでしょう。貴女には貴女の、帰る場所がある。私と違ってね」
「すふれちゃんは、ここじゃないんですか?」
「どうかしら、最初はそのつもりだったけれど、カレンと久しぶりに“魔力共有”でお話しをして、ちょっと、ね」
すふれちゃんは、その長い睫を少しの間閉じて、ゆっくりとまた瞳を開いた。
そのシルバーの瞳の奥には、私ときーさんを確かに写している。
「今回の試練、貴女たちは見事に達成して見せました。
これからもそれを誇りに、運命が2人を分かつ時まで、そばで伴に歩んでいくのです」
「分かりました。ね、きーさん?」
“分かってるよ”
すふれちゃんにきーさんの言葉は分からないけれど、同意したことは伝わったらしい。
彼女は微笑むと、私の両手をそのフワフワの羽でそっと包んだ。
「今日までありがとうエリー、私にも妹が出来たみたいで、楽しかったわ。
でも、帰りは気を付けて、家に着くまでが試練よ。
話を聞く分だと貴女はトラブルに巻き込まれやすいようだから、くれぐれも、ね。
それと、次に会えるときは、街で会いたいわ」
街か、そういえばすふれちゃんも、店長と契約をしていたなら以前は街に住んでいたのだろう。
それに、話しぶりからすると軍に所属していたのかも。
なんにせよ、私が踏み込む問題ではないか。
“すふれちゃんに、ありがとうって伝えて”
「ありがとうございましたすふれちゃん、そうきーさんも伝えてほしいと」
「フフ、バイバイエリー、きーさん。またね」
別れを告げて、馬車は走り出す。
目指すは王都エクレア、私ときーさんの、今の家がある街だ。
「何だかんだ、最後は楽しかったですね」
“前半はもう二度とごめんだけどね”
きーさんは、そう言いながらあの“ねばねば”の入った水筒を軽く転がした。
帰ったらまずこの処理をしなければならない、とてもめんどくさい。
今になって、放っておけばよかったとさえ思えてきた。
でもようやく家へ帰れる、それだけで少し、私の心は満たされてゆくのだった。
~ 第2部4章完 ~
NEXT──第2部最終章:磨励自彊のバトルライン