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帰りたい(193回目)  新手の治療法を勧めるみすぼらしくて怪しい女


「つ、つ、つつつっ……」

“捕まえたぁ……”


 取り逃がした“ねばねば”を追いかけた私たちは、やっとの思いでそれを捕獲した。

 追いかけて、きーさんに網に変身してもらって捕まえようとしたら間からすり抜けられ、仕方がないので箱になってもらいその中に閉じ込め、昨日の鳥の巣までもどり空の水筒に移し変え、慎重に密封してやっと今に至る。


 どうやら私との戦いで大分弱っていたようだけれど、慎重に捕まえたい私との根比べは夕方まで続いた。

 どちらかと言うと倒してからの方が体力も気力も使ってしまったような気もする。


“今日はもう、鳥の巣で休むしかないね”

「はぁ、こんなところで私は立ち往生を……」


 しかも今晩は仲間も増えて、水筒の中の“ねばねば”と一晩を過ごさなければならない。

 結局、その晩私は一睡もすることができなかった。



   ※   ※   ※   ※   ※



 次の朝日が出てから、巣を出て川に沿って歩いた私たちは、ようやく土石流の流れ着いたところまでたどり着いた。

 どうやら大自然に流されても「威霊の峡間径」は健在だったようで、その先にはしっかりくっきり、道が続いていた。


「あれが、私たちの歩いてきた道でいいですよね……」

“うん、間違いないよ。それに少し先を飛んで見てきたけれど、渓谷は終わってるみたいだ”

「ほんとですかっ?」


 どうやらきーさんの見てきた景色によると、さらに少し先に進んだところで渓谷は終わり、その先に小さな村らしきものも見えたようだ。


 普通の渓谷と違い、この谷は流れているのが川ではない。

 精霊保護区の精霊たちから集められた魔力がここまで流されているのだけれど、流れ方の性質は普通の水と変わらないらしく、魔力が分散してしまう距離まで来るとそれに伴って山も扇状に押し分けられているようだ。

 この先には広い盆地といくつかの集落も見えたようだけれど、渓谷が終わる場所がそこなら、私たちが最後にたどり着くべきはその村と言うことになるだろう。


「じゃあそ向こうに見えた村がゴールってことでいいんですよね」

“だろうね……”


 長かった旅も、ようやく終わる。

 大嫌いなレジャーとテント生活、カツカツの食事の日々からようやく解放されるのだ。


「ベッド……お風呂……」

“お魚……お布団……”


 待ち焦がれたものを一つずつ数え、一歩ずつ前に進む。

 そしてようやく、私の目でも村が確認できた。

 ゴールがあるのは間違いないようだ。


 ただ1つ心配なのは、私たちには“催淫”で街の人々のほとんどを、体調不良のどん底に追い込んだことだ。

 きーさんとの強制的な心の繋がりはなんとか調整できるようになったものの、“催淫”も調節できているのかは、正直分からない。

 もしかしたら、村に近づいただけで石を投げられる──というより誰も迎え入れてくれないことさえあり得るだろう。


“でも、それは実際試してみないと分からないんじゃないかな”

「そうなんですよね……」


 今それを確かめる手段など、他にどこにもない。

 なら村に近づいて様子を見るか、このまま一生を山のなかで過ごすかだ。

 なら私は、迷いなく前者を選ぶ。



“着いたね……”

「えぇ」


 そして歩くこと半日ほど、ついに私たちは遠くに見えた村までたどり着いた。

 どうやら看板を見るにイレイ村という名前らしい、「威霊の峡間径」のゴールなのは間違いないだろう。


 そっと近づくと、女性が軒先で洗濯をしているのが見えた。

 道では子供たちが駆け回っている、大工らしき屈強な男性が、木材を運ぶのも見える。

 近づいても特に影響はしてない、ということでいいんだろうか?


「す、すみません」

「はい? えっと、なんでしょう……?」


 試しに洗濯をする女性に話しかけると、彼女はこちらを怪訝な目で一瞥した。

 そりゃあボロボロの服を着た見慣れない少女が、いきなり話しかけてきたらそういう目もするだろう。

 でも、そういう余裕があると言うことは私にとってはむしろ救いだった。


「えっと、私旅の者なんですけれど……

 その、今頭痛とかしませんか? 具合が悪いとか──」

「し、しませんけど……健康そのものですが?」

「あ、そうですか。よかったです……」


 私がおずおずと引き下がると、女性はこちらを本当に怪しげな目でほとんど睨み付けながら、どこかへと行ってしまった。

 どうやら無理している様子もないし、元気だと言うのは本当らしい。


「きーさん……」

“うん……”


 どうやら今の私は完璧な不審者だったようだが、社会的に死にかけていることより、私たちは安堵の方が大きかった。


「お、終わったーー……」

“終わったねーー!”


 顔を見合わせた私たちは、同時にその場にへたりこむ。

 どうやら旅の結果は、私たちには珍しく成功と言う形で納められたようだ。

 もう街に行っても誰も具合を悪くしない、組織に命を狙われることもなければ山奥に隔離されることもない。

 私の求めた文化的な生活を、取り戻すことができたのだ。


 しかし、村の真ん中で、人の目もあるのに、私たちは力尽きてしまった。

 もう、連日山を歩き続けたせいで一歩も動けない。


「これから、どうしましょう……」

“宿でも探して、休むしか……”

「無理です、動けない」


 ようやくたどり着いたのにこれは、結構まずかった。

 誰か親切な人が声をかけてくれるのを待つか、体力がもどるまでここを動かないか。


 しかし、よく考えたらここは人様の家の軒先だし、ここでじっとしていたらいずれは────


“ヤバ、エリーあの女の人が戻ってきたよ”

「え……」


 見ると、先ほど軒先で洗濯をしていた女の人が小走りに戻ってきた。

 しかも後ろには、村の男性を何人か引き連れている。


“新手の治療法を勧めるみすぼらしくて怪しい女が、突然この村に来た、って通報されたと予想”

「……………………」


 絶対それだ、先ほどの女性の顔を見れば分かる。

 しかし今私には、逃げる体力も弁解する体力も残っていない。


 せめて、すぐに殺されたりせず牢獄にでもぶちこんでくれれば、まだあとから怪しい声かけを釈明できるのだけれど。

 あの様子じゃ無理かなぁ────


「きーさん、今まで楽しかったですよ帰りたい……」

「おい君、なに言ってるんだ?」


 気づくと、もうすでに男性たちに囲まれていた。

 きっと私をこの場でボコボコにする気だろう。


「ご、ごめんなさい、これには深いわけが……殺さないで……」

「だからなに言ってるの、君『威霊の峡間径』から来たんだろ?

 ずいぶんキテるみたいだけど、大丈夫かい? 立てる?」

「へ?」


 見上げると、私を囲む男性たちはみな心配そうな顔でこちらを見つめていた。

 ボコボコにされないのか──それでも周りを身構えていると、後ろから先ほどの女性が申し訳なさそうに出てきた。


「あの、先ほどは失礼な態度をとってしまいすみませんでした……」

「失礼?」

「はい、私ここに最近嫁いできたばかりで村のしきたり・・・・を何も知らず……」

「それってどういう────」


 とりあえず、この村に来て迷惑をかけているのは私だし、女性の態度も失礼だとは思わなかったけれど、どうやらこの村ではそれが失礼に当たるらしい。

 同じ国の中でも地域が違ってしまえば何が常識かなんて、分からないものだ。


「いや違うよ、この村は『威霊の峡間径』から旅を終えた人間とパートナーを、手厚くもてなすという役割があるんだ」


 疲れた頭で考えていると、代わりに男性の一人が説明をしてくれた。


「まぁ、ここ何年もたどり着いた旅人がいないから、奥さんが知らねぇのも当然だけどな」

「すみませんすみません……」

「あーあー、いいって。すふれちゃんから、ここに来ることはオレらに伝わってたんだし。

 さぁ、ようこそ『イレイ村』へ!」


 どうやら、村全体としてはボロボロのみすぼらしい私でも、歓迎してくれるようだ。

 もう少しも動けないので、それはありがたい。


 でも、私のせいで奥さんが申し訳なく思ってしまうのは、私としても申し訳なかった。

 そういえば道も何年も使われてなかったし、こんな儀式をしなければいけない方が稀なのだろう。


「え、でもちょっと待ってください。私がここに来ること、皆さんは知ってたんですか? 『すふれちゃん』て、どなたですか?」

「すふれちゃんなら、もうすぐ来ると思うぜ──おっ、そら来た」


 村人たちが、一斉に空を見上げる。

 つられて私も目線をおくると、目線の先に透き通るような白髪の、儚げな女性が屋根の向こうから現れた。


「って、えぇ……」

“あれって、人じゃないの?”


 よく見ると、女性の両腕から二の腕にかけて、きーさんを彷彿とさせるような真っ白な翼が生えている。

 それをゆっくり羽ばたかせることで、空を飛んでこちらへ向かってきていた。

 しかも、両足も普通の足ではなく、鳥のような鋭い鉤爪だった。この姿は────


「ハーピィ?」

「正解、物知りなんだねバイトちゃん」


 彼女は以前、きーさんの図鑑で見たことのある精霊、ハーピィそのものだった。

 私を「バイトちゃん」と呼んだそのハーピィは、目の前に舞い降りると、微笑みながら両羽でパチパチと拍手をする。


「初めましてバイトちゃん、それと長旅お疲れさまね。

 この村は安全だから、ゆっくり休んでいって頂戴」

「は、初めまして……えっと、貴女は……」


 私が問いかけると、“ハーピィ”は嬉しそうに名前を名乗った。


「ああ、私の名前は『ふわふわすふれぱんけーき』よ。

 ちなみに好物もフワフワのスフレ、よろしくね」


 珍しい名前だ、そもそも本人が名乗らなければ、名前だとも分からなかっただろう。

 でも、あいにく私には、その名前の素性に心当たりがあった。

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