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帰りたい(190回目)  スローライフ


 目を覚ますと、眩しい光が瞳に飛び込んできた。

 暖かな光ではなく、チカチカとした痛みが目の裏を刺す。


「うぅ……」


 どうやら、太陽光が顔に当たっていたようだ。

 先ほどの大雨は止み、雲が晴れ空が見えているらしい。

 朝日か夕焼けかも分からないその光に照らされながら、私はゆっくり身体を起こした。


 まだ全身がギシギシと痛み、頭もグラグラするけれど、とりあえず今生きていることだけは、なんとなく分かった。

 とりあえず一安心、だろうか。


「あっ、きーさんは……」

“ここだよ”


 傍らを見下ろすと、きーさんがいつもの調子で延びをしていた。

 どうやら、私の相棒もなんとか無事だったようだ。


「とりあえず、よかったです」

“それにさ、エリー。気づかない?”

「何が────あっ」


 きーさんに指摘されて、ようやく気づく。

 今まで、特にここに来てから顕著だった心の繋がり──“魔力共有”が、完全に私たちにかから途切れていた。


 ここ数ヵ月は、お互い感情が高ぶったら勝手に相手へそれが伝わってしまっていたのだ。

 そう考えると、自分の感情だけになりフラットな頭の中は、心なしかスッキリしたような気もする。


〈やろうと思えば、こういうことも出来るけどね〉


 きーさんが、頭の中に語り語りかけてきた。

 どうやら制御も一緒に可能になったようだ、思えば専用の電話みたいなものだ。案外便利だな。


〈これで、周りへの影響もなくなりましたかね〉

“うーん、どうだろ。それは村にでも行って誰かで試してみないと”

「あ、そこは直接しゃべるんですね」


 ノリの悪い相棒だ。

 というか、他に方法がないとはいえ誰かで試すという発想がちょっとヒドイ。

 本来私たちは性格も考え方も違うのだ、それが無理矢理今まで一緒になっていたのだから、やっと離れられて清々した。


「ま、とりあえずこれであとは帰るだけ、ですね」

“うん、今日はゆっくり休んで、さっさと戻ろう”



   ※   ※   ※   ※   ※



 強く当たっていた光が消えかけ、夜の闇が訪れようとしていた。

 気絶して時間の感覚を失っていたが、私たちを照らしていたあれは、夕焼けだったらしい。


 ところで周りをよくみると、ここは山中獣道のど真ん中ではなく、木の枝と泥を寄せ集め作られた大きな「むろ」だった。


「なんでこんなところに……」

“ほら、これ”


 きーさんが、私が気絶する前の記憶を送ってきた。

 なんとかきーさんを抱えてこの室にたどり着いた私は、最後は這うようにここにたどり着き、そのまま力尽きてしまったらしい。

 きーさん自体もうっすらとした記憶だったので、もうここだどこであるかということも認識は出来ていなかっただろうけども。


「ところで、何ですかここ。きーさん知ってます?」


 大きさは私の部屋の何倍もあるそこは、かまくらのように丸く、入り口一ヶ所以外がドームのように覆われている。

 ここなら雨風も凌げるおかげで、私たちもなんとか冷えきらずに生き延びることができたのだ。


“鳥の巣、じゃないかな”

「はぁ……」


 確かに素材や形としては似ているけれど、こんな大きな室を巣だとは全く思わなかった。

 確かに言われてみればそれっぽい気もするけれど、こんな大きな巣を使う鳥なんていないだろう。


“いや、いるだろ。昨日みたばかりじゃないか”

「あっ……」


 シカ(のような化け物)を連れ去っていった、あの怪鳥だ。

 たしかにあれくらいの大きさなら、この巣の大きさもちょうどいいものになるだろう。納得といえば納得だ。


「うん? でもそれじゃ、あのデカイ鳥が戻ってきちゃうんじゃ」

“そうかも”

「えっ……」


 必死にあの怪鳥と戦って勝てるか頭を巡らせてみたが、どう頑張っても私たちに勝ち目はなかった。パクン、終わり。

 しかし逃げるにしても体力が限界を迎えている、今晩はここに滞在するしかないだろう。


「とりあえず、完全に暗くなる前に入り口の近くに火を起こしましょう。少しは鳥避けになるかも」


 室の穴から這い出て、辺りを確認する。

 眼下には相変わらず増水した川、右手遠くの方には私たちを巻き込みかけた土砂崩れ跡も見える。

 どうやら先ほどの山からの脱出は叶わなかったようだ。


 周りの木々はドロドロもしくはビチャビチャだったので、巣の中に落ちていた乾いた枝や藁なんかを燃やして焚き火をする。

 おぉ、よく燃えるよく燃える。


 ついでに火の近くに服をおいて乾かすことにした。

 昼間とは違い、巣の中で着替えたので開放的な場所で開放的な姿になることもなかった。


“ねぇ、そういえば巣のなかにこんなものがあったよ”

「何かの骨ですかね?」


 きーさんが一生懸命運ぼうとするが動かせないほど大きな頭の骨が、入り口近くに転がっていた。

 半分砕かれたようなそれは、ここの巣の主が狩りをしてそのまま食した証拠だろう。


 やっぱり食べられるかもしれないんだ────


「あ、でもこんなものがあるってことは、鳥がここを離れて相当経ってるのかもしれませんね。安心安心」

“さぁ、それはどうかなぁ……”


 現実逃避はさせてくれないらしい。

 まぁ、今日はとりあえず日も落ちたので、夕食を食べ早めに寝ることにする。

 今日はここ数ヵ月で一番疲れた。


「はぁ、この非常食生活も飽きましたね」

“帰れば美味しい魚が待ってるよ”

「魚限定? まぁそうですよね、着いたら少しいいの買いましょう」

“やった!”



 適当にパンやチーズを焼いて、あと干し肉を食べてお腹を満たす。

 その後、軽く身体を拭いて、おしっこして、うがいして、乾いた服を回収して、火を消して、巣に戻る。

 すっかり暗くなったのでライトを照らし、テントを広げて、ようやく私ときーさんは床に就いた。


“なんだか、自給自足のスローライフみたいで、アデクと森にいた頃を思い出すよ”

「いや、あそこにはあんな立派な小屋があったでしょ」

“僕は嫌いじゃないよ、こういう少し足りない生活も。なんならもう、ここで暮らそうか”

「嫌ですよ、そしたら魚も買えません」

“じゃあダメだ”


 軽く笑いあって、目を閉じた。

 大嫌いなアウトドアだけれど、この瞬間だけは少しだけ、不覚にも少しだけ楽しいと思ってしまった。


 それに、お互い感情が流れ込んでくることはなくなったけれど、ここにいる私ときーさんは、確かに繋がっている。

 心が、繋がっている────


「あっ……」

“どうしたの?”

「もしかして、なんですけど。私たちの“魔力共有”が暴走した原因て、私の【コネクト・ハート】かも、って」

“え、話せるようになるだけじゃなかったの?”

「私もそう思ってましたけど……」


 私の固有能力【コネクト・ハート】は、動物、精霊、植物──それらが明確に「意思」として発した音だけを、丁寧に翻訳している。

 「意思」のない音は決して間違って翻訳することはないし、そのおかげでナルス・バンスのような【音で人の心を操る能力】も防げている。


 つまりこの固有能力は、言葉の翻訳とともに、確かにそこに宿る「意思」を摘み取ることができるのではないだろうか。

 だから、【コネクト・ハート】────?


「そのせいで、心の繋がりが強くなりすぎて、予想より早く私たちの暴走が起きたんじゃないかって……」

“それってじゃあ、全部今回のことは君のせいなんじゃ”

「お休みなさい、きーさん」

“おいふざけんななぁなぁにして寝ようとするなよ”


 そんなこと、今さらいわれても困る。

 そもそもきーさんが不貞腐れて感情が揺れたのが原因ではないか、という仮説は店長が最初に挙げていたことだ。

 どちらがどう、という話ではないのだ。


“その言い方はズルいなぁ──”

「まぁ、そのおかげでさっきの一瞬も助かったのかもしれないじゃないですか?

 あの変な感覚、きーさんも感じてたでしょう?」

“もう忘れたよ、どうでもいいや。おやすみ”


 適当だなぁ。そしてすぐにきーさんは寝息をたて始めてしまったので、私も静かに目を閉じる。

 よるの空気が顔を撫でて、森の涼しい空気が流れ込んでくる。



 そしてその晩、私は懐かしい夢を見た。


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