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帰りたい(188回目)  山の大災害


 しばらく歩いても道が川からはなれないと判断した私は、「威霊の峡間径」から直角に離れて、道の脇の山に登る。

 しかし地面はぬかるみ、足元は悪く、すぐ目の前も全く見えないこの状態で山登りは、中々にこたえた。


“道からはみ出ていいの?”

「少し離れるくらいなら、旅に支障はないそうです。遭難しなければ、の話ですが────」


 しばらく山を登ると、通り雨だったのか、少し先程より収まった気がする。


 しかし背後を見やると、川が増水し先程まで私が歩いていた道は既に激しい渦の底だった。

 背後から轟々と言う音が僅かに聞こえてくる。

 もう少し山に逃げるのが遅ければ、きっと手遅れだっただろう。


“うわ、危なかったね……”

「えぇ……これが通り雨なら、止むまでこのままここで待機しましょう。

 あまり豪雨の中動くのは得策ではないでしょうし……」


 幸いにも、先程より雨の量は落ち着いた気がする。

 しかしまだ景色は晴れず、眼下の増水した川もその実態は完全に伺うことができない。

 多分ここまで増水してくることはないだろうけれど、心細さや不安は募るばかりだ。


“この雨で、道が分からなくなったりしないかな……”

「さぁ、有り得るかもしれませんね」


 「威霊の峡間径」は長い年月、山道が魔力の通り道になることで生まれた自然の産物だ。

 それが同じ大自然にかき消された、ということも有り得るだろう。


 こうなってしまえば、次に道として認識できるのは何年後か、何十年後か、何百年後か────


「ダメですね、考えても仕方ないです。遭難したときは2人で仲良く野垂れ死にましょうか」

“やだね、そういう心中はお断りだよ。そばにいて欲しかったら最後まで死ぬ気であがくことだね”


 ツレない相棒だ。でも私とて、ただ死ぬつもりはない。

 絶対に帰るんだ、こうなってしまった以上そう心に覚悟をきめる。


「にしてもこの雨、また別の意味で危険そうですね。

 どこか雨宿りできる洞窟が近くにあればいいんですけど」


 最悪ここにテントを張る手もあるけれど、山にこんな状態でキャンプは、少し遠慮したい。

 なにせ、谷には川の増水と言う危険があったように、山には山の危険があるのだ。

 例えば危険な生き物や、遭難や、こんな雨の時に起こる────


「うわっ」

“どうしたの?”

「上から小石が降ってきました……」


 落石、というほどではないけれど、パラパラとした小石が足元を掠めていった。

 当たっていてもかすり傷程度ですんだかもしれないが、小石が落ちるということはここの地盤が緩くなっているのだ。

 そして────


“エリー、この音なんだろ”

「この音、山鳴りですかね────」


 低いゴゴゴという音が、山全体から軋むように聞こえてくる。

 もしかして──いや、これだけ一瞬の間にこの降水量、十分に有り得る話だろう。

 それは、どこかの山のどこかの出来事ではない。


「これって……」


 大昔に番組で見たことがある。急な落石、山鳴りに近くの山の土砂崩れ。すべて地滑りの兆候だ。


「向こうの山が崩れたみたいです。地盤の状態が近いここも崩れるかもしれません、よね……」


 大自然を敵に回す恐ろしさに、鳥肌が立った。


「逃げましょう……じっとしてても、これ死にます……」



   ※   ※   ※   ※   ※



“早く早く!!”

「ごめんなさい、そんなスピード出ません……」


 山道をずぶ濡れのシューズで、なるべく早く。相当私の足には負担が来ていた。

 そして一歩進むたびに、この山に起きている大規模な変化の兆候が、目に飛び込んでくる。


 斜面に亀裂、地下からの泥水の噴出、そして────


“川の水が、減ってる?? なんで、まだ雨が降ってるのに……”

「────っ、まさか……」


 谷に流れていた川の水量が減っている、まだ降り続く雨の中でも急激になくなった濁流は、嫌な予感の前兆でしかない。

 少なくとも、私が知ってる限りこれは────


“エリー、なんだろうこの匂い……山火事?”

「何か焼ける匂い、多分上流で岩同士がぶつかってるんです。

 既に上流では山が崩壊して、川の水を塞き止めてるんだと思います」

“そんなことあるの……?”

「えぇ、大規模な土石流が、そのうち起きるかもしれません……」


 山崩れで崩壊した岩や土が川を下って、上流から一気に押し寄せるのだ。

 そのうち川の周りは、軒並み土砂や岩に飲み込まれることになるだろう。


“おっ、おおおお?”

「来ましたね……」


 ついに上流の方から、大きな地響きと共に濁流が押し寄せ、土砂や岩が一気にくだってきた。

 さすがにここまでは来ないだろうが、この山に別の影響が出る可能性は十分にある。


「きーさん、ここまで上がれば濁流は来ないと思います。でも────」

“土砂崩れが、心配なんだろ”

「えぇ、特にこの山は多く兆候が出てるので、かなり危ないと思います。せめて向こうの山に逃げたいです」


 一昨日、きーさんとは離れないと約束したばかりだった。

 でも、自然が相手ではきーさんがいたところでどうにもならない。


“言ってくれるね……”

「えぇ、でも私と“魔力共有”してるきーさんなら、上から私に状況を伝えることは、出来ますよね」

“──出来るよ”


 きーさんは、私な言いたいことを大方察したようだった。しかし私は敢えて、言葉に出す。


「きーさん、私のために上から状況を伝えてくれませんか。

 いつ崩壊するか分からない地面、先も分からない山歩き、ガイドがいれば心強いです」

“ガイド……”


 きーさんはしばらく黙っていた、この間のボイコットからまだ2日。

 こんなお願いを吹っ掛けるのはどうかと自分でも思う。

 でも、これが私の生き残る最善の策のはずだ。


 もちろんきーさんが空を飛べば、風に煽られる危険性、雷に打たれる危険性、その他諸々伴う危険性を、私は理解した上で頼んでいる。

 必ず帰るという強い覚悟、自分を本気で心配してくれる相棒の存在────

 それらを引っくるめて、今私が出来る最善策だ。


「お願いしても、いい……ですか?」

“────ホントに……”


 私の感情は、共有した感覚できーさんに伝わっているはずだ。

 私が本気で彼を頼っていることも、分かってくれていると思う。だから────


“分かってるよ、僕は相談なく危険に突っ込んでくのがいやなだけなんだから。

 納得すればどんな危険なことでも協力するさ、報酬次第でね”

「きーさん……」


 なんだ報酬が必要なのか、面倒くさいな。


“なにさ”

「なんでもないッス……ところで時間がないんですが」

“分かった、空からのナビゲートは任せな。必ず生きて、街へ戻ろう”


 そう言い残すと、きーさんはまだ雨の止まない空へ上昇していった。


〈この先暫くは、同じような獣道だよ。ぬかるんでるから気を付けて、足を滑らしたら川まで転げ落ちるよ〉


 きーさんの声のような感情が、直接頭のなかに響いてきた。

 どうやらりゅーさんとアデク隊長が使っていた“魔力共有”でのテレパシーは、ここを旅する間に自然と身に付けられたらしい。


〈ありがとうございます、このまま進みますね〉


 訳も分からない山道を闇雲に進むより、ナビゲートがあるのはとても安心だった。

 手探りだった山道の移動も、スピードが上がる。

 山の崩壊の前に、移動することが出来るかもしれない。


〈あっ、待ってエリー止まって!〉


 急な信号に慌てて歩みを止めると、目の前を自分ほどの大きさの岩が転がり落ちていった。

 もう少し前にいたら、きっと粉々になっていただろう。おそろしや────


〈あ、ありがとうございました……〉

〈いいから進みな、まだ次の山は先だよ〉


 心強い声に促され、前へ前へ。

 私たち2人なら、必ずこの試練も────


〈っ!? エリー、急いで!! 山の上の方が滑り始めてる!!〉


 上を見やると、頂上付近から土煙が立ち始めていた。まずい、ついに崩壊が始まったのだ。


 土砂崩れが、来る────!!

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