気配を消して、森のなかに隠れる。
幸い、
精神が混濁している今、それが幸いして
「いや……いやいやいや、私は■■■■■■私は■■■■■■私は■■■■■■私はエリアル・テイラー────ふぅ……」
“何してるの……”
「自我を保ってました……でも驚きましたね、なんですかあれ……」
“とんだバケモノだよ。あれ、精霊じゃないね。魔物とも違う”
落ち着いたら、段々と自我も自分のものだと認識できる程度に戻ってきた。
自分が自分だと分からなくなる感覚は、なんだかかなり心を揺さぶられる。
「追いかけてきてません……よね?」
“たーぶーん??”
そっと2人で後ろを伺ったけれど、それらしきものは見当たらない。
どうやら撒いたようだ。いや、そもそも追いかけてきていたのか?
“吸収……してたよね、精霊を……”
「えぇ」
“あんなこと、可能なの……?」
可能かどうかで言えば、出きるヤツがいても、不思議ではない。
というか、精霊や魔物の生体から考えれば、当然の事だ。
”精霊の生体?“
「精霊や魔物は他の生物と違って、その本体は
だから、人間と契約できるし、より高次の存在になれば、肉体を捨てて『概念』という状態でも活動できます。
だから、相手の魔力を吸収してその特徴を自分のものにする、というあのバケモノの存在も、あり得ると言えばあり得るかな、と」
”そうだったんだ……あんなの友達になれないな。パス、パス“
まぁ、確かにきーさんにとっては近づきたくない存在、天敵なんだろう。
というか、精霊本人は知らなかったのだろうか。
“君、分かってると思うけど、自分で自分のからだの事をなんでも理解してるヤツなんか、いると思うなよ?”
「ま、まぁそりゃそうですよね。私も自分の体調管理とか結構ズボラですし……」
“そりゃ、休みの日昼まで寝てりゃあね”
なんかうるさいな、と思ったけれど、その感情もどうやらきーさんには響いたようで、少し髭を震わせたあとこちらを睨んできた。
「あーあー、ごめんなさい」
“フンッ……”
全く、人の肩を使っておいていいご身分だ。
“それも聞こえてるよ!”
※ ※ ※ ※ ※
その日はしばらく移動してから、管理人さんに借りたテントを広げて野宿をした。
何やら最新式らしく、魔力を込めることで大きく出きるタイプらしいので、広げるのも移動させるのも困りはしなかったが。
グッタリだった私は、そのまま泥のように眠った。
そして明くる日、日が登り始めた辺りから私は目を醒ます。
「んー、イヤな朝」
“いや、こんな早く目が覚めるなんて、普段の君じゃあり得ないよね。
てっきり起きるのお昼になると思ってたから、朝御飯の準備してないよ”
「元々してくれたことないじゃないですか」
“そもそも出来ないしね”
アウトドアは嫌いだ、野宿をすると決まって朝日が上ってきた瞬間に目が覚める。
ホントはゆっくり寝ていたいのに、朝の爽やかな日差しが私を容赦なくたたき起こすのだ。
“うん、森では普通の暮らしだったよ。じゃあ張り切って2日目頑張ろう”
「朝御飯くらい食べさせてくださいよ……」
しかしまぁ、昨日の“ねばねば”が私たちを追いかけてきていないとも、限らない。
そもそも、昨日のシカような危険な精霊もいるかも。
ここは仕方がないので、歩きながらの食事にすることにした。
“エリーだけいいもん食べてんじゃーん”
「カツアゲですか? 普通のフルーツサンドですけど」
“あっ、ごめんこぼした”
「うわっ……」
私の頭の上でキャットフードをかじっていたきーさんは、どうやら私の髪の毛を新しいにおいでマーキングしたいらしい。
慌てて髪の毛を手で払うと、きーさんがビックリして飛び立った。
“いきなりやめてよ!!”
「よくそんなこと言えましたね……」
サンドイッチの最後の一口を水筒のお水で流し込んで、私はきーさんをにらんだ。
きーさんは膨れっ面でそのまま地面に降りると、ふてくされながら歩き出した。
地面を歩いたので、もう身体には乗せてやらない。
「もう頭の上で食べないでくださいね」
“ぶーっ……”
家に帰ってからはそのまま布団で寝るな、風呂入れとうるさいくせに、いざ自分となるととたんに甘くなるらしい。
『全く……』
“なんだって……?”
「いいえなんでも」
その後もえっちらおっちら、山々に囲まれた谷を自分の足で歩いて進む。
時期は冬だと言っても、これだけの運動量だ。汗で身体がべたついて仕方がない。
「すみません、しばらく休んでいいですか……」
“僕も疲れた“
そういって、きーさんは岩に腰かけた私の、膝の上に身体を下ろした。さっきまで地面歩いてたくせに、汚いな。
“なんでさっきから、そんなことばっかり気にしてるの。いつも気にしないよね……”
「え? あー……」
少し心外そうな顔するきーさん、確かに言われてみれば、何でだろう。
「あ、私一昨日からお風呂入ってないんですよ。
こんなところにお湯なんてないですし、仕方ないんですけど、少し気になってしまって」
“お湯がない? 自分で出せば?”
「疲れるじゃん」
魔力で生成したお湯は、まぁまぁ魔力を消費する。
危険地帯であるここでの使用は、命取りになりかねない。
「それに、出しても身体を拭ける程度ですし」
“ん? 待ってエリー、このにおい……”
きーさんは、怪訝な顔をして鼻をスンスンと鳴らす。
「なんですか?」
“あるかもよ、浸かれるお湯が。よくにおいかいでみなよ”
「え?」
私も同じように、スンスンとにおいを嗅いでみる。
何だか独特の、卵が腐ったようなにおいがかすかにした。
そういえば出掛けに、管理人さんが何か言ってたような。これって────
「硫黄、ですか?」
“ピンポーン”
※ ※ ※ ※ ※
硫黄のにおいのする方をたどるにつれ、熱を帯びた空気が顔にかかる。
そしてようやく見つけたこの先には、熱い湯気が籠る川が流れていた。
「これ、やっぱり温泉ですね」
“だよね、初めて嗅ぐにおいだったけどやっぱそうだったんだ”
「でかした」
“なんだ偉そうに”
どうやら源泉が、川の近くで沸いているらしい。
上流からの流れと混じって、一部で湯気が出たり出なかったりしている。
何はともあれ、温泉があるなら少しはここ数日の疲れも癒せそうだ。
とりあえず、入れそうな温度のところを探して少し浸かりたい。
“よくこんなところあったなぁ”
「そういえば、途中で温泉があるかも、と管理人さんも出掛けに言ってました。
確か人間の入れる場所には目印がしてあるって……あぁ、これか」
すぐそこに、石を積んで道にした場所があった。
しばらく川の下流の方まで続いており、明らかに人工的に作られたものだ。
「一緒に入りましょうよ」
“それほど熱くなければね”
少し遠回りになってしまうけれど、辛い山道に温泉があるなら、入らないわけにはいかないのだ。