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帰りたい(186回目)  地獄へようこそ


 気配を消して、森のなかに隠れる。

 幸い、エリーのおかげで気配を消す術は身に付けられている。

 精神が混濁している今、それが幸いしてきーさんの気配も完全に消すことができた。


「いや……いやいやいや、私は■■■■■■私は■■■■■■私は■■■■■■私はエリアル・テイラー────ふぅ……」

“何してるの……”

「自我を保ってました……でも驚きましたね、なんですかあれ……」

“とんだバケモノだよ。あれ、精霊じゃないね。魔物とも違う”


 落ち着いたら、段々と自我も自分のものだと認識できる程度に戻ってきた。

 自分が自分だと分からなくなる感覚は、なんだかかなり心を揺さぶられる。


「追いかけてきてません……よね?」

“たーぶーん??”


 そっと2人で後ろを伺ったけれど、それらしきものは見当たらない。

 どうやら撒いたようだ。いや、そもそも追いかけてきていたのか?


“吸収……してたよね、精霊を……”

「えぇ」

“あんなこと、可能なの……?」


 可能かどうかで言えば、出きるヤツがいても、不思議ではない。

 というか、精霊や魔物の生体から考えれば、当然の事だ。


”精霊の生体?“

「精霊や魔物は他の生物と違って、その本体は意思を持った魔力の塊・・・・・・・・・・なんです。

 だから、人間と契約できるし、より高次の存在になれば、肉体を捨てて『概念』という状態でも活動できます。

 だから、相手の魔力を吸収してその特徴を自分のものにする、というあのバケモノの存在も、あり得ると言えばあり得るかな、と」

”そうだったんだ……あんなの友達になれないな。パス、パス“


 まぁ、確かにきーさんにとっては近づきたくない存在、天敵なんだろう。

 というか、精霊本人は知らなかったのだろうか。


“君、分かってると思うけど、自分で自分のからだの事をなんでも理解してるヤツなんか、いると思うなよ?”

「ま、まぁそりゃそうですよね。私も自分の体調管理とか結構ズボラですし……」

“そりゃ、休みの日昼まで寝てりゃあね”


 なんかうるさいな、と思ったけれど、その感情もどうやらきーさんには響いたようで、少し髭を震わせたあとこちらを睨んできた。


「あーあー、ごめんなさい」

“フンッ……”


 全く、人の肩を使っておいていいご身分だ。


“それも聞こえてるよ!”



   ※   ※   ※   ※   ※



 その日はしばらく移動してから、管理人さんに借りたテントを広げて野宿をした。

 何やら最新式らしく、魔力を込めることで大きく出きるタイプらしいので、広げるのも移動させるのも困りはしなかったが。

 グッタリだった私は、そのまま泥のように眠った。


 そして明くる日、日が登り始めた辺りから私は目を醒ます。


「んー、イヤな朝」

“いや、こんな早く目が覚めるなんて、普段の君じゃあり得ないよね。

 てっきり起きるのお昼になると思ってたから、朝御飯の準備してないよ”

「元々してくれたことないじゃないですか」

“そもそも出来ないしね”


 アウトドアは嫌いだ、野宿をすると決まって朝日が上ってきた瞬間に目が覚める。

 ホントはゆっくり寝ていたいのに、朝の爽やかな日差しが私を容赦なくたたき起こすのだ。


“うん、森では普通の暮らしだったよ。じゃあ張り切って2日目頑張ろう”

「朝御飯くらい食べさせてくださいよ……」


 しかしまぁ、昨日の“ねばねば”が私たちを追いかけてきていないとも、限らない。

 そもそも、昨日のシカような危険な精霊もいるかも。

 ここは仕方がないので、歩きながらの食事にすることにした。


“エリーだけいいもん食べてんじゃーん”

「カツアゲですか? 普通のフルーツサンドですけど」

“あっ、ごめんこぼした”

「うわっ……」


 私の頭の上でキャットフードをかじっていたきーさんは、どうやら私の髪の毛を新しいにおいでマーキングしたいらしい。

 慌てて髪の毛を手で払うと、きーさんがビックリして飛び立った。


“いきなりやめてよ!!”

「よくそんなこと言えましたね……」


 サンドイッチの最後の一口を水筒のお水で流し込んで、私はきーさんをにらんだ。

 きーさんは膨れっ面でそのまま地面に降りると、ふてくされながら歩き出した。


 地面を歩いたので、もう身体には乗せてやらない。


「もう頭の上で食べないでくださいね」

“ぶーっ……”


 家に帰ってからはそのまま布団で寝るな、風呂入れとうるさいくせに、いざ自分となるととたんに甘くなるらしい。


『全く……』

“なんだって……?”

「いいえなんでも」



 その後もえっちらおっちら、山々に囲まれた谷を自分の足で歩いて進む。

 時期は冬だと言っても、これだけの運動量だ。汗で身体がべたついて仕方がない。


「すみません、しばらく休んでいいですか……」

“僕も疲れた“


 そういって、きーさんは岩に腰かけた私の、膝の上に身体を下ろした。さっきまで地面歩いてたくせに、汚いな。


“なんでさっきから、そんなことばっかり気にしてるの。いつも気にしないよね……”

「え? あー……」


 少し心外そうな顔するきーさん、確かに言われてみれば、何でだろう。


「あ、私一昨日からお風呂入ってないんですよ。

 こんなところにお湯なんてないですし、仕方ないんですけど、少し気になってしまって」

“お湯がない? 自分で出せば?”

「疲れるじゃん」


 魔力で生成したお湯は、まぁまぁ魔力を消費する。

 危険地帯であるここでの使用は、命取りになりかねない。


「それに、出しても身体を拭ける程度ですし」

“ん? 待ってエリー、このにおい……”


 きーさんは、怪訝な顔をして鼻をスンスンと鳴らす。


「なんですか?」

“あるかもよ、浸かれるお湯が。よくにおいかいでみなよ”

「え?」


 私も同じように、スンスンとにおいを嗅いでみる。

 何だか独特の、卵が腐ったようなにおいがかすかにした。

 そういえば出掛けに、管理人さんが何か言ってたような。これって────


「硫黄、ですか?」

“ピンポーン”



   ※   ※   ※   ※   ※



 硫黄のにおいのする方をたどるにつれ、熱を帯びた空気が顔にかかる。

 そしてようやく見つけたこの先には、熱い湯気が籠る川が流れていた。


「これ、やっぱり温泉ですね」

“だよね、初めて嗅ぐにおいだったけどやっぱそうだったんだ”

「でかした」

“なんだ偉そうに”


 どうやら源泉が、川の近くで沸いているらしい。

 上流からの流れと混じって、一部で湯気が出たり出なかったりしている。


 何はともあれ、温泉があるなら少しはここ数日の疲れも癒せそうだ。

 とりあえず、入れそうな温度のところを探して少し浸かりたい。


“よくこんなところあったなぁ”

「そういえば、途中で温泉があるかも、と管理人さんも出掛けに言ってました。

 確か人間の入れる場所には目印がしてあるって……あぁ、これか」


 すぐそこに、石を積んで道にした場所があった。

 しばらく川の下流の方まで続いており、明らかに人工的に作られたものだ。


「一緒に入りましょうよ」

“それほど熱くなければね”


 少し遠回りになってしまうけれど、辛い山道に温泉があるなら、入らないわけにはいかないのだ。

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