目を開けて、私はきーさんを見据える。
その瞳はまっすぐで、曇りがなくて、純粋で────
「えぇ………………分かりにくすぎる……」
“鈍感すぎ”
結局の所私は、相棒の大切にすべき気持ちの面を軽んじていたらしい。
きーさんは、私が闘いの場で勝手に一人になったとき、とても心配していた。
とても心配して、とても不安になって、とても怒っていた。
戦えないくせに、弱いくせに、勝手に一人になるな、と。
どこかの誰かが、弱っちい私のことを、心底心配してる。
そういう事を、私は全く考えていなかった。
“君は、自分を犠牲にして何かをしたり、人に秘密で何かをやったりするのが大好きだから、いつも心配なんだ”
「え、そんなことは……」
“あるでしょ? マッサージの娘に言われたんじゃなかったの??”
そういえば、以前イスカからも言われたことだった。
────それが君の悪いところだよ。君が周りに及ぼしてる影響を、まるで理解してない。
ソニアちゃんが商店街や図書館の人たちからいい目で見られていない、その原因は私だった。
未だに実感はわかないけれど今なら少しだけ、イスカの言葉の意味が理解はできた。
だから私の一人で危険に突っ込んでいく行為は、きーさんから見ていて、とても危ういものだったんだろう。
少なくとも、きーさんの記憶の中の私は、自身で思っているよりもさらに、出来ない劣ったか弱い軍人さんだった。
ただのやる気のない、17歳の女の子だった。
「でも、あのときはうまくいったじゃないですか……」
それでも、私だって譲れない部分はある。正直あの崖での対応は、危なかったけれど正当なものだと信じている。
ミリアは私を殺さない──全体を見てそう判断したのだし、きーさんも空を飛べるのだから別にどうと言うことはなかっただろう。
結局、私だって無事だったんだ、それを今さらどうこういわれても。
“そうさ、
「そうですよ……」
“それに確かに、目の前で僕が
瞬間、きーさんと一緒に戦った中の、いくつかの場面が私の中でフラッシュバックした。
いや、きーさんが無理矢理想起させたんだ。
迷いの森の時、精霊保護区での時、ラビリンス・ステアラーの時。
どれも私が、戦いの中で一人になった瞬間だ。
“あの時だってあの時だってあの時だって、君の命は危なかったじゃないか。わざとでないにしろ、死ぬ思いを何度したのさ”
「そうですけれど……」
“それで、僕がどれだけ心配したと思ってるのさ……”
まだ、“魔力共有”も半端だった頃だ、お互いの意思なんて読み取れなかった。
それでも私と別れた後、きーさんがわざわざ戻ってきて心配していると伝えてくれたこともあった。
私から離れても、ちゃんと私をスピカちゃんのもとまで案内してくれた。
私はきーさんと出会ってから、闘いの中でついつい彼を頼ってしまっている。
その事に少し罪悪感はあったけれど、実際闘いの中できーさんがいなくてうまくいったことなんて一度もなかった。だからきーさんは怒ったんだ。
誰でもない私が、
だったら、私も思いの丈は、全て伝えるべきだろう。
こうして気持ちをきーさんは、さらけ出してくれたんだから。
「ごめんなさい……」
最初に出たのは、きーさんにさんざんいい続けた謝罪の言葉だった。
でも、さっきと違い彼はそれを黙って聞いていた。
「私はきーさんの思いを軽んじていました。
イスカに言われたことの意味を、本当に理解はしてませんでした」
周りの人に、私が及ぼす影響を理解できていない。
心が繋がっていて、いつも一緒にいても、きーさんの気持ちを私は理解していなかったのだから、その言葉は間違いなくイスカの言う通りだったろう。
正直、今でも誰が私のことを気にかけてくれているかなんて、考えたこともなかった。
セルマは、クレアは、スピカちゃんは──今ごろ私を心配してくれているのだろうか。
イスカは、ロイドは、リゲル君は──そしてミリアは、私のことをどう思っているんだろう。
それが私には、多分人並み以上に理解できていない。欠落している。
でも、だからこそ今は、心で繋がっているきーさんのことだけは理解できた。
いつもたまらないほど、私のことを思ってくれている相手が、ここにはいた。
「でも、だからこそこれからも、私と一緒にいてほしいです。
これからは相談もなく勝手に投げたりしません、いざとならなくても、真っ先に頼ります。
いろんな武器も、しっかり覚えるようにします────」
それで、きーさんがそばにいてくれるなら。
今や唯一の家族となったきーさんは、私が前を見据えて歩くためには、絶対に必要な相棒なんだ。
以前、きーさんに私が軍に入隊したわけを、話したことがある。
それは、私にとって必ず叶えたい目標だけれど、私が強くならなければ、手が届かないものだ。
だから、頼れる相棒が必要で、だから、きーさんが必要だ。
そばにいて支えてほしいその相手は、
「きーさん、私にはあなたが必要です。私のことが、嫌でも、嫌いでも構いません。
あなたがいなくても、私は戦います。でも戦っていき残るためには、私にはあなたが必要だから。
あなたがいない明日なんて、きっとないから……」
本音で、本性で、言葉に出して。
お互いに繋がると信じて、その一言を────
「だから私と、これからも一緒にいてください」
“………………”
きーさんは、喋らなかった。でも共有した感情で、彼が今何を考えているのか、何となく分かる。
じっと見つめる視線、つむる両目、そしてきーさんは静かに飛び立ち。
「あ……」
次に止まったのは、私の頭の上だった。
「きーさん……」
“中々ここも慣れちゃうとね……それに君が同意する気ないなら、契約破棄はできないでしょ“
全くその通りだった。そして頭の上から感じる感情は、照れくささと、恥ずかしさと──ガチの怒り。
「あ、まだ怒っていらっしゃる……?」
“当たり前だろ、許すとは言ってないからね?”
でも、言葉を話して、伝えて、分かってくれた。
今は私に【コネクト・ハート】があって、心底よかったと思った。
とりあえず、彼は私に付いてきてくれることを選んでくれた。契約解消は、延期してくれた。
それだけで、今の私は嫌なアウトドアの旅も、少しだけ前向きになれる。
「話しはついたようだね、仲直りできてよかったじゃないか」
「まだ怒ってますけどね、お待たせしました」
静かにうなずくと、管理人さんは「谷」への門を開けた。
奥には異様に明るく、気持ち悪くなるほど引き付けられる暗黒が口を開けていた。
「言っておくけど、ここからは君たちだけで乗りきらなければならない。
途中で帰ってきてもいいが、その時は契約を破棄してもらう。頑張れよ」
「はい」
待ち受けるは窮途末路の「人」と「精霊」だけが足を踏み入れる、国有数の危険地帯。
前に進む2つの命は、万里一空、共に過ごすため全てを掛ける。
私たちは小屋にある荷物を引っ張りだし準備を整えると、2人で、「谷」へと足を踏み入れた。