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帰りたい(182回目)  相棒と、向き合って


 久しぶりに見る、相棒の猫の姿。

 真っ黒な毛並みと真っ白な翼を持った子猫。

 白と黒のモノトーン、それを艶やかに纏た精霊。


 そしてやっぱり──怒っている。


“エリー、契約を解消しよう。僕らはもうやっていけないよ”


 久しぶりに聞いた彼からの第一声は、別れの言葉だった。


「この間のことは──反省しています。配慮にかけていました」

“いいんだよ、人間の目的を果たせたなら。前回のことは”


 いや、良くないだろ──心の声が訴えている。

 なんだろう、きーさんがもとの姿に戻ってから、より心の繋がりが強くなった気がする。


「ごめんなさい、もう崖から落としたりぞんざいな扱いをしたり、しませんから」


 横で、管理人さんが苦い顔をしていた。

 そんな無慈悲な事をしたのか──と言いたげだ。


“そうじゃないんだって……”

「そうじゃ、ない?」


 きーさんの嫌みだろうか、問題は明らかにこの前のあれだ。

 崖から落とすという行為に腹を立てて、相棒きーさんを危険にさらしたことに怒って────


“だから!! そうじゃ!! ないんだって!!”

「じゃ、じゃあ私にどうしてほしいんですか……」


 そうじゃ、そうじゃない、まだ伝えられてない────


 ずっと私が崖から投げたことを、きーさんは怒っているのだと思っていた。

 でも、彼が思う怒りは、それとは少しずれている気がする。


“パートナーなら、相棒なら、僕の気持ちを汲んでみろよ。汲み取って、反論してみなよバカ……”

「そんなこと……」


 いや、いまの私になら、出来るかもしれない。

 心が繋がって、周りに迷惑を書けてしまうほど“魔力共有”をしてる私たちなら、きっと。


 きっときーさんの記憶を読み取れる。


「分かりました……」


 私は目を閉じて、集中した。



   ※   ※   ※   ※   ※



 あの時────


 “聖槍”という武器をめぐって、エリーがミリアという子に追い詰められたのは、崖の際だった。

 これ以上後ろに下がったら、奈落の底に落ちてしまう。


「よ、よくもやってくれましたね……」

「……………………」


 なんか、ミリアの目線からエリーがバカにされてる感じがする。

 少しカチンと来たのか、エリーの聖槍ぼくを握りしめる手に少しだけ力が入った。


「分かりました、受けて立ちます……」


 エリーが挑発に乗るタイプではない、のは分かっているけれど冷静さを失ってしまっているのではないか心配だった。

 そんな僕の気持ちをよそに、エリーは踏み出した。


「“珊瑚連斬コーラルビート”!」

「────────────!!!!!」


 刃が、敵の硬化したマントとぶつかって、火花を起こす。

 敵は“精霊天衣”の使い手、それでもエリーは気合いと執念で、その瞬間敵の力に肉薄していた。


「────────ミリアッ!」

「!!」



 そしてお互いの攻撃が────弾かれた。

 お互いに大きくのけぞって、エリーが手から僕を離した。


「「あっ……」」


 多分、わざと────


 エリーの手から滑り落ちた聖槍ぼくが真っ逆さまに落ちてゆく。 暗い奈落の底へ────


 底へ────



“エリーっ!”


 崖の底に落ちそうになった僕は、慌てて元の姿に戻った。正直全然危なくはなかった。

 崖の下には流れの早い川、だけど翼のある僕なら落ちる心配はない。


 だから、問題はそこじゃない────


“武器もないのに、勝てるわけないじゃないか……”


 今エリーは敵と一対一で対面している。

 しかも眼下には険しい崖、僕のように飛べるわけでもない。

 急いで戻らないと────もし反撃に合ったらひとたまりもないのに、唯一の武器である僕を、こうも簡単に落とした。


 多分、それでも慌てなかったのはミリアとか言う人間を信用しているんだ──敵なのに。

 さっき仲間がひどい目に遭わされていたのに、それでも自分を殺すような真似はしないと、そう思い込んでいる。


 確かに、前に2人が話してる姿は仲が良さそうだったし、僕はあのに何があったのかも知っている。

 でもそれは──僕がこんなに心配していることを、差し置いて。


“何なんだよ、もう──ん、あれは?”


 急いで壁に張り付いて様子を見ていると、すぐ上からミリアが降りてきた。

 どうやら、落ちた聖槍を探しているみたいだ。


 上から先にエリーが降ってきた訳じゃないし、とりあえず無事なんだろう。


“よかった、帰ったらちゃんといわないと……”


 戦場で一人になるのは危険だ、それなのにエリーは最初から、いざとなったら僕を手放す気でいた。

 敵の注意をそちらに逸らそうとしていた。


 エリーは、それがどれだけ危険なことか気づいていない。

 いや、分かっているのかもしれないけれど、それにわざわざ自分から飛び込んで行く意味がない。


 僕を手放すくらいなら、目の前で僕が猫に戻ったのを見せればいいんだ。


“こっちかな────”


 フツフツと吹き上がる怒りを抑えながらエリーのいるだろうという方向に飛ぶ。

 すると、向こうの方に仲間と歩くエリーの姿が見えた。


 どうやら、他の連中や聖槍も無事だったみたいで、一緒に来た馬と歩いている。


“よかったエリー、戻った────よ……?”



 追い付いたエリーに、僕は絶句した。

 特に周りを警戒していなかった。それどころか、僕の心配をよそにのほほんと、あくびをしていた。


「あ、きーさんお帰りなさ──いだっ」

「エリアルさん!? 大丈夫ですか!?」


 怒った僕は、エリーの手の甲を引っ掻く。

 それにエリーは、僕を崖から落としたことを怒ってると思ってるみたいだった。

 そんなことはどうでもいいのに、僕の心配をよそに、呑気に────


「ララさんありがとうございます。大丈夫──イタイイタイっ、きーさん頭噛みつかないでっ」

「いわんこっちゃない、そりゃそうだろうよ……」

「ちょ、きーさん、きーさんてば──ダメだ、聞いてくれない……」


 そのまま僕は、小さな指輪に変身して沈黙した。

 言っても仕方ない、分かってもらえない。

 だったら、本人に伝わらないなら、いっそこのままでいてやる。


 そんな僕に対して、エリーはさして気にした様子もなく、僕を小指にはめた。


「全く、手のかかる────」



 それからエリーとは、話していない。




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