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帰りたい(181回目)  「不要物」の昔話


「つまり、元々影響を受けやすい空間で、その影響に慣れさせる、と……?」

「その通り、頭いいね」


 こんなことで誉められても、嬉しくない。


 五感が、感覚が、共有される。

 自分が自分かも分からない未知の領域────


「そんなものが効果あるのか、って顔してるね?」

「え、えぇまぁ────」

「安心してくれよ、ここの力は本物だし、得られるものも大きい。

 昔からこの『儀式』で制御できるようになったコンビが沢山いる、由緒正しき方法だ。

 今は形骸化したけれど、昔はちょくちょく人も来ていたし、僕ら・・もその一人だから」


 それって──と追求しようとしたが、それを避けるように、管理人さんは大きく咳払いをする。


「僕らの──僕のことはいいだろう?

 それより、今の問題は君さ。その指輪はまだ動かない?」

「えぇ────」


 私は左手の小指から、きーさん扮する銀の指輪をはずす。


「まずは、決めないといけないことがあるよね」

「決めないとって────」

「“キメラ・キャット”と、どうするかさ。

 そもそもそんな旅をするかしないかより、今後契約を続けるか続けないか」


 確かに、こんな危険な旅をしなくても、きーさんと契約を解消してしまえばいい、というのは街でも考えたことだ。

 でも、その強情なきーさんが動かないから、私は今ここまではるばる来たわけで、それを言うのはそもそも間違っている気がする。


「それもそうかもしれないけれど、そもそもきーさんの協力なしでこの旅を乗り越えられるかな?」

「それは──無理ですけど」

「なら、試練を受けるにしろ止めるにしろ、ここで一生過ごすことを選ばない限りきーさんとの話し合いは必須だ、分かるね?」


 きーさんは動かないけれど、それでも動いてもらうしかない。

 私はハンカチを取り出して草の上に引くと、きーさんをそこに置いて話しかけた。



「きーさん、ごめんなさい。前回のことは反省してます。

 他にも至らない点や不満事があるなら、聞きます。

 だから、せめて──言葉にしてください」



 一呼吸おき、二呼吸おき、変化がないことを覚る。


 当たり前だ、この台詞は、きーさんが戻らないと知ってから何回も何回も繰り返してきたものだ。

 強情というか、なんというか。

 食べなくても飲まなくてもこの姿なら平気だろうけれど、外の音が聴こえ、時間の感覚もあるのだから、退屈なんかは癒せないだろうに。


「ずっとこうなのかい?」

「えぇ、ずっと」


 そうか、と管理人さんが一言。


「どうすればいいんでしょう、ずっと困ってて……」

「ホントに困ってる?」

「え? あ、いや────」


 あれから私は任務には出ていない。

 生活の中ならきーさんがいなくても、わりとなんとかなっていた。

 というか、きーさんと契約するまで私は、彼なしで生活してたんだ。


「それも踏まえて、今きちんと、お互いにいないと困ることを話し合わないと、後悔するよ」


 後悔する────それは、彼と契約していた店長も言っていたことだ。

 決して、急いて物事の決定せず、しっかりとその心の繋がった家族と、納得いくまで話をしろ、と。


「まぁいいや、話すつもりはなかったけれど、どう後悔するか、教えてあげるよ。

 どこまで知ってるのか知らないけれど、僕は昔、カレン・マイラーという人間の女性と、契約していた」

「はい、知ってますよ」

「その女性が、数年前のある日言ったんだ、戦うことを、止めたいと」


 ポツリポツリと、呟くように話し始めた。



   ※   ※   ※   ※   ※



 カレン・マイラーさんは、昔アデク隊長と同じ隊に所属していた軍人だったらしい。


 彼女はその“固有能力”から、そのまま【インフィニット・スピリッツ】の異名で呼ばれていた。

 すなわち、無限の精霊と契約が出来る能力。

 この国では常識である「一人一精霊」を、覆す能力だ。


「当時はその能力も相まって、彼女はアデクやリーエルと、同等の力を持っていたよ。もちろん、僕らの力も含めて、だけどね。

 でもね、ある大きな戦いがあって、その後彼女は気力を失ってしまったんだ」

「気力────ですか?」


 彼はそれ以上語らなかったから分からなかったけれど、それは少しずつ彼女を蝕み、ついにはアデク隊長と同じように、引退を決意させるまで膨れ上がったらしい。


「僕たちは、彼女の意思を尊重したよ。

 アデクと──『男』と山奥に逃げて、ひっそり2人で暮らしたいと言ったんだ。

 アデクはクズバカアホマヌケのドンカン木偶の坊ケムシだけれど、すごく恥ずかしいことに、ただの悪ぶったすごくいいやつだからね」

「それは……知ってます」


 彼と会ったときから、それは分かっていたことだ。

 どんなときも、アデク隊長は性格の悪くなりたい善人なんだ。


「まぁ、パートナーの意見だからね、彼女の意見に表面上納得したふりして、僕らは精霊保護区に姿を消した。

 僕らみたいな『相棒』は、そうなってしまうとただの『不要物』だからね」

「そんな────」


 不要物と自分達をとって切り捨てた管理人さん。

 それを止める言葉をいいかけたところで、逆に私が無言の人差し指を口に当てられて、その言葉を止められた。


「『不要物』──は言いすぎたね。これじゃ他ののっぴきならない精霊たちにも失礼だ」

「そ、そうですよ……」

「言い方を変えよう、嫁入りだ。好きな人ができて、彼と共に生きたい──そう考えた女性の中には、家族と別れて生きる道を選ぶ人もいるだろ?

 それがたまたま、彼女は家族じゃなく契約した精霊ぼくたちだったのさ」

「でも、それって────」


 その例えなら、肝心なことが成立していない。

 店長は、軍を引退してからずっと、街から外で生活をしていたことなどない。

 少なくとも私がであった頃にはもう、店長だった。


「あぁ、せっかく彼女のもとを去ったのに、彼女はなおも軍人を続けたのさ。

 ほどなくしてそれも辞めだけれども、僕らには一切理由も言わない。

 言えないのかもしれないけれど、少なくとも僕は、それが許せないんだ」


 私は、基本きーさんに隠し事はしないようにしている。

 昔私の身にあったこと、本当の名前、どこでどう暮らして、ここに来てからどういうことがあったのか、全て話した。

 気持ちが共有してしまうのでどうせばれるから仕方なかった、というのもあるけれど、きーさんは相棒に大きな隠し事をされるのはイヤかも知れない思ったからだ。


「それで────」

「それで、そうさ。僕らは──少なくとも僕は、カレンを憎んでる。

 アデクはそうだな、逆恨みかな? 人の家族奪って放置だぜ、許せねぇだろアイツ」

「え? いや、ノーコメントで……」


 そんなの、部下の私に言うな。


「まぁ、一度会って、なぜ話さないのか、とか。心の中で繋がってるのに、なんで一言『会いたい』が言えないのか、とか。

 いろんな感情を、時が僕らを風化させてしまった。ダメだね、僕らは」

「いえ、そんな────」


 それは、今私たちが直面している危機でもある。

 こうなる前に、なんとかしろ、と言外に言っている。


「そうだ、カレンは、元気かい?」

「元気です、ただ──契約している精霊に、未練があるのは分かります」


 カフェ・ドマンシーは今時珍しくもない、契約精霊同伴可のお店だ。

 たまに、連れていったきーさんが店の隅で眠っているけれど、店長はそんな彼にも良くしてくれる。

 そして私は知っていた、きーさんや他の精霊を見る店長の目は、愛でる気持ちのどこか奥に、妬ましさや羨ましさや、後悔が混ざっていることも。


 私は──【コネクト・ハート】は、言葉や気持ちのその奥を感じ取っていた。


「そうか、カレンが────」


 今度は彼の、管理人さんの心は読み取れなかったけれど、少なくともその一言で、彼の気持ちが私たちから離れることはなかった。

 そして、その話を聞いて、なにも思わない私でも、なにも思わないきーさんでもなかった。


「いい加減にしろ、“キメラ・キャット”。このままじゃ、一生後悔するぞ」


 その言葉に、一瞬指輪が揺らいぐ。


「ちゃんと、話すんだ……」


 その言葉を最後に、ハンカチの上の指輪が揺れる。

 そして泥のように溶けて膨張した指輪が、ようやく認識できる「者」の形になった。


「きーさん……」


 目の前には見慣れた、私の相棒の姿があった。





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