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帰りたい(179回目)  快適な空の旅を


 強く吹く風が気持ちいい。

 上空から見渡す広大な忘れ広野の大地は、飲み込まれてしまいそうな勢いで広がっているけれど、柔らかい鱗におおわれたりゅーさんの背中の上はなんだか安心ができた。


“寒すぎないか?”

「大丈夫です」


 時々、りゅーさは私に声をかけて、揺れや温度を気遣ってくれた。

 上空だから本来は凍えてしまうほど寒いのだろうけれど、背中から出る炎が回りを快適な温度に変えてくれる。


 りゅーさんの背中から出る火は色々とコントロールができるらしく、少し暖かいくらいで燃えたり火傷したりもしないので、私は心置き無く空の旅を楽しめた。


「あの、色々ありがとうございます」

“気にするな。あ、だがアデクには甘やかすなといわれているから、ここだけの秘密だぞ。聞かれたら適当に答えておけ”

「分かりました」

“そうだ、ここから高度を上げる。あまり低く飛ぶと下の村に影響があるやも知れんしな。

 人間では空気が薄いだろうが、オレの上なら気にすることはない。ドラゴン、だからな”

「そうなんですか?」

“心配ならそれを使うといい、アデク用の呼吸マスクだ”


 安全装置にくくりつけられたバックの中から、耳栓のついたそれらしきものを起動する。

 どうやら周りの酸素を濃縮してくれる魔道具のようだ。

 ついでに周りの圧力も変えてくれるらしい。


“使えたか?”

「はい、起動したみたいです」

“ならゆっくり高度をあげる、気を付けはするが、しっかり掴まれ、何かあったらすぐに言えよ”

「あ、はい……」


 りゅーさんの声と共に、少しずつ体が傾いて空高く上がって行く。

 転げ落ちてしまうかも、と思ったら、りゅーさんは鱗を一枚裏返して椅子の形にしてくれた。


 手すりもついているので、この角度なら絶対に落ちることはないだろう。


“登っりきったぞ、到着まで退屈かと思うが、夕方までには到着するように努力する”

「あのー……」

“なんだ、腹が減ったなら一度下に降りてきて獲物でも狩ろう。村に降りれないのは流石に我慢して欲しいが……”

「そうじゃなくて……」


 私は、さっきからずっと思ってたことを口にした。


「りゅーさんて、本当にアデク隊長の契約精霊なんですか?」

“え? それ疑っていたのか?”


 だって、さっきからりゅーさんの上は至れり尽くせりで、正直こんな快適な旅になるとは思わなかった。


 アデク隊長と契約している“ローア・ドラゴン”のりゅーさん。

 彼と会うのはムカデに追いかけられたときと城の山から落ちたときの2回だけれど、こうして話すのは始めてだった。


 ドラゴンと2人きり──という状況に身構えすぎていたというのを差し置いても、パートナーであるアデク隊長との性格の違いは顕著だった。

 気が利く所とか、気が利く所とか、気が利く所とか──具体的にはその辺。


“気が利く、といってもらえるとありがたいが──アデクとの契約を疑われるのはいささか不服だな”

「あ、そういうつもりでは……」

“まぁ、お前さん苦労しているということだな。オレのパートナーに”


 パートナーへの悪い言葉には苦言を呈する一方、それ以上は追求してこない。口調も物腰も柔らかで、紳士的だ。

 だれかアデク隊長と性格を入れ換えてくれないだろうか。


“あ、どうやら街での騒動は収まったようだぞ。周りの無事を確認したら「精霊契約保管協会れんちゅう」も帰っていったらしい”

「良かった……」


 少しだけまだ私が原因ではないのでは──と信じたい気持ちがあったけれど、どうやら街は災害を排除することで解決に導かれた。

 まぁ、とりあえず騒動が収まったのは喜ばしいことだけれど。


「え、でもなんで街で起こったことが分かるんですか?」

“アデクが伝えてくれたんだ。なんだ、精霊間での情報伝達方法を知らないのか?”

「そんなことできるんですか……」


 そういえばさっき店長もそんなことを言っていた気がする。

 色々な会話のなかで聞き落としていたけれどあれって────


“精霊との感情のコントロールが上達すると、精霊と人間は情報のやり取りだけを行うことが出来るんだよ。

 離れていてもお互いの状況が分かるから、偵察なんかにも使われるな”

「なるほど、便利ですね」


 自分もきーさんと離れたときは感情を辿って生きているか、死んでいるかくらいは確認することがある。それと同じことだろう。

 周りに迷惑をかけるほど酷いことにってしまったけれど、多分上位の人たちは正しくこの力を使っているんだ。


“え? あ、まて! おい!! ったく────”

「きゅ、急にどうしたんですか……」

“向こうから勝手に言い渡されて会話を切られた。カレンとはもう別れたんだとよ”

「まぁ、そうですよね」


 先程はたまたま、緊急事態だったので2人は一緒にいただけだ。


 あわよくば仲直り──とはおもったけれど、そこまで上手くはいかないらしい。

 まぁ、緊急事態に協力できる程度にはマシになったと思うべきだろうか。


“いいのか? アデクとカレンが一緒にいれば、人間同士のやり取りでお互いの位置がつかめるが、これではぷりんあらもーどと途中で合流できん。

 このペースで行くと目的地にはやつより大分早く着いてしまうぞ?

 やつも足は早いが、所詮地上だ。疲れもするし合流は遠退くな“

「えぇ……」


 またされるのは別に構わないが、それを分かった上でアデク隊長も店長もお互いに顔を向き合わせたくない、というのがなんだかぞんざいに扱われているようで悲しかった。

 2人の勝手な意地のせいで私が迷惑をしているのは非常に度し難しい。


”途中でぷりんあらもーどを拾ってやりたいんだがな……どうやらアデクとカレンはもう会う気はないらしい。

 仕方ない、一晩かそこら待ってもらうかもしれんな”

「え、長いですね……いや、それはいいんですけれど……」


 一晩サンドイッチひとつと水筒の中身だけで野宿は、流石に厳しかった。

 きーさんも変身したままなので火も使えない。


 第一すっかり忘れているようだけれど、私は今バイト先の制服のままなのだ。

 こんな格好で真冬の空の下ポツンと一人は流石にヤバい。


“あぁそれは心配するな、あそこには小屋もあったはずだ。定期的に整理に来るやつもいるから、食糧や寒さに困ることはないはずだよ”

「あ、よかった……」


 どうやら、また私の寿命は延びたようだ。暖かい布団もあるならなおよし。


“それとも途中で村に降りてみるか?”

「村が阿鼻叫喚ですって。そもそも、今降りてもお金もなにもないですし」

“ハハ、冗談だ。だが金ならあるぞ、そこの箱開けてみろ”


 まさかと思って少し大きめの箱を開けてみると、中には大量のお札がぎっしりつまっていた。

 ビックリして、すぐに箱を閉める。


「なな、なんですかこんな大金……」

“アデクの所有財産の一部だ。アイツ金に無頓着で銀行なんかに預けたがらないんだ。

 ずっと住んでる宿に起きっぱなしで危険だと注意したら、一部をここに置いていきやがった”

「うっわぁ……」


 なんというか、とてもアデク隊長らしい話だ。

 宿屋住みとか、そもそもの彼のイメージにぴったりだし。


“まぁ、盗まれるのが危険という話ではなく、宿が危険に晒されることをオレは言ったんだがな。大金はあるだけで危険だ、そうだろ?”

「あ、なるほど」

“それにこないだも────”


 そこからは、りゅーさんのアデク隊長に対する悪口が止まらなかった。

 この精霊も、がさつな彼に苦労させられているんだなぁ──としみじみ思う。


 しかしそのグチも話がうまく意外性がある上に、ちゃんとオチがあってなかなか面白かった。

 軍の幹部、アデク・ログフィールド失態の数々──これ、軍放送に売ったらお金になるんじゃないだろうか。


“頼むから他言無用で頼む、頼むから。オレ殺されるから”

「分かってます、いわないんでもっと聞かせてください」



 そんなこんなしているうちに、精霊保護区の上空までたどり着いた。

 久しぶりに来たけれど、やはり広大な自然は圧巻だ。


“まだだ、ここからが長い。精霊保護区の最深部、そこにオレたちは行く”

「何があるんですか?」

“申し訳ないが知らんな、詳しくは。オレは案内を頼まれただけだ。

 それに、明日にはぷりんあらもーどが説明してくれるはずだ”


 途中でサンドイッチをいただきながら、りゅーさんの上をごろごろしていると、殆んど傾きかけていた日差しがだんだんと空の向こうへ消えて行こうとしていた。

 もう、地上では太陽が沈みかけているかもしれない。


“さぁ、そろそろ着くぞ。あそこが目的地だ”

「あれって……」


 精霊保護区の最深部は、以前に来た入り口と同じように、壁に覆われていた。

 なんでも干渉しようとすると、管理人さんに報告が入る代物だとか。

 しかし、驚かされたのはその先の景色だ。


「山が、割れている……」


 そこには、何者かが山を無理やり掻き分けて作ったのではないかと疑いたくなるような「谷」が、先の見えないさらにその向こうの大地にまで延びていた。

 普通なら、谷なんて地盤や気象や自然の摂理なんかで、大きく曲がったり途切れたりするものだろうに、なぜか逆に、山がその「谷」を避けるように、それは延びている。


「目的地はここなんですね……」

“あぁ、なんとなく感じるものがあるか”


 なんとなく、どころではない。

 その「谷」を前にすると、押し潰されそうな圧力というか、圧倒的な魔力というか。

 そんな目には見えないなにかが、確かに私を押し付けてきた。


“降りるぞ”

「あ、そあいえば──精霊保護区の周りってあの壁と同じようなセンサーが張られてるんですよね。侵入したらいけないんじゃ」

“ふふ、空はドラゴンの支配下だ。ましてやオレをそんなものが縛り付けられるものか”


 りゅーさんは普通にセンサーを無視して保護区へ突入する。

 あー、なんだか管理人さんの仕事が増えてしまった気がする。


“小屋はあそこだ、ここまででいいか?”

「はい、ありがとうございました」

“礼には及ばん、この空を支配するオレにとっては些細な距離だ。

 またここに来ることになるとは思わなかったが、それも運命、というやつだろう”


 そういえば、りゅーさんはアデク隊長が引退していた数年間、ここで暮らしていたのだった。

 なるほど、そう考えるとりゅーさんにとってここは殆んど我が家も同然の場所なのかもしれない。


“今度は死ぬような目に遭わないといいな、なにせオレは街に帰るのだから。

 どんなに高いところから落ちても、オレでは助けられんからな”

「ははは……いつもすみません」


 そう皮肉って、紳士なドラゴンは相棒の元へと帰っていった。

 次に彼と会うときはいつになるか、できればもっと落ち着いたときに、快適な彼の背中をじっくりと味わいたかった。

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