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帰りたい(178回目)  5つの背中


 5人について外に出ると、すでに沢山の鎧兵士が店の前を取り囲んでいた。

 この鎧、軍や王国騎士のものとはまた違う、街でみたことのないタイプのものだった。


 そしてもう1つ──鎧を装着していても分かる、どの兵士も立つのがやっと、といった雰囲気で、まるで統率がとれていない。

 中にはすでに道に座り込んで動かなくなっているものもいた。


「う、うわぁ……」

「うわぁじゃない! 貴様だな? この街の人々の安全と平和を脅かす災害の『元』は!」


 中から、比較的動ける1人の兵士が躍り出てきた。

 しかし彼も具合が悪そう、結構ひどいこと言われたが、フラフラしてるのが気になってそれどころではなかった。


「大丈夫ですか?」

「貴様のせいだバケモノ!! うっ────」


 大きく叫ぶと、その衝撃一つで頭を押さえて少しふらつく。

 どうやら店の5人は頭痛程度、とか言っていたけれど、他の人にはこれだけの影響を与えるようだ。


 ましてや一般人の奥のティナちゃん、ルーナちゃんは、今頃地獄の苦しみを味わっているのかもしれない────


「アデク隊長、早く私を隔離してください……」

「隔離? バカを言うな!! 貴様を我々『精霊契約保安協会』が貴様を生かすか!

 契約解消か、死ぬか!! この場で選べクズ!!」

「あ”?」


 対象である私への罵倒に対し、ガラ悪くキレたのはアデク隊長だった。


「テメぇら、後からノコノコやってきてうちの部下えものに今さら何言ってやがる。こっちはそんな話とうの昔に終わらせてんだ。

 もし常に危険を振り撒くつもりの敵なら殺してたが、あいにくこいつは今から山籠り・・・するんだよ」

「バカ言え、そんな話に聞く耳持つか。我々は『精霊契約保安協会』ぞ。

 まさか、この名を知らない訳ではないだろうな貴様……」

「知るかよ、数だけの雑なやっつけ仕事しやがって

 人海戦術や飽和攻撃しか脳のないのか」


 2人の間に一触即発の空気が漂う。


 怒り心頭の鎧の男に、冷たい眼で睨み付けるアデク隊長。

 対局の男2人は、今にも殺しにかからん形相で目線に火花を散らす。

 そしてしばらくの沈黙のあと、それを破ったのは鎧の男の方だった。


「どうやら、貴様も無関係というわけではないようだな。

 よかろう、世間知らずの貴様にはの貴様は、そこの女と共に死んでもらう」


 鎧の男が抜刀をする。その様子にアデク隊長はため息をついて、面倒くさそうに対応しようとするが、それを後ろにいた店長が制した。


「世間を知らないのはお前ね、ジュード。

 そいつが誰かも、ここがどこかも、この街では常識よ」

「か、カレンさん!? なぜここに……」


 店長を見て、鎧男が声をあげる。

 それも、ただの知り合いという感じではなく、その声には恐怖というものも混じっていた。


「ここが私の店だから、そしてこの子は私の店員だから、よ。

 ちなみにコイツはアデク・ログフィールド」

「────っ! あの【伝説の戦士】か……」


 ようやくアデク隊長の正体に気付いたジュードは、警戒をするように大きく後ろに飛び退いた。


 他の隊員たちは、同じように警戒の色を強めたり、何も反応がなかったり。

 中にはその名前を聞いただけで気絶するものもいた。


「あなた、人を怯ませるには最高のネームバリューね?」

「うるさい、今オレに喧嘩売ってる場合じゃないだろ。

 お前さんのとこの店員が殺されるところだぞ、気合いいれろ」

「貴女のところの小隊長でしょう、何かあったら承知しないわ」


 少しだけいつも通りの2人に戻ったかと思うと、次の瞬間敵を見つめるその視線は、すでに同じ方向を向いていた。私を背にして、戦いの構えをとる。


「ジュード? もうエリーは彼に預けたの、手出しするなら──分かってるわね?」

「いえ、カレンさんでもそうはいきません。我々が引き下がれないのも理解してください……

 彼女は今この国に害を及ぼす『災害』だ!」

「さっきから聞いてたら、そんな言い方ないじゃないないッスか!!」


 リタさんが、私への罵倒に拳を固めて叫んだ。

 リアレさんも、何も言わないがその眼には敵意が見てとれる。


「いや、しかし────今の貴女に権限はありません。

 今この状況は我々に権限がある、どうかご理解を……」

「そう、ならこちらにも考えがあるわ。リタ、リアレ、やるわよ」

「当たり前ッス、ここまでかあいい後輩に言われたらゆるせねぇッス」

「テイラーちゃんは僕の後輩でもあるから気持ちは同じだね。

 少しくらいイタくするけれど、我慢してくれ」


 2人も店長の言葉に続く。リタさんが戦うのは、私も始めてみる光景だ。


「リーエルも、何してるの?」

「────え、もしやワターシもデスか?? 無関係なのに頭数に入れるのおかしくないデスか??」

「リーエル先輩、うち店のツケいくらか知ってるッスか?」

「エリーは渡さないデス!」


 もう一人、不純な動機で加わった。

 アデク隊長、カレン店長、リアレさん、リタさん。あと脅されたリーエルさん。

 かつて同じ隊だった5人が、私を引き渡さないために戦おうとしている。


 その風格は、今までのブランクを感じさせないほど、強く、圧倒的で、一方向を向いていた。

 目的とするはいち軍人である私を護ること、強者である5人の背中は、どんな壁よりも分厚く頼もしい。


 上空から吹き上げてきた風が5人の威圧と混ざり、敵の兵士たちはなす統べなく戦力を削がれて行く。

 もしかしたら、私は今この国で一番安全な場所にいるかもしれないにいるかもしれない────


 しかし、なんか事がどんどん大きくなってきたうえに守られているのに謎の緊張感があるので、正直冬なのに背中が汗でびっしょりだ。さむ。



「【伝説の戦士】、【インフィニット・スピリッツ】、【バリスタ・オーバーロード】、【麒麟】、【無差別怪獣】……」


 ジュードが、順に5人の名前を羅列して行く。

 まるで品定めするように、おそらく今の戦力で、勝ちが見えるのか想像を巡らせているのだろう。


 ただ、それは相対するまでもなく、結果は目に見えていた。


「ちょっとまって、ワターシそんな名前で呼ばれてるんデスか!? 『無差別怪獣』ってナニ!!?」


 あ、そう呼ばれてるの知らなかったんだ。



「────────っ、分かりましたよ!!」


 突然、ジュードが大声を張り上げる。


「と、いうと?」

「あんたらと戦ったらこっちの戦力も、この街も持たない!!

 オレがクビになるだけだ、どうにでもなれ!!」


 その声には葛藤の末の諦めと、闘いを放棄したことへの安心感がにじみ出ていた。


 5人を相手に、すでに満身創痍の隊では相手にできないと踏んだらしい。

 後ろでふらつく兵士たちの何人かは安心したような吐息を漏らす。


「で、どうするんだ【伝説の戦士】。まさか考えなしに隔離と言ってる訳じゃあるまいな?」

「りゅーさん」


 その言葉に、突然通りの風が強くなる。

 これは自然の風ではない、兵士たちがそれに気付いたのはまさにようやくそのときだった。


「ど、ドラゴンなのか……!?」


 アデク隊長の契約精霊、ローア・ドラゴンのりゅーさんだ。

 隊長が戦うと決めたときから、彼は近くまで降りてきていた。


 戦闘にいつでも加われるように、敵をいつでも焼ききれるように────


「諦めてよかったな、ジュードさんよ」

「……………………」


 いずれにせよ、りゅーさんが出てきた時点でこの戦いは決まっていただろう。


 りゅーさんは通りに降り立つと、軽く背中から炎を吹いた。


「アデク、ぷりんあらもーどにはもう伝わってるわ」

「分かった、向かわせる」


 急ごしらえでリタさんが作ってくれたサンドイッチと水筒を受け取って、ようやくりゅーさんの背中に乗るところで、2人の会話が聞こえてきた。


「ぷりんあらもーど……って、精霊保護区の管理人さんのことですか?」

「エリー、彼を知っているの? 彼は私の契約精霊よ」

「契約精霊だったんですか……? アデク隊長、なんで教えてくれなかったんですか……」


 そのアデク隊長を探すと、彼は彼で相棒のりゅーさんに話しかけていた。


「りゅーさん、精霊保護区の最深部だ。たのんだぞ」

「精霊保護区って──先輩あんなところ何があるって言うんスか?」

「バカかリタ、あそこは“聖地”だ。

 運がよけりゃ、契約解消せずに力を押さえ込める『すべ』がある」


 よく分からないまま、私を隔離するためりゅーさんが飛び立つ。

 これでこのドラゴンにに運ばれるのは3回目、毎回危機的状況に私があるのはそういう運命だからだろうか。


「テイラーちゃん頑張ってねー」

「風邪引くんじゃないッスよー」

「お土産期待してマース!」


 多分、お土産とかそんなほのぼのとした旅にはならないだろうと、私の危険センサーが言っていた。

 もう少しこのセンサーが早く働いてくれると毎回ありがたいのだけれど。


「じゃあ、くれぐれも気を付けてね、エリー」

「ジジイの葬儀は気にするな。こっちで何とかしとくから」

「それって────」


 ドラゴンが飛び上がりながら、アデク隊長の小声が運悪く聞こえた。

 アンドル最高司令官の葬儀は6日後、つまりそれまでに帰れる見通しは立っていないと言うことだ。最悪。


「きーさん大変なことになっちゃいましたね……」


 指輪はそれでも、変化がない。


 そして空に向かうドラゴンに引きずられながら、私は思うのだった。


『帰りたい……』

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