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帰りたい(177回目)  “キメラ・キャット”の契約者


 魔力共有の暴走、つまり自分では精霊契約が制御できなくなっていると言うことだ。


「お前さん、前に言ったろ。“キメラ・キャット”には“催淫”があるから、充分気を付けろ、と……」

「まだまだ先って話だったじゃないですか。

 まさか契約してこんなにも早くこの段階になることってあるんですか?」


 確か、前にアデク教官が“キメラ・キャット”の“催淫”がどうとか言っていたあれだ。


 “キメラ・キャット”は生殖能力が低くて個体数が少ない代わりに、仲間を魅了する魔力波──つまり“催淫”を自ら発して、お互いの遭遇率を上げてるらしい。

 精霊と契約すると、感情や魔力を共有するため、同族に効果がある・・・・・・・・“催淫”の波も、私ときーさんの共鳴で、にじみ出てしまうことがある。


「“催淫”て、周りをメロメロにするってことッスか?」

「あぁ、だがこいつエリアルのように制御できない魔力波は、周りを“催淫”するんじゃなく、ただ“かき乱す”だけになる。

 周りのやつらはもちろん、オレたちにまで効果があるのは相当だがな」

「そんな……」 


 アデク教官は、暴走する頃には制御できてるかも知れねぇし今すぐにどうこうなることはない、と言っていたので安心していた。

 しかしそれが、こんな形で災害と化してしまうなんて、聞いていなかったのだ。


「アデク先輩、またそんな適当なこと言ったんスか?」

「いや、普通ありえねぇんだよ。契約して一年足らずだぞ? なぁ、リアレ」

「えっ……う、うーん、確かにそうですね。僕も正直驚いてます」


 リアレさんが、難しそうな顔をする。

 彼は“精霊天衣”もできる、精霊契約の大先輩だ。


 そして私の師匠でもある彼が頭を抱えるもんだいというのは、理解できないながらも今の状況の不味さに、何となく見当がついた。


「テイラーちゃん、普通、ここまで深い“魔力共有”をするように──いや、しまうようになるには、長い年月が必要なんだ。

 普通は10年──出来ない人なら一生、僕でも2年半はかかった」

「それが、お前さんはどういうわけか、この短期間でそれを可能にしてしまった。

 普通それまで少しずつ慣れて“魔力共有”のオンオフが出きるようになるんだが、それが間に合わずただ魔力波を垂れ流しになってるわけだ」


 つまり、私たちはいくつかのクリアすべき段階をすっ飛ばして、ここまで来てしまったのだ。


 もちろん未だに、私ときーさんの感情は強ければ強いほど嫌でもリンクする。

 もしかしたら今の私の焦りも、きーさんに伝わっているかもしれない。


「というか、こーゆうことはカレン、お前さんの専門・・だろ?」

「そうなんですか??」


 今まで黙って聞いていた店長は、少しだけ悲しそうな表情で眼を閉じた。

 言外に、アデク隊長のその言葉を肯定している。


「ごくたまに、あるのよ。

 例えば、家族同然で育ってきた精霊と人間が契約したときなんかは、精霊によって『成長』より『絆』が上回ってしまうの。

 それが、些細な喧嘩とか──そんなことがきっかけででタガが外れてしまい、契約した精霊の種によっては、周りに影響を及ぼすほど暴走し始める、とか」

「ちなみに、その人たちはどうなるんですか……?」

「周りから精霊との契約解消を迫られるわ。でなければ早急にその技術を身に付けるしか。

 その選択もしないならば────普通は殺される」

「殺される──ですか」


 死という言葉を目の前に突きつけられても、あまり驚きはなかった。

 街中で被害者を出し続けるならいっそ────至極当たり前のことだと、私の中ではふと心に落ちた。


 本来なら、今すぐ殺されても文句は言えないかもしれない────


「まぁ、そんなことはしないよ。でも軍幹部として放っておくわけにもいかないからね、一緒に解決方法を考えよう」

「リアレさん……」


 アデク隊長たちも、その言葉を否定しない。


「それに、一番最初からいた幹部は、見て見ぬふりだったみたいだしな?」

「最初?」


 その言葉で、店の奥の席からガタガタと慌てるような音が響く。

 今日はお客がいないはずだ、しかしそこには何ものかが侵入しているようだ。


「だ、誰ですか?」

「なんでお前は黙ってたリーエル、面倒だからか?」

「げ、ばれましたカ!」

「あ! あんたいつのまに!!」


 店の奥には、リーエルさんが隠れていた。

 軍の幹部なのに、こそこそとしてる姿は少しみっともない。


「リーエル先輩、来るなら連絡しろって言ってるじゃないッスか!!」

「だっテ!! そうしたら店閉めるじゃないですカ!」


 最近お店は、リーエルさんが来ると店を閉めるようにしているらしい。

 彼女が来たときの損失を考えると、そうした方がむしろ特なのだとか。納得だ。


「今日来られても、何も出せないわよ……」

「それどこじゃないデース! あー頭いたイ! これジャ食事どころじゃないデースよ!」

「ほんとッスか!? エリー、どこにもいかないで欲しいッス!」

「そんな無茶な……」


 私がここにいると、近隣の住民も、奥にいるティナちゃんルーナちゃんも苦しんだままだ。

 いくらリーエルさん対策のためとは言え、それはいただけない。


「話は後だ、とりあえずコイツを隔離する。借りてくぞ」

「ちょっと待ちなさいアデク、どこへ行くの」

「こいつの影響は、大体──街の4分の1ってとこか?

 それを隔離するには広い場所がいる」

「え、そんな大変なことになってたんですか────」


 この王都の4分の1など、被害者が計り知れない。

 何千──いや、もしかしたら何万人もの人が今の私のせいで苦しんでいるのだろう。

 私としても早く、隔離をしてもらいたかった。


「なら、今すぐ契約解消しちゃえばいいんじゃないッスかね?

 なんならまたあとでまたぱぱーっと戻せばいいんだし」

「そう簡単に、人と精霊の契約を語るなリタ。

 それにきーさんがこんな状態じゃ、な。戻せるか?」


 こんな騒ぎになっても、指輪のきーさんはびくともしなかった。

 こんなことになっても戻らないなんて、相当頑なだ。

 なんなら、私でも本当は本物の指輪ではないかと、疑いたくなってしまうほど。


「無理ですね」

「なら話は早い、世間に殺される前に、あるいは誰かを殺す前に。

 エリアル、早急に“魔力共有”をコントロールしろ。

 でなきゃきーさんを猫に戻して今すぐパートナーやめろ」

「また無茶言いますよね、さっきどっちも無理って話だったじゃないですか、聞いてなかったんですか?」

「オレが言ったんだバカ」


 軽く額を弾かれた。あー、そうでしたそうでした。


「別に無策じゃねぇよ、方法ならある。カレン、手伝え」

「アデク──おすすめ、しないわよ……」

「知ってるよ、だが唯一打開できる道があるとすれば、それしかない」


 なにやら、意味深な会話を繰り広げる2人、しかし肝心の私がおいてけぼりなので、ただただその会話を伺うしかなかった。


「え、で私どうすれば……」

「エリー、本当ならその“キメラ・キャット”と今すぐに契約を解消するのが得策だと思うわ。

 指輪のまま動かなくても、無理やり何とかする方法も、ないわけじゃない」

「それはちょっと……さすがにきーさんに悪いかと」


 私に腹を立てているきーさんだ、そんなことを勝手にしたら、後でどんな報復を喰らうか分かったものではない。

 案外執念深いんだ、私の相棒は。


「なら、ここからは覚悟が必要よ。きーさんと、貴女の今後を決める大切な分岐点になる」

「覚悟、ですか?」

「決して、急いて物事の決定をしてはダメよ。

 しっかりとその『心の繋がった家族』と、納得いくまで話をするの」


 いつになく、店長の眼は真剣だった。

 何となく分かるのは、私は今とても店長に心配されている。

 そしてここから、私は大きな決断をしなければならないらしい、ということだった。


「分かり──ました。分からないけど。店長のアドバイス、大切にします」

「貴女が素直な子で良かったわ、私とは正反対ね」


 店長は軽く笑うと、少し背の高いその目線から、優しく私の肩を撫でた。


「じゃあアデク、頼んだわよ。まずは表のあれ・・をどうにかすることから、ね。はぁ……」

「あぁ、全くオレたちだって好きでやってんじゃねぇってのによ……」

「エー、やるんデスか? ワターシ今日オフの日なんデスけど……」


 気だるそうに、3人が店の扉に向かう。

 それに続いてリタさんとリアレさんも席から立ち上がった。


「皆さん何を──あ……」


 言われて気付く。店の周りから何百人単位の人間の気配がすることに。


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