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帰りたい(176回目)  噂の流行り病


 その日からしばらくは、葬儀の準備が続いた。


 流石国を長きに渡って最高司令官と言う立場から守り続けた人の葬儀だ。

 嫌う人、クソジジイと罵る人は多いが、それは彼の死に心を痛めない理由にはならない。


 彼を弔う気持ちは、国全体で予想以上に大きいのか、あるいはみんなこんな仕事ちゃっちゃと終わらせたいのか、準備自体は結構スムーズに進んでいた。



「で、仕事が思ったより回ってこなくて、うちにバイトしに来たんスか?」

「ここも手が必要かと思って……」

「まぁ、そうッスけどね。うちを小遣い稼ぎと思わないで欲しいッスよ」


 久しぶりのドマンシーでのバイト。

 しかし、私を前にしてもリタさんは何だか不機嫌そうだった。


「ご、ごめんなさい……」

「でもエリー、助かったわ。今日、実はさっき突然、ティナもルーナも具合が悪いって言って寝込んでしまって。貴女が来なければ人が足りなかったのよ」

「え、それは心配ですね」


 風邪でも流行っているのだろうか、図書館で働く2人は人との接触がとても多い。

 そういえば今日はここに来るとき人通りも少なかったし、心配だ。


 幸いにも今日は休みだったようなので、ゆっくりと休んで欲しい。


「ていうか店長──アタシもなんか頭痛いんスけど……」

「あら奇遇ねリタ、私も。でもきっと気のせいよ、気のせい」


 いや、絶対気のせいじゃない。


 2人は、先に寝込んでいる2人と同じ店の奥の下宿に住んでいるのだ。

 飲食店ならなおさら、私やお客さんにうつす前に、2人もゆっくり体を休めて欲しい。


「あのー、店長? お言葉ですが、お店やる必要ありますかね?」

「まぁ、お店閉めてもいいかもね。残念なことにお客は絶望的に少ないし」


 今日、この店に来たお客さんは老紳士が一人だった。

 その方も、美食倶楽部【バロン】のメンバーだったのでたくさん食べるのかもと身構えたのに、朝食メニューを頼むとそれだけ食べて帰ってしまった。


 いつもと違う彼の行動に驚かされたが、忙しくなくてラッキー──と思ったけれどそれから、人はまったく来なかった。

 いよいよこの店もお仕舞いか。


「滅多なこと言わないで、この店はこれぐらいじゃ潰させないわ」


 そういう店長も、この状況には少し焦りを覚えているようだった。

 先日祖父であるアンドル最高司令官を亡くして、それから店長も忙しく動いている。

 どういう気持ちで彼を見ていたのかは私には分からないけれど、その件で忙しい日々が続き、今日は久しぶりにお店を開店できる日だったのだ。


 だから私もシフトを入れたのだけれど、こうも誰も来ないとなにかがあったのではと考えてしまう。


「もしかして、お客さん今日も休みだと思ってるんじゃないですか?」

「それはないわ、元々この日は開店すると伝えてあるもの」

「あ、やっときたッスよお客さん第2号!

 いらっしゃ──うおわっ!? アデク先輩!?」

「邪魔するぞ……」


 店に入ってきた客は、絶賛出禁中のアデク隊長だった。

 先日とは違い、今回は店長もいる。


 一瞬のうちに、空気が春先の「バイト先の扉破壊大事件」と同じものになった。

 何度でも言う、バイト先で乱闘騒ぎは笑えない────


「アデク!? アンタ、どの面下げて───」


 しかし止める店長には脇目もふらず、隊長は店の中を物色し始めた。


「何なのイキナリ!! また殴られたいの────」

「そんなこと言ってる場合か。カレン、この店はどうなってる?

 辺り一帯をゴーストタウンにする気か?」

「はぁ!?」


 突然訳が分からない怒りをぶつけるアデク隊長に、店長は戸惑いを隠せないようだった。

 ここは後輩のリタさんが何とかするべきでは──と思ったらリタさんは巻き込まれないようにその場を逃げようとしていた。

 おいちょっと待て。


「まぁまぁ、落ち着いて先輩」


 店に入ったアデク隊長の後ろから、もう一人大柄な男性が顔を覗かせた。

 これまた軍の幹部、新進気鋭の若戦士リアレ・エルメスさんだ。


 どうやら既に、この街に帰ってきてたらしい。


「あ、リアレさんお久しぶりです」

「テイラーちゃんか、そういえばここのバイトだったね」

「リアレ、どういうこと……?

 前回来たとき言ったわよね、アデクはここに近寄らせるな、って……」

「ヒッ! いやいやいや、待ってくださいカレン先輩! これには訳が!!」


 あんなに頼りがいが(女性関係以外なら)あるリアレさんも、先輩である店長には頭が上がらないのかひきつった顔で釈明して見せる。

 もしかしてこの人、女性が弱点なんだろうか。


「実は……実は通りを歩いていたら、急に頭痛がしたんだ。

 それも、僕とアデク先輩同時に!」

「同時に? リアレたちもッスか!?」


 結局逃げなかったリタさんが驚きの声をあげる。

 ここにいる全員、そしてティナちゃん、ルーナちゃん。

 みんながみんな、頭痛や体の調子の悪さを感じていた。


 もしかしてこれは、新手の敵襲か何かなのか────


「6人同時は流石におかしいだろ──恐らく、頭痛の正体は、何者かによる魔力の干渉だ。

 外を見てきたが、やはりここら一帯が、その異常事態に覆われているらしい。

 そしてその中心を辿ったら、一番頭がいてぇのは、ここだった」

「あ、だからお客さんも少かったんスね!」


 あぁ、そりゃあいくらお店が開店していても、近づくだけ具合が悪くなってしまったのでは客は帰るしかないわけだ。

 朝から来たあの老紳士も、実は具合が悪くてあまり量を食べなかったのだろう。


「え、でもなんで皆さんは平気なんですか?」

「そりゃ、オレらも弱かねぇからな。ある程度は耐性付けてきてんだよ。逆に、だ────」


 逆に。4人の目が、一斉にこちらに向いた。


「なんでお前さんが平気なんだ、エリアル」

「────────え? 私ですか??」


 いや、考えてみれば、みんなが不具合を起こしている中、私だけが平気なのは確かにおかしい。

 本当なら真っ先に倒れて、奥の部屋で苦しんでいるはずの人間だ。


「いや、でも……待ってください。

 それって、私が原因かも、ってことですか??」

「この状況、それしかねーだろ、まったくお前さんは。やっぱり無自覚だったのか?」

「まぁ、テイラーちゃんらしいよね……」


 しかし、そうは言われても心当たりがない。

 同じく店長やリタさんも、その考えには懐疑的なようだ。


「アデク、うちの店員を疑うなら状況証拠以外のものを寄越しなさい。

 この子が原因だと、そういいきれる理由があって疑っているんでしょうね」

「むしろ、お前は気づかねぇのかよ」

「どういうこと────?」


 勘に触ったようなその言葉尻を無視して、アデク隊長は再び私に向き直った。


「────エリアル、教えろ。お前さん、相棒のきーさんはどうしたんだ?」

「え、きーさんですか?」


 きーさんなら、ずっとここにいる。私は、指に付けた指輪を外してアデク隊長に見せた。

 アデク隊長はそれを見て、怪訝な顔をする。


「なぜだ、どうしてきーさんが、指輪になってるんだ……?」

「こないだ聖槍を護るとき、代わりに崖から落としたときから機嫌が悪くて。

 この姿に変身したまま、どんなに謝っても戻ってくれないんですよ」

「エリー、貴女……」


 それを聞いて、店長も呆れたため息を付いた。

 私何か、マズいことをいっただろうか?


「そういうことだ、カレン……」

「分かったわよ──これは“キメラ・キャット”と貴女の、魔力共有の暴走で間違いないわね」

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