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帰りたい(175回目)  葬儀の準備


 訓練所に着くと、時間はギリギリだった。

 とりあえず今日は狭い会議室を一室借りていたので、そこへ向かう。


 どうやら既にメンバー全員──と、なぜかアデク隊長が揃っていた。


「おはよーございまーす……」

「遅いぞエリアル、隊長の癖に遅刻とはいいご身分だな」

「まだ遅刻ではないかと……」


 部屋の時計を見たら、ちょうど集合時間になるところだった。

 もう部屋にはいっているのでセーフなはずだ。


「残念だったな、ここの時計は少し早く設定されている」

「うわ、じゃあ──間に合ってるじゃないですか」

「世間的にはな、うちの隊ではアウトだ」


 どうやら、アデク隊長は本日ご機嫌が悪いようだ。

 いや、いつも通りかもしれない、微妙なライン──うーん?


「エリアルとりあえず席に着けよ」

「あーごめんなさい」


 クレアに促されてようやく一息いれる。

 ここに来るまでに走ってきたので少し疲れてしまった。


「まったく、余裕をもって早く出ろ家を」

「いや、出たんですけど商店街の人が色々と最高司令官の事で聞きたかったみたいで。

 ところで、なんでアデク隊長が今日ここに?」

「まさにその事だ。ジジイが死んだ話だよ」


 まぁ、だと思った。

 今日アデク隊長がここに顔をだすとしたらそれしか考えられない。


「そう、ビックリしたわよ……!! 何て言うか、その──急にっていうか……」

「そ、そうだなー、ビックリだなぁー」

「スピカ、知ってた……」

「みんな反応薄くないっ!?」


 だって、国王から知らされていたスピカちゃん、ララさんから知らされていたクレア。

 私とアデク隊長も含め、今日までこの隊で彼の死を知らなかったのはセルマだけなのだ。


「で、最高司令官が亡くなったことについて、何かしら仕事が出来たんですね?」

「え、なにかあるのか??」


 大方、ここから忙しくなるような仕事の案件を私たちに持ち込んできたんだろう。

 この寒い時期に、忙しくなるようなイベントは控えていただきたいのだが、まぁ人の死は本人にだって決められるものじゃないし、仕方がないか。


「鋭いじゃないかその通りだ。ジジイが死んだから、来週この街で葬式をやることになった。

 その準備で、オレたちや遠方に駆り出されている幹部も、帰ってこれるやつはこっちに向かってる」

「え、幹部──ってことはまさか……」


 その言葉に、一人異様に反応する人がいた。


「リアレさんも帰ってきますね」

「いーーーやったぁ!!」


 セルマ、不謹慎だなぁ。


 少しだけ物悲しかった雰囲気は、セルマのその一言で完全に吹き飛ばされた。

 相変わらずリアレさんのことになると周りが見えなくなるようで、彼が帰ってくると聞いてかなり興奮してるようだった。あぁ全くもって台無し。


「リアレさん? 幹部の【麒麟のリアレ】さんのこと……?」

「えぇ、セルマの幼馴染みで思い人なんです」

「それがねぇ、実はねぇ……両思いだったのよ!!

 前凱旋祭でこの街に帰って来たときに告白されたの!

 それで、次この街に帰ってきたらデートしてくれるって言ってたの!!」

「へぇ」


 へぇ、しか感想が思い当たらない。

 そもそも、前回セルマが告白されている場所には、私やクレアやアデク隊長もいたのだ。

 後ろからこっそりみていたとは言え、今さら驚きの感想とか沸いててこなかった。


 横目でチラリと確認すると、クレアも興味の無さそうな顔で爪をいじってた。


「なによ、もう……」

「そんな有名な人と、両思いなんて……すごいね、セルマさん……」

「そーんなことないわよぉー!」


 事情を知らないスピカちゃんはセルマを誉めるものだから、セルマ節は止まらない。

 しかし、それを見かねたアデク隊長が、大きく咳払いをした。


「色恋沙汰か、くだらん。そう言うのはプライベートでやれ」

「はーい……」


 自分のこと棚に上げてなにを言っているんだろうこの人は、と思ったけれど話が前に進まないのでとりあえず聞かなかったことにする。

 本当は今日にでも寄りを戻したいのだろうけれど、当人たちのプライドが邪魔してなかなかうまくいってない。

 本人に自覚がない分、店長との色恋沙汰はセルマよりこじれそうだ。


 誰かが手助けしないと、もうこの2人は手に負えないだろう。

 リタさんとかリアレさんとかが何とかしてくれないかなぁ。

 ところでいうまでもないが、リーエルさんには期待していない。


「で、だ。ジジイの葬式をやるから手伝えって話がこっちにまわってきてる。

 しょーじきやる気も起きねぇが、まぁ仕事だ。手伝え」

「どこまでも素直じゃないですね」

「あぁん??」

「いえなんでもないです」


 どうやらアデク隊長は本日それを伝えるためにここに来たようだ。

 滅多に顔を出さないのに、たまに会うとこうだから、反射的に顔を見ると身構えてしまう。


「えー、きょーかーん。アタシは大会が近いから訓練とかの方がいいー」

「あ、スピカも……」


 ルーキーバトル・オブ・エクレア、この国に住む兵力保持組織の中からその年のトップを決める大会が、迫っていた。

 クレア、スピカちゃんはすでに参加することを表明しているので、それまでに力を付けておきたいらしい。


「ダメだな、こっちが優先だ」

「ブーブー!」

「ブーブーブー……」

「どんなにいってもダメ、融通はしないからな」


 どうやら言っても効かないと判断したのか、2人はため息を付いて大人しくなった。

 でも、クレアはともかく、スピカちゃんは王様に認められなければ軍を辞めなければならないので、結構な死活問題だろう。


「あのー、アデク隊長、自分も参加したいのだけれど……」

「お前もかセルマ、参加だけなら勝手にしろ。オレは知らん」

「そうじゃなくてこれ……」


 セルマが隊長に渡したのは、1枚の用紙だった。

 なにやら細かい字で色々書いてある。


「なに、『新人育成の推進による制度改正』?

 こんな古い用紙よく持ってたな」

「本部に言えば貰えるの。で、ここ見てほしくって」

「はぁ……」


 用紙に目を通すアデク教官は、みるみる気だるげな顔になって行く。何て書いてあったのだろう。


「はぁ……お前、これ黙って1人で申請しろよ」

「そんなの平等じゃないし……」

「ったく、こういう手続き面倒くさいんだ、ホントに」


 セルマに紙を返して寄越したので、私たちはそれを覗き込む。

 どうやら、そこには新人の訓練についても触れられていたようだ。


「なに? えー、ん?」

「『シンジンイクセイノスイシンの制度により、本人が望めば一定期間、技術の強化や育成としての合宿や訓練を任務として申請できる権利がある』──ですか」

「あっ──これなら、大会に、集中できる……」


 おそらく、この制度が発足された当時、同時に決まったものだろう。

 たしかにこの制度がある限り、新人の3人は訓練に集中する期間が貰える。


「いいわよね、隊長!!」

「てか逆らえねぇよな隊長!!」

「あー、うるさいうるさい!! 面倒事を抱えてくるのは1人だけで充分なんだよ!!」


 それって私か、すごく不本意だ。


「とりあえず、今はダメだ。幹部のオレの隊から葬儀の手伝いに出たのがこいつだけじゃ、流石に示しが付かねぇ」

「はい、役に立たなくてごめんなさい」

「だから、修行はそういうのが全部終わって、お前さんたちが参加登録してからだ!

 大会参加するやつしか申請しねぇから全員それまでに参加しない心構えでいろ!」


 つまり、最高司令官の葬儀が終われば申請してやる、と言うことだ。やはりこの人は素直じゃない。


「ありがとう隊長!」

「その代わりそれまで人の3倍働け!! 以上、準備は明日から、集合はここ、解散!!」


 そう言い放つと、隊長は部屋を出ていった。

 とりあえず、今日はまだ働かなくてもいいらしい。


「よかった、隊長認めてくれて!」

「てか認めざる負えねーだろ。権力に弱いんだ、あの人!」

「セルマさん、ありがとう……」


 3人は浮かれ気分だった。

 私にはよく分からないけれど、修行できるのがそんなに嬉しいらしい。


「よかったですね、とりあえず今日は普通に訓練ですし、明日からのことも考えて────」

「気合いいれねぇとな!!」


 いや、早めに切り上げようと思ったのに。

 なんかみんなやる気ムードだし、私の思わぬ方向にどんどん雰囲気が持っていかれる。


 こうなったら、小隊長権限で今すぐにでもみんなを帰宅させるしか────


「そういえば、エリーちゃんはどうなの?」

「私ですか?」

「大会、参加するの……?」


 そういえば、入隊してから2回大会は行われているけれど、どちらも参加していない。

 5年目までは参加できるので、私に参加資格がないわけではないけれど。


「しませんよ、もちろん。私が参加する必要がないじゃないですか」

「ちぇ、なんだよ。冷めてんなー」


 実力も強者には及ばないし、有名になりたいわけでもない。

 それになにより面倒くさいことが嫌いな私は、大会参加とは無縁なのだ。

 まぁ、せめて大会の日は休みを貰って、皆の観戦くらいはしようか。


「みなさん、頑張ってくださいね」


 朝家を出るとき手に付けた指輪が、鈍く光った気がした。

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