夜、イスカさんに案内されてソニアちゃんのおうちの近くまできた。
まだ帰宅していないのだろうか、部屋の明かりはついていないし、中から人の気配もしない。
「これ、いいのかな……」
「ダメでしょ」
「だよね!? あー、びっくりした、あんまり普通にアイドルの自宅知ってるともんだから私がおかしいのかと思った!」
アイドルのお宅訪問は御法度だと、再三プロマでも言っている社会問題だ。
そのルール違反を、今まさに私たちは冒そうとしている。
「で、なんで私の部屋で待つんですか……」
「外寒いじゃん、僕たちが風邪を引いたらどうするのさ」
「ごめんね、エリアルさん……」
寒いから、2階にあるエリアルさんのお部屋で私たちは待機していた。
エリアルさんは少し迷惑そうだ、申し訳ない。
「め、迷惑だったよね……私外に出てるね」
「あ、いやいいんですよ。ソニアちゃんを仲間にするって、元はと言えば私から言い出したことですし」
「そうだよ、エリーから言い出したんだから、僕らが遠慮することないって」
そういうイスカさんを横目でジロリと、エリアルさんが睨み付ける。
あ、嫌な顔してたのは私にじゃないんだな────
ところで、エリアルさんのお家は、なんだか少し変わっていた。
お部屋が一段高くなっていて泥やほこりが入らないようになってて、家の中ではフカフカのスリッパを履いてエリアルさんは生活していた。
「他のところはあんまり変わらないのに、変な感じ……」
靴を脱いで生活しているので、床に敷かれたマットの上で3人でお茶をすする。
なんだか、違う国の文化を体験しているみたいで、変な感じだった。
「お掃除はこまめにしてるので大丈夫だと思いますよ」
「あ、そういうことじゃないの!! 慣れてないだけなんだよ」
ついつい見回してしまっていたのがバレていたようだ。
「いや、全然いいんですけど。最初はみんなそうですし」
「まぁ慣れるまでに時間かかるよねぇ」
「貴女はもっと人の家ということを考えるべきでは?」
我が物顔でドテッと寝転がってお菓子を食べながらプロマを見るイスカさん、これはこれで異常だった。
「南方の島の生活様式を取り入れたお部屋なんだってね。確かミリアとエリーの出身地だよね?」
「いえ、私はそこの出身ではないんですけれど──でもずっとこういうお家に住んでますね」
こういうお家も、慣れてしまうと楽なのかもしれない。
屋内で靴を脱ぐと、足がスースーするけれど何だか解放感があって嫌いじゃなかった。
「でもエリーさん、よくこんなお部屋見つけれたよね」
「はい、島と同じ様式のところを見つけるのは苦労するかと思いましたけど──あれ?
どうやって見つけたんでしたっけ?」
「え、僕に聞かないでよ。うーんと……あれ?
前に話してくれたよね、思い出せないんだけど……」
2人して、うーんと頭を抱えている。
確かに、ここ以外で同じ様式の場所を見つけるのは、街の中だけじゃなくても難しいだろう。
「それがさそれがさ、そこの島の名前が本当に面白くて。島の名前エリア────」
「イスカ、それ以上は言わないでくださいまし」
「くださいましって──ムググっ!?」
黙らせる代わりに、イスカは口にお菓子を突っ込まれた。
ちょっと苦しそう。
「それにほら、帰ってきたみたいですよ、ソニアちゃん」
※ ※ ※ ※ ※
エリアルさんは、下の階にいるソニアちゃんの気配を敏感に感じ取っていたようだ。
私には分からないけれど、何となくエリアルさんには感じるものらしい。
「ここがソニアちゃんの部屋だよ」
「エリアルさんの部屋と変わらないんだね。アイドルって、もっとゴージャスな部屋に住んでるのかと思ってた」
「そんなもんでしょ、期待しすぎだよ。それに、そもそもこの家ソニアちゃんがアイドルになる前から暮らしてた部屋だしね」
エリアルさんの部屋の、隣の部屋のその真下。
どうやらいわれた通り、アイドル・ソニアはご帰宅したようだ。
また怖がられたらいけないので、エリアルさんは部屋にいてもらう。
「仲間外れにされたって、寂しがってたね……」
「すごい面倒くさがりなのに、そういうとこ面倒くさいよねぇ。
そもそもいたら迷惑だって、分かってないのがタチ悪い」
まぁ、勝手に部屋を使わせてもらっといて、私はそこまで言えなかった。申し訳ないし。
「じゃあレベッカ、準備はいい?」
「大丈夫だよ……」
そっとインターフォンを押して、中の様子に耳を傾ける。
どうやら本人はご在宅のようで、中から扉に近づくもの音が聞こえてきた。
今だ────!!
「はーい、どちらさ────」
「先手必勝!!」
「むぐっ!?」
イスカが固有能力で植物の腕を伸ばして、ソニアちゃんを軽々と持ち上げる。
そしてそのまま暴れる彼女を部屋の奥まで運んで行き、ベッドへ押さえつけるとこちらに親指を立てた。
「リーダー、初任務完了だよ」
「ありがとうイスカ。ソニアちゃん、こんな夜更けにお邪魔してごめんね」
「ぷはっ!! いやもっと謝ることがあるでしょう!?」
今度はパニックを起こしてもいいように、最初からイスカに押さえつけてもらう。
それがどうやらソニアちゃんにはお気に召さなかったようだ。
「そんな事よりソニアちゃん」
「あ、私が襲われるのはスルーなのね────」
「そんな事より、昼間の話の続きだよ。私たちの隊に入ってくれるって約束、ホントだよね」
「えっ──う、うん。そのつもり、だったけど……」
ソニアちゃんは、なにかに迷っている様子だった。
多分、昼間ソニアちゃんが突然パニックになった件について、だ。
入隊するのならその事を話さなければいけない。
けれど、それを話すと私に拒絶されてしまうかもしれない────
だから、もしかしたらソニアちゃんは入隊はしてくれないかもしれないと、イスカさんは言っていた。
「えっと……レベッカだっけ。気持ちはとっても嬉しいんだけど、実は私────」
「ごめん、その事についてはもうリーダーには話した。話した上で、ここにいる」
「え、イスカ、貴女────」
確かこの話は、内緒と言う名目で聞いた話題だったはずだ。
イスカの方を見ると、彼女はそっと目配せしてきた。
どうやら、秘密を打ち明けたと言う事が必要と判断したらしい。
「そう────」
怒るかな、と思ったけれどソニアちゃんはゆっくりと目を閉じるだけだった。
そしてポツリポツリと、思いを吐露する。
「勝手かもしれないけれど、ソニアも本当はこんなの嫌なの。ちゃんとえ……エリー、さんに、向き合って話がしたいわ。
許してくれるのなら、今度は先輩としても、彼女と向き合いたい。
だってソニアにひどいことされてたのに、彼女はまだ私のこと、すごく応援してくれているもの……」
少しだけ、ソニアちゃんが天井の角を横目で見た気がした。
その先にはたぶん、エリーさんがいる。
「もし本当にレベッカさんがこんな私でもいいなら、改めてお願いしたいわ。
え──エリーさんの紹介で隊に入る、第一歩にする。ソニアは前に進みたい、から……」
「うん、そっか……」
こうして街のアイドル、ソニア・リクレガシーが私たちの隊へ加わった。
心強い見方だし、ようやくこれで小隊が作れる。
「ありがとう。よろしくね、ソニアちゃん」
「じゃ、何はともあれ打ち上げでもしようか。今からやってるお店探そうよ」
「あ、ならここ使えばいいわ。せっかくだしゆっくりしていってよ」
「ほんと!? ソニアちゃんありがと────」
その時、上の階から物音がした。
小さいアパートでは良くある話だ。
「じゃあ買い出しは私たちが────あれ、ソニアちゃんどこ行ったの?」
「そこだよそこ、キッチン」
覗くと、先ほどまで意思を固めていたソニアちゃんが小さくうずくまっていた。
「みみみ、ミリアさんが────」
「ミリアはもう上にはいないよ、怖がらなくて大丈夫だよソニア……」
どうやら街のアイドル、ソニア・リクレガシーが2人を攻略するのは、まだまだ先のようだ。
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