イスカを小隊に加えた私は、そのままの足で次の候補の元へ向かう。
「あの、イスカ。ついてきてもらっちゃって、ごめんね」
「いーのいーの。僕も暇だし今ニートだし。
やることといったら仮暮らし先のホテルでプロマ見るかお風呂に行くか、焼けたお店でボーッとするかなんだから。こういうときこそ頼ってよ」
そう言うイスカの1日の行動は確かにニートだったけれど、それはお店が燃えちゃったからだし、本来のは街でも有名なマッサージ師さんだ。
話しているとなんだかとっても落ち着くし、年はあまり離れていないはずなのに、大人の余裕というものを感じた。
「あのね、イスカ.....実は相談があって」
「ん? なにかね?」
「イスカよければ、この小隊のリーダーやってほしいんだよ」
じつはd級になって、3ヶ月間お休みをしていた私。
正直、もしエリーさんの勧めてくれたメンツで小隊ができても、みんなをまとめる自信がなかった。
でも色々な人と関わってきた、私よりもベテランのイスカなら、きっとしっかり運営してくれるに違いない。
「だから、是非イスカに────」
「え、イヤだけど」
「是非────」
「イヤだって」
真顔で断られた、しかも2回。
「だって、めーんどーくさーいじゃーん」
「いや、そうかもしれないけど、私こないだ試験を合格したばかりの新人なの!
しかも今の今まで施設で訓練をしてたから戦いの実践経験ほぼ皆無だよ!」
「誰でも最初はそうだって。僕も最初の頃はそうだったよー」
適当に話を流そうとするイスカ、なんだか話しているとフワフワしていて掴み所のない人だ。
「ねぇ.....本当に私でいいの?
私、なんの役にも立てないし迷惑かけちゃうかも、だよ.....」
「そーんなこといわないの。
第一僕は、君がリーダーなの前提でオーケーしたんだからさ」
「そうなんだけど.....」
「ほら、着いたよ」
イスカが指差す先、そこには巨大な建物が建っている。
凝った石造りの全体に、入り口の門に看板────
──プロマ放送局──
「こここ、ここなの!?」
「エリーが書いた住所はここだね。へぇ、エリーも中々ハードモードな人選したよね」
エリアルさんが書いた仲間の候補、それは街のアイドル、ソニア・リクレガシーさんだった。
※ ※ ※ ※ ※
プロマは現代娯楽発展の象徴、と呼ばれる魔法道具の一つ。
“サキュバス”が催淫の放つ魔力波を応用し映像を流せるようにしたのが始まりで、今では街のどこでも受信機のプロマがあれば映像を見ることができる。
放送はいくつかの会社が波の周波数を国からから買い取り、自分達が作った番組を放送している。
その中でも、私たち軍の放送はダントツの最下位だった。
「まぁ、公共の放送だしそんなはっちゃけたこと出来ないから、当然といえば当然だよね」
「私もあのチャンネルだけはほとんど変えたことないな。つまんないもの」
「現役の軍人さんにまで嫌われてるわけか」
「あ、でもあれだけは────」
でも、そんなダントツ最下位の「
それが、街のアイドル、ソニア・リクレガシーちゃんの出演する番組だ。
「あの歌ったり踊ったりインタビューしたりお料理したりするやつね。
ソニア、やっぱ人気だよねぇ」
「イスカ知り合いなの?」
「お店によく来てたね、お風呂屋さんでも一度会ったかな?」
「イスカといいエリーさんといい、すごい人脈だよね……」
少なくとも2人とも街のアイドル、画面の向こう側の人と顔見知りなのだ。
それだけで私には想像もつかない領域。
「いや、ていうかエリーの場合、前にソニアと同じ隊だったんだよ。
君たちが入隊する直前になくなっちゃったけど、バルザム隊っていう隊があってね。
そこでソニアちゃんがアイドルになるまで、エリーと同じ隊だったんだって」
「そうなの!?」
エリアルさんといえばアデク隊、というイメージだったけどそういえば、あの隊が出来たのは私が入隊したのと同じくらいだった。
「でも、残念ながらここ入れないね。出てくるの待つしかないのかな」
「出待ち? それならほら、あの中に混じる勇気あるの?」
そう言ってイスカさんはプロマ放送局の前に集まっている集団を指差した。
揃いも揃って屈強で厳つい男性たちが、なにやらコソコソとたむろしている。
「なにあれ……」
「ファンの皆さま方だよ。軍にはソニアのファンクラブがあるんだって」
てことはあの人たちはここから出てくるソニアちゃんを待ち構えているのか。
そう言えばちらほら見たことがある顔も──あれあの人リーエル隊の中隊長さんじゃ────
よっしゃ、見なかったことにしよう。
「あの中にはさすがに混じれないな……どうすれば──って、イスカ!?」
「すみませーん、出張マッサージでーす」
「はいどうぞー」
表に立っている、これまた屈強な警備員さんが、イスカの一言で下がっていった。
もしかしたら出てきたソニアちゃんを人の波を掻き分けながら会いに行かなければならないかと思ったので、安心といえば安心だ。
「こ、こんなあっさり……」
「顔が広いって便利でしょ? ほら、助手君早く行こう」
隊長なのに、今日の私はどうやら助手君らしい。
※ ※ ※ ※ ※
「これ、いいのかな……」
「ダメでしょ」
「だよね!? あー、びっくりした、あんまり堂々といくもんだから私がおかしいのかと思った!」
イスカはなんの臆面もなく放送局を進む。
なんなら時々人に道も聞いたりして、まるで本当にデリバリーサービスに呼ばれた人みたいだ。
普段からこういう仕事をしてたからかもしれないけれど、私なんかはどうも勝手知らない場所だと緊張してしまう。
「潜入のコツは堂々とすることだよ」
「そんな豆知識いらないよ!」
「え、ほしいでしょう。普通に」
そういえば、欲しかった。軍人として普通に。
たぶんこの先潜入捜査とかする場面もあるだろうし結構ありがたい教えだったようだ。
でもそんな機会、訪れない方が嬉しいけれど────
「まぁ、エリーみたく気配を完全に気配を消せれば潜入も楽々だけどねぇ。
ん? でもこないだひどい目に遭ったって言ってたな。結構難しいもんなんだなぁ」
「今できてるよ、まさに今────」
そのあとしばらくイスカと探し回って、ソニアちゃんの普段使うドレッシングルームというところを見つけた。
どうやら本人もご在室のようだ。
この先にあのアイドルが──なんだかあためて思うと緊張してきた────
「ここの奥にソニアちゃんが……」
「よいしょやっほーソニア遊び来たよぉー」
「躊躇!」
そりゃ、イスカにとっては知り合いなんだろうけれど、私の心の準備も考えてほしかった。
部屋の中にはソニアちゃん。
あ、本物だ──なんだかプロマで見るより、何倍もかわいい。
きれいで長い紫髪に、お人形さんのような整った顔立ち。
それでいて睨んだらキツそうな鋭い目は、むしろ引き込まれてしまいそうな引力がある。
小さな体に、人を引き付ける何か──プロマの中で見るよりよっぽど彼女に見せられてしまった。
「あれ? イスカさん??」
「出張マッサージでーす」
「え、あー、うん。うん? 頼んでないわ??」
「ホント? まぁまぁ、料金はもうもらってあるから心配ないよ」
「まぁ、それなら……」
怪訝な顔をしながらも、ソニアちゃんは部屋にある仮眠用のベッドに横たわった。
こんな怪しい来訪を信じてしまうなんて、よっぽどイスカが堂々としてるのか、怪しくても受けたいマッサージなのか────
「ソニアが騙されやすいだけだよ」
「え? なんて??」
「捕まえたっ!!」
突然、寝転がるソニアちゃんをイスカが組伏せる。
「ムガッ!?」
あまりに突拍子もなかったので、何が起きたか一瞬理解できずに固まってしまった。
ソニアちゃんも、私も────
「なな、何してるのイスカ!!」
「何って、脅して仲間にするんでしょ。
さあ早く、非力な僕の力はそんなに持たないよ!」
「しないよ!! なんで脅すの!!?」
「あ、そーなの」
そう言うと、あっさりイスカは力を緩めた。
突然捕まったり離されたり、組伏せられていたソニアちゃんはゼェゼェ言ってる。
「ななな、なんなのアンタたち……!!」
「ごめんなさいソニアちゃん! イスカが急にイタズラを!! どうか私の話を聞いて!」
「今のイタズラで済ませるのねっ!?」