「彼女は──エリアル・テイラーとは
あれから、ジョノワおじさんのその言葉だけが、僕のなかで反芻している。
程なくしてエリーは無事にエクレアの街に戻ってきた。
一緒に【伝説の戦士】アデク・ログフィールドさんも帰ってきたらしいが、他のバルザム隊のメンバーは戻らなかった。
編成された捜索隊はそのままバルザム隊の捜索に回され、おじさんのいう「ごく一部の隊長格」以外は、エリーを捜索するはずだったそという事実を知ることなく彼らの捜索に駆り出された。
彼女への疑いの目は、こうして静かに消え去っていったけれど────
それからいくら経ってもバルザム隊が見つかったという話は聞かない。
まるで僕らがであって程なくしてから起こったあの日のように、エリーはまた隊長や仲間たちを失ったのだ。
「あの……イスカ??」
「ん?」
「お金払っているんですから、もっと気合いいれてくださいよ」
「え? ごめんごめん、ボーッとしてたよ。
ってうわ! めっちゃ凝ってるじゃん、気合いいれて揉む!」
「最初からそうして──いったぁ!」
その事件から3ヶ月近く経ったある日、珍しくエリーがうちの店に顔を出した。
本当に店のオープンから1年近く経たないと顔を出さないなんて、心配しているこっちの身にもなれ。
僕はそんな思いも込めて、身体を解す手に力をいれる。
「あーーーーーーー!! イタイタイタイタイタイタイタイ!! ストーーーップタンマタンマ!! いったん待ってくださいぃ!!」
「うるさい! どうして! こんなになるまで! 凝りを! ほっといたたの! ほぐす! こっちの身にも! なれっての! それっ!」
「あぁっーーーーーーー!!」
最近迷いの森の事件に引き続いてまた、街の外で事件に巻き込まれた(?)みたいだし。
「もっと優しくできないんですか???」
「まぁ、痛くないやり方もできるし、ほとんどのお客さんにはそうしてるけどねぇ」
「じゃあ私にもそれを────」
「エリーはこり過ぎだから、優しくやってたら30分で終わらないからね。
開店の時間遅らせられないしゆっくりやれないし。行くよっ、そーれ!」
「あああぁぁーーー!!」
でも久しぶりに会ったエリーは、元気そうだった。
いなくなったバルザム隊のことも、以前の事件のことも、忘れた訳じゃないと思う。
心のモヤを抱えながらも、必死に自分を偽っているのかも。
「じゃあお会計」
「え? お店入るときに開店祝いにもらった無料クーポン渡しませんでしたっけ?」
「あー、あれ使用期限開店から1年だからもう使えないよ。書いてあったでしょ」
「渡したとき言ってくださいよ、やっぱりイスカ怒ってるでしょう」
「さーてどうだか」
もちろん、こんなに心配かけさせやがって、怒ってるに決まってるじゃないか。
そう僕はエリーに言いたかった。
今のエリーは、僕には何者か分からないエリーのままなんだろうか。
未だに、なにかを抱えているんだろうか。
目の前にいる友達のことが僕には分からなかった。
「エリー、本当になにも用事なんてないんだよね」
「ないですよ? ここに来たのも申し訳ないですけど──」
「うん、ロイドに会うついでだよね、聞いた聞いた」
「嫌がらせですか────」
以前僕の隊長だったララさんから聞いたことがあるのだけれど、マッサージやツボ押し、回復魔法なんかの「人を癒す行為」をすると、ごくごくたまに本人に憑いている「悪いもの」が、自分に乗り移ってしまう人がいるんだそうだ。
科学でも魔法でも解明できないそれは迷信の類いなのだけれど、意外にもリアリストのララさんが、それだけは確かに教えてくれた。
そう言う人は決まって腕がいいけれど、長続きしないとか。
マッサージする度に人の良くないものを抱え込むのだから当然かも知れない。
そして残念ながら、僕にも少しだけそのけがあって、マッサージしていてふと感じるときがある。その人の思考が読めるときがある。
読める、といってもごくごく些細なことで「あ、この人人間関係に悩んでるな」とか「この人夕飯にお肉を食べようと思ってるな」とかそんなことだけれど。
そして「この人なにか隠しているな」と言うのは、エリーのマッサージをしていて思ったことだ。
「ふーん、まぁこないだあんな事件があったから心配してたけど、少なくとも身体は健康そうで良かったよ」
「身体は────」
「心までは分からないもの、僕には」
「そ、そうですよね! あはは……」
無理をしているのはバレバレだ。
でもだれに相談できるかなんて、本人にしか決めれないことだし、無理に話しても逆に落ち込むこともある。
僕だってお客さんとかに相談事はよくされるけれど、それを聞くのも解決するのも得意というわけではないし、むしろお喋りは大好きなんだから聞き役には向いていない。
今回は、残念ながらエリーの相談相手に僕が足りなかったんだろう。
「ねぇ、エリー……」
「あ、はい、なんですか?」
バルザム隊から、アデク隊という新しい道を歩み始めたエリー。
彼女に僕ができることは、たぶんたった1つだけだ。
「またおいで、悩みや、言えないことや、辛いこと、沢山あると思うけど。
休みの日でも
「────はい、今日は来て良かったです」
ビルを降りて、ロイドに会いに行くエリーをビルの窓から見送る。
その足取りが少しだけ軽いものになっていたら──と願ったけれど、見ても良く分からなかった。
「僕も、まだまだかな……」
それからずいぶん後、ミリアが軍を裏切り行方不明だと、リゲル君から聞かされた。
※ ※ ※ ※ ※
「────は、3回。そうよね、イスカさん?」
気がつくと、僕は燃えた店舗で、レベッカさんとゲームをしていた。
この3年間のこと、何者か分からない僕の友達のことを、少しだけ考えていた。
僕に転職を諭すなんて、生意気になったなアイツ────
「うん、答えはイエス、だよ。3回で間違いないと思う」
質問その17、それを聞いて確信したように、レベッカさんは顔を上げた。
「分かった、答えは『エリアル・テイラーさん』ね」
「うん────正解、よく分かったね」
レベッカは、僕の質問に戸惑うこともなく、正解を出してみせた。
3年間の間に、僕たち元ヴェルド隊第35番小隊の間にはもは大きな溝ができてしまった気がする。
きついはずの訓練も楽しく思えたあの日々は、もう永遠に僕らの元には戻ってこない。
エリーは新しい隊へ、ミリアは指名手配、リゲル君は王国騎士に転職して、ロイドは次期幹部候補様だ。
あの日々が続いていたら得られたものが何だったのか、それは掛け替えの無いものだったのか。
それはもう、バラバラの僕らには知る由もないけれど────
でも、一つだけ確かなことは、リゲル君、ミリア、エリー、そしてロイド。
僕は4人もいい仲間を持っていたことだ。
「これからよろしくね、レベッカちゃん」
目の前で心底喜ぶ女の子を見て、次もそんな仲間に出会えたらいいなと、少しだけ思った。