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ターニング(四幕目)  癒しの僕っ娘Ⅲ/うまく言えなくて


 取り調べが終わり、軍の本部があるお山をエレベーターで下る。


 ザブラスさんは丁寧に聴取をしてくれた分、時間もかかってしまったようだ。

 もう、東の空が赤らみ始めている。


 この時間では、家に帰る頃には完全に朝日が上っている頃だろう。

 しかし時間など関係ない。


 一刻も早く帰ってベッドで寝たい──寝れるだろうか。

 いや、眠りたい、眠らなければ。


 眠って少しでも現実を忘れたい────





 エレベーターを降りると、広場がある。


 平日の早朝と言うこともあり、今は人がほとんどいなかった。

 せいぜいランニングをしているおじさん、体操をしている老夫婦、ベンチに腰かけている若い軍人さん2人────


 よく見ると、2人はミリアとエリーだった。

 僕より先に取り調べが終わったのだろうか、広場のスミでなにやら話をしている。


 早く帰りたいけれど、ここで声をかけないのもおかしいだろう。

 とりあえず2人の状況も知りたいし────



「エリー、ミリア、大丈夫だっ──た???」



 近づいてみて、はたと気付く。

 2人はただボーッとベンチで休憩をとっていたんじゃない。


 エリーが、泣いていた────



「ちょ、エリー大丈夫……?」

「あ、イスカ……」

「取り調べ終わったんだね。お疲れさま」


 ミリアに促されて、隣に腰かける。


 朝の日差しと冷たい空気、ギチギチと遅い来る眠気がきつく僕を縛り上げていた。


「はいこれ、エリーが取り調べの時、リーエル隊のフェリシアさんて人にもらったんだって。心が落ち着くからって」


 ミリアがエリーのカーディガンのポケットをまさぐり、箱に入ったミントキャンディを一つ渡してきた。

 気心知れた仲だから、というやつだろうか。


 僕はまだエリーにそこまでできない。


「もらっていいの? 僕より本人の方が必要そうだけど」

「いい……です。食べてくだ、さい……」


 嗚咽を漏らしながらもそう言うエリー。


 正直すごく食べづらいけれど、食べない方が申し訳ない。


「ん……美味しい、かも」



 それからしばらく、朝の空気にクラクラしながら、お城前の広場をボーッと眺めた。

 でも、その日の周りの景色はボンヤリとも思い出せない。


 確か頭の中は死んでしまったという隊長のことでいっぱいだった。

 実は僕は隊長のことが、嫌いじゃなかった。


 厳しいところもあるけれど、基本僕たち思いの隊長は、他の隊の人たちからも好かれていて、まさに理想の上司だった。

 そうか、でももう、会えないのか────と。



「エリー、気付いてたかもしれないんだってさ。ヴェルド教官の『声』」


 ふ、とミリアが僕の知りたがっていた心を読んでそんなことを漏らした。

 最大限言葉を選びながら、本人に配慮しながら。


「聞こえていた……?」

「うん、訓練のあと荷物だけ持って帰ろうと思って」

「僕もそうだけど……」

「で、訓練所を出ようとしたとき、聞こえた気がしたんだって」


 エリーの固有能力【コネクト・ハート】は、生きているもの全てと会話が出きる能力だって、本人から聞いたことがある。

 もしかしたら、僕たちが聞き取れないような些細な音でも、「声」としてなら敏感に感じ取ってしまうことがあるのかもしれない。


「なにか……叫び声みたいなのが、訓練所から出るとき、聞こえた気がしたんです……

 でも気のせいかもって思って……私、早く帰りたくて……

 まさかこんなことになるなんて……」

「私も取り調べたフェリシアさんも、エリーのせいじゃないとは言ったんだけど。

 そうだよね、それでなにも思えないエリーじゃ、ないもんね」


 エリーの悲痛な思いは、聞いていられなかった。


 まだ出合って日の浅い関係だけれど、痛烈な言葉は僕の心にも来るものがある。

 あの場で、教官のピンチに、ただ一人気付いていた。


 自分がきっかけで、教官の死を招いてしまった。

 その後悔は、少なくとも今は、僕なんかが想像できる遥か先で濁っている。



「私にはこの能力があるのに──聞き逃してしまった……

 叫び声を聞いてすぐにかけつけていれば、教官が死ぬ前に間に合ったかもしれないのに……」

「それは……」


 エリーのせいじゃない、そう言いたかったけれどそれをうまく伝えられる自信がなかった。


 聞こえていたとしても、それが教官の叫び声だった保証はない。

 もし叫び声だったとしても、それを認識できていなかったのなら仕方ない。

 認識できても、既に手遅れだったかもしれない。



 その場にいたのは、君じゃなくて、僕だったかも知れない────



 そんな言葉は、理由は、綺麗事は、戯れ言は、全て理論上正しいことは分かっても、エリーの心を晴らすきっかけにならないことは、よく分かっていた。

 そんなこと分かった上で、それでも彼女は自信に責任を感じている。


 やるせなくて、虚しくて、悔しくて、信じられなくて、怒れてきて、許せなくて、そして、泣いている。



 むしろ慰めの言葉をどれかでも口にすれば、逆にこの子を傷つけるだろう。


 分からない、この場でなんて言えばいいのか────


 普段減らず口はたくさん出てくるのに、こういう肝心なときに大切な言葉は出てこない。


 僕は、どうしたら────



「イスカ……」


 ミリアが首を横に降る。

 あ、そうか、僕が何をいっても多分無駄なんだ。


 ミリアは、僕よりもエリーと付き合いが長く、しかも仲がいい。

 そして多分、本人を慰める──じゃないけれど、色々と言葉はかけたに違いない。


 それでもエリーはまだ泣いているんだから、今僕が出きることなんかない。



「────ごめん、僕もう帰るね」

「うん、ばいばい」

「気をつけて……」


 慰めの言葉なんか出てこなかった。

 ただ僕も、この地獄のような空間から一刻も早く逃げ出すことを考えていた気がする。



 あの時エリーのためになにもできなかった自分。

 それから僕はこの3年間、それを死ぬほど後悔している。




   ※   ※   ※   ※   ※



 結局、軍の捜索もむなしく、教官を殺した犯人は見つかることがなかった。

 やがて捜索は打ち切られ、僕たちにも日常というものが徐々に戻って来ようとしていた。


 それからしばらくして隊長が暗殺されたことをうけて、ヴェルド隊の方針が決まった。

 どうやら新しい隊長をたてることはなく、そのまま隊員たちは他の隊へ分けられるらしい。


 エリーはバルザム隊、僕はララ隊、他の3人も別々の隊だった。

 僕たちは解散バラバラになったんだ。



「皆さん、短い間でしたが、ありがとうございました」

「僕たちの隊もこれでお別れだね、バイバイ」

「あぁ、じゃあな」



 別れは案外、その程度だった気がする。

 長く続いた取り調べや聴取、中には殆んど暴力的な言い回しをしてくる人もいた。

 それでも、知らない、分からない、こういうことしか起こってない、と僕たちは同じことを繰り返すしかない。


 だから、みんなヴェルド教官の死で、いろんな意味で相当参っていたんだと思う。

 隊の解散の日付さえ、今では思い出せないほど。




 それから、新しいところララ隊での生活は、みんながいないこと以外、今までの隊とあまり何ら変わりはなかった。


 やがて夏になり僕はd級試験に合格し、秋が来て冬が来て、僕は軍を辞めて、お店を開いて、夢だったマッサージ師になって────


 目まぐるしく変わる日々の風景は、あの悲しかった日のことも、何も言わずに帰ってしまったあの瞬間のことも、徐々に忘れさせようとしていった。

 すべて、過去になろうとしていた────





「ようよう、かあいい姪っ子。おじさんが様子を見に来てあげたよ」

「あ、ジョノワおじさん。久しぶり」


 店を開いてもうすぐ一年が経とうとした春先のある日、僕の店にひょっこりとおじさんが顔を出した。

 ジョノワおじさんは母の弟で、現役の軍人さん。

 【怪傑の三銃士】の異名で他の2人と国中の難事件をある意味解決しまくっている、いい意味でも悪い地味でも話題の人だ。


 ちなみに、僕はおじさんと親戚だということはあまり人にいわない。

 いったら白い目で見られるような人だから。



「ひどくない? 君の愛するおじさんだよ?」

「そうだね、ところで前に起きた事件の話聞いたよ。

 それが原因で離婚だって? ドンマイ。

 それと、元おばさんからさんざんグチ聞かされた僕の気持ちも分かるよね愛するおじさん」

「────愛する姪っ子ちゃん、今日は姉さんから君の様子を見てきてほしいって頼まれたんだよ」


 僕が捲し立てると、露骨に無視するおじさん。

 まぁ、いつも通りのおじさんだ。


「僕は上手くやってるよ、儲かってるのはおじさんなら分かるでしょ?

 いつも通り適当に話し合わせておいてよ」

「あぁ、そうなんだけどな.....」


 ジョノワおじさんには珍しく、少しはぎれが悪そうに呟いた。


「実は新しい任務がくだされて、今から仕事なんだ.....」

「なに、仕事に行きたくなくてここに寄ったの!?

 奥さんから資金面以外で絶縁言い渡されたからってそんな……シンジランナイ────」

「何言ってるの、そんなわけないでしょ!

 そうじゃなくて任務の内容が問題なのさ」


 おじさんが自分からそう言う話をするのは珍しかった。

 普段は守秘義務もあるのだろうけれど、自分から仕事の関係の話をすることはあまりないから────


「任務──って??」


 イヤな予感がして僕はつい、そう訪ねる。

 おじさんは、少し迷ったように目を泳がした後に、確かに言った。



「行方不明になった女性の捜索だ。

 バルザム隊の一人──エリアル・テイラーという子が迷いの森で姿を消したらしい」


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