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帰りたい(173回目)  聖槍“レガシー”と武勇伝(第2部3章完)


 私たちがエクレアに帰ってきた次の日。

 今日は12チームの聖槍争奪戦お疲れさま会だった。


 どこの食事処や居酒屋も、同じように軍の人間が集まってしまい場所がないので、とりあえず私たちは例のごとくカフェ・ドマンシーへ。


 ここならディナータイムでも悲しいことに人はあまりいないので、13チームだったセルマやスピカちゃんも誘って4人で行う。

 まぁ結局はいつものメンバーだ。


「それにしても残念ね、ララさんもアデ──隊長も忙しくて来れないなんて」

「ねぇセルマさん、なんで今ちゃんと言わなかったの……?」

「それはね、コショコショ……」

「へ、へぇ……でもあれ? え? こないだ──え?」


 セルマはどうやら、この店でアデクという言葉が禁句だったことを覚えてくれていたようで、それをスピカちゃんにも共有してくれた。

 こないだアデク隊長とここで打ち上げをしたので、少し混乱してるようだったけれど、とりあえず受け入れてくれたようだ。


 全く、早くわだかまりを解消しないから、また一人女の子からのアデク隊長の評価が下がった。

 憧れの英雄は、女の子泣かせの戦士らしい。



 ところで、私たち3人の傍らには、なぜだかとても機嫌の悪そうな人がごく1名。



「くっそ! やってらんねぇよ!!」

「なんでクレア機嫌がそんなに悪いんですか」

「また負けたからだよ!!」


 どうやら、ミリアにやられたことをまだ根に持ってるらしい。

 そりゃああれだけ一方的にやられていたらショックだろう。


「そんなに敵が強かったの?」

「強かったさ! たぶんアイツは軍にいればa級並の実力だろうな!」


 当たってる、こっわ────


「そっかぁ、大変だったわね。

 自分たちはアデク隊長がめちゃくちゃ強くてなにもすることなかったわ」

「すごかった……」


 どうやら、2人のチームも“システム・クロウ”に襲撃されたが、アデク隊長が一人で一掃してしまったとのこと。

 うちとおんなじだ。


「こっちだってララさんすごかったんだぞ!

 “システム・クロウ”一掃したり盗賊50人相手に1人で闘ったんだ」

「え、すごい……!」


 そんなこんなで昨日までの出来事をお互いに出しあっては、やれあれがすごかったこれが大変だったと話し合う。

 どこの店も今、話題は聖槍争奪戦で持ちきりだろう。



 私たちの護った聖槍は今、街の中枢で鑑定をされているらしい。

 第10チームの聖槍は奪われてしまったが。


 果たして、護りきった中に本物はあるのか、はたまた敵に奪われたのか────


 そのうち鑑定結果が出るといっても、軍人たちの間には、ピリピリとした緊張感が流れていた。



 ところで、ララさんによるとナルスは何とか一命を取りとめ、安全が確保でき次第街に戻ってくるそうだ。

 彼ら11チームの他のチームメンバーと、襲撃された10チームのメンバーは、何割かが生き残り、何割かは死体で発見────


 そして、何人かのメンバーが行方不明だそうだ。

 今もメンバーを探すための捜索が続いている。



「どうしたんだエリアル? 食べねぇなら貰うぞ?」

「クレアさん、ダメ……」

「そうよ、まだ食べるかもしれない人の物をとるなんて卑しいわよ」

「なんだと!」


 目の前で騒ぎ始めるメンバーたち、店で騒がれたら店長に怒られてしまうので、慌ててその場を納めてため息を付く。


 色々と迷いの森のことなんかを思い出してしまったけれど、まぁ、今はこの場を楽しもう。


 目の前の人が今日も変わらず無事だった。

 それがどんなに大切か、ミリアと闘って改めて実感した。



「そういえばエリーちゃん、もうメガネはしないのね?」

「えぇ、今はもうしないです」


 そう、今はもう────


 また彼女と会うときまで、あの素敵な伊達眼鏡は、封印することにした。




   ※   ※   ※   ※   ※



 打ち上げが終了し、お会計をすませそれぞれ家の方向へと帰って行く。

 ただ一人、私が帰ろうとする方向と同じ方向に付いてきた人がいた。


 クレアだ────


「どうしたんですかクレア?」

「エリアルに聞きたいことがあって。

 お前、あのボロマントと知り合いだったのか?」

「え?」


 ボロマント、それが暗にミリアのことをいっていると分かった。

 どこだ、いつだ、闘いに必死で思い出せないけれど、どこかで私がそうばれる仕草などがあったのだろうか。


「いや、あいつが出て来たとき、ミリア──って、名前叫んでたから。

 エリアルにしては珍しくかなり声張り上げてたし」

「う、しまった……」


 正直、ミリアの件は公にしたくないことだ。

 広まってしまえば、彼女の離反は皆が知ることになり、私が引き戻すことも、倒すことも、救い出すことも難しくなってしまう。


 もっと慎重になるべきだったと反省しつつ、クレアにどう言い訳しようか必死に頭を巡らした。


「えぇ、えっとぉ────」

「いや、いいんだ。気になったから聞いただけで、これ以上詮索どうこうじゃねぇよ。

 いいにくいならそれまでだ、だれにも言わねぇ」


 口下手な私を、クレアはそういって制した。


「ごめんなさい、ちょっと言えないです」

「そっか」



 ミリアの問題は、関係のないクレアみたいな誰か他の人を巻き込むべきじゃない。

 だからここはそっとしておいてもらうことにした。


 クレアはこう言ったらこう、と必ず口に出した約束は守ってくれるタイプだ。

 これ以上突っ込んでくることもなさそうだし、秘密を守るという言葉も信用出来るだろう。


「ごめんなさいね」

「いいんだ、人には事情があるもんな。

 でもアタシ、どうにもあいつと闘いにくくて」

「どうしてですか?」

「聖槍持ってつり上げられたとき、ホントならアタシ事落とせば聖槍を回収できたはずだろ?

 それをしなかったってことは、さ……」


 そうか、ミリアはクレアを本気で殺そうとは思っていなかったのか────

 確かにクレアは傷だらけにはされても、決して致命傷にはなっていなかったし、だからこそララさんもすぐに対処が出来たわけだができたわけだ。


 クレア自身は超音波のような「声」を感じ取れないので透明化してしまえば完全に見えないのに、それでもあれだけの時間耐えれた。

 それもミリアがクレアを傷つけないように動いてくれていた証拠、なのだろうか。


 親友には、もう私たちに情が残っていない────そう思おうと覚悟を決めていた私の心は、また大きく揺らぎ始めていた。


「まぁでも、それにしたって釈然としねぇよなぁ今回の任務。12本のうちのどれが聖槍だったか分からねぇなんてよ。

 もしかしたら任務失敗かも知れねぇし」

「あー、それなんですけど……」

「ん?」


 実は、森の中、ミリアとの戦いの最中、きーさんに聖槍に変身してもらったとき奇妙なことが起きた。

 生物か食べ物以外ならなんでも変身できるはずのきーさんが、なぜか聖槍に変身することができなかったのだ。


「『きーさん、この・・聖槍・・に変身してください』が出来なかったんです。

 だから、ボロマントと闘うときはララさんの持っていた、もう一本の聖槍に変身してもらいました」


 きーさんの変身能力は、かなり強力なものだ。

 例えばそれが曖昧な記憶でも、視界の端にうつっただけのものでも、覚えてさえいれば変身が可能。


 例えば以前は、訓練場の手配書、右4番目から8番目まで、という見たと認識したかどうかでさえ怪しいものでも、変身が出来た。


 だから本来、目の前にある物に変身することが出来ない、などあり得ないんだ。


「え、何でだよ?」

「まぁ、予想はつきました。

 でも私もきーさんも確証が持てなくて、アデク隊長に見せてみたんです。

 アデク隊長はきーさんとの付き合いが私より長いので、なにか知ってるかと思って」


 アデク隊長はしばらく悩んだあと、オレもその状態は見たことはないしハッキリとは分からんが、と前置きをして返答した。


「それが、特別なもの・・・・・だったから変身できなかったんじゃないか、と。

 多くの魔力がこもった、誰か専用の武器だったからじゃないか、と」

「それって……」


 魔力がこもった、誰か専用の武器────


「はい。11チームが護って、私たちのチームが届けたあの聖槍が、レプリカでもなんでもない本物の“レガシー”だったんじゃないでしょうか?」


 アデク隊長曰く、“キメラ・キャット”が魔力がこもったものに変身するとき、その魔力は精霊か、その契約者から還元されるらしい。

 足りない場合は理論上変身はできずに終わるとのこと。


 また、誰かの専用の物、ということはそれだけで強力な概念が付与されることになる。

 必ず変身できないということはないそうだけれど、それを押さえ込めるほど強力な持ち手でなければ、それはなし得ない、と。


 どちらの特徴も、今の私に足りていないものを表している。


「じゃあ、あれが聖槍だったのか? 実感沸かねー」

「まぁ、そあですよね。それと……」

「ん?」


 これは伝えようか迷ったことだけれど、言っておいた方がいいだろう。

 今回、私はクレアに大きく感謝しなければならないことがあったはずだ。


「実は、闘いの中で相手の場所が捉えられなくなってしまったんです。

 でもその時集中して相手をよく観察したら、場所が分かったんです」

「声が聞こえるからだろ?」

「相手の声は聞こえませんでした。でも相手のマントに、血がついていたから」



 あの小さな小さなシミ、結局対決は大きく相手に劣るかたちになってしまったけれど、あそこで姿を補足できたのは大きい。

 もしあのままなら、「声」のカラクリは分かっも、ミリアにやられるだけやられて聖槍を持っていかれてしまっていただろう。


「じゃ、じゃあ────アタシの力が聖槍を護りきった、ってことか?」

「そうですよ」

「じゃあ、そうか! そうなんだな! アタシたちが国を救ったんだよな!?」


 クレアはそれを聞いて心底嬉しそうだった。


 今回負けてしまったことに悔しさを感じていたクレアだけれど、私の言葉で少しは元気を取り戻してくれたようだ。


 英雄に憧れる彼女は、よく祖父の武勇伝を聞かせてくれる。

 もしクレアが将来どんなに偉くなっても、今回のことを語り継ぐだろう。


「こんなに嬉しい日はねぇよ、また明日からも頑張らなきゃいけねぇな!」

「しぃ、夜なんで近所迷惑ですよ。

 さっきの本物のこと、他の人にいっちゃダメですからね」

「わかった、秘密だな……」


 いたずらっぽく笑うクレアは、そのまま嬉しそうに帰っていった。

 今回のことで彼女がふがいなさを感じていたのなら、それは大きな間違いだ。

 私は今回、クレアにとても助けられた。


 聖槍争奪戦、MVPはクレア・パトリスで間違いないだろう。


「さて、きーさん私たちも帰りましょうか」

“…………”



 先日のあの件から、きーさんは指輪になってまま出てこない。

 いくら謝っても出てきてくれないので、相当ふてくされているのだろう。



 きーさんのこと、ミリアのこと、これから公開される最高司令官アンドル・モーガン死去のニュース、聖槍を護りきったというニュース。


 それから私が抱え続ける大きな問題エトセトラ────


 将来への、明日への不安はつきないし、心配もつきない。



 でも今日はとりあえず帰ろう。

 帰ってお風呂にはいって、プロマを見て、お布団で横になって────


 とりあえず、私はすぐ先の未来が楽しみだ。





       ~ 第2部3章完 ~




NEXT──第2部4章:万里一空のレゾナンス



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