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帰りたい(171回目)  聞こえない「声」のありか


「あー、分かりました。聞こえない声のカラクリが。

 私としたことが、簡単な話でしたね……」


 マントを深く被らなければ姿を隠すことが出来ないミリア。

 視覚の代わりに「声」の反射で周りの位置を把握している彼女が、どうやってその「声」なしで私たちに攻撃をしかけていたか。

 それは、そもそも「声」を出さずに攻撃をしかけてきただけなんだ。


「まず『声』で私の位置を把握したら、そこからは眼をつぶりながら突進する要領で、動いていたんですね。

 そりゃあ、一度『声』を出せば、私の位置は把握できるんですから、ミリア程度の実力があればめをつむっていても、私に奇襲をしかけるくらい簡単でしょう……」


 そういえば、「声」を使わなかったときのミリアの攻撃はどれも直線的で、本人も直後は体勢を立て直すのにインターバルを要していたのを思い出す。

 確実に刃物を持っているのに私が致命傷に至らなかったのも、狙いが定まっていなかったのが大きいだろう。


 最初に聖槍が盗まれた時点での隠密的なイメージが強かったためそこまで考えに至らなかった。

 けれど、よく考えたらあの乱戦の中顔を少しくらい出して移動しても、ほとんど透明化してしまえば私たちに分かるはずがない。

 それにしても、まったく無茶な戦い方をする────


「ミリア、もう止めませんか……? 私は貴女に戻ってきてほしい、エクレアに戻って罪を償って欲しいだけなんです。

 襲撃者の手引き、王の暗殺未遂────これで私が聖槍取られたら、もう取り返しが付きませんよ……」


 声は帰ってこなかったけれど、代わりに襲撃もなかった。

 別にミリアの攻撃のカラクリが解けたからと言って、彼女の攻撃を攻略できたわけでも、対策できたわけでもない。

 最初のように霧をはったところで、距離を取られてしまえば捉えることは出来ないし、いつまでも無限に出せるわけじゃない。


 だからこれは、何か突破口が開けないか探るための時間稼ぎ半分──そして本音の交渉が半分だ。


「この聖槍、確かにミリアが奪い取るのは簡単だと思います。

 でも、そんなことをしたら──私の任務失敗になってしまいますよ、それは怖いです。

 せっかく私、d級試験まで合格したのに……」


 ミリアにこの手の同情が効かないことはよく分かっている。

 この聖槍が本物である確率が低いことも、ましてや大規模な任務かつこの状況で1人だけに責任が行く確率が低いことも、a級まで上りつめた彼女なら分かっているはずだ。


「ねぇミリア────ねぇ……」


 空に日が昇ってしまっても、森の中は不気味なほど静かだった。

 例えば小鳥や小動物の鳴き声、森の木々が発する言葉────それらでさえ今は聞こえない。

 集中して周りを見渡す、気配を巡らす、頭がグルグルと回転して、下手すれば失神してしまいそうだ。

 それでも、気配が感じ取れないのは、流石ミリア。でも────


『あれは……』


 それは、宙を漂うごく小さな黒いシミだった。

 空間に、空中に、落ちるでもなく舞い上がるでもなく、ただぽっつりと、小指の先ほどの大きさのシミが浮かんでいる。

 見つけた────


「“碧鹿エメラルドハインド”っ」

「────────!!?!!?」


 シミの方向に放った放水砲、それが空中で分散し、そこに確かに何か透明なナニカがいることを示していた。ミリアだ────!


「“ティール・ショット”っ」

「っ!」


 私の不意打ちにたじろいだ様子のミリアだったが、すぐに距離を開けて攻撃をかわす。

 そして、しばらく先の木の上でこちらを見下ろしながら、透明化を解いた。


 正直当てれなかったのは残念だけれど、今ミリアは全身水を被って濡れている。

 透明化したところで、ずぶ濡れでは場所が分かって意味を成さない。


「気付きませんでしたか、マントの端にごく小さなシミが付いているの。透明になっても、丸見えでしたよ」

「────────っ」


 慌ててマントの裾を確認したミリアは、自分のミスに気付き悔しそうに歯ぎしりをする。正直少し、してやったりくらいの感情が湧いてきた。


「その血、多分私の仲間の血だと思います。さっき貴女が攻撃をしかけた、私の仲間の血です」

「……………………」


 クレアが透明化を使うミリアに対して使った方法が、「血をつけて目印にする」だったのだろうと、今やっと気がついた。


「フードの、女が……姿を消して……これだけやられて2,3発しかぶち込めなかった……血を使ったけど、うまくいかなかった────」


 今思えば、多分その2,3発の中で、クレアは自分の血をミリアに付着させたんだろう。

 クレア自身はそれで目印に出来るほどの大きさじゃなかったのか、そもそもミリアの速さに圧倒されてしまったのかは定かではないけれど、狙っていたのは確実だ。


 私なんか声を止められただけで完全に相手のペースにされてしまったのに、見えない敵に聖槍を護りながらそこまで考えが及ぶクレアは、私なんかよりもずっと戦闘に向いている。

 だったら私も成り行きとはいえ、せめて隊のリーダーを名乗る身としてかっこ悪いところは見せられない。


「もう一度────今度は“珊瑚連斬コーラルビート”っ」

「────!!」

「“バフ・プロテクト”──“凍傷領域フロストバイト・リージョン”!」


 斬檄をかわしたカウンターを、氷のバリアで受け止める。

 さらにそこから水を凍らせようとするが、うまくいかずに距離を取られてしまった。


 逃がさない、私から距離をつめて氷の礫を打ち付ける。

 確かに命中したそれはダメージが通ったように見えたけれど、ミリアは構わず高速でこちらに接近、今度は蹴りで私の身体を薙ぎ払う。

 強い衝撃──そして木に背中から打ち付けられ悶えていると、2弾3弾目の蹴り殴りが身体を襲った。


 それでも離さなかった聖槍で距離を取らせて、ジリジリとお互いの間を測ってから突撃。

 私たちの攻撃のぶつかる音が森の中に木霊した。


「つぅ────!」

「んんっ──たっ」


 力で押し切られたが、何とか体勢を立て直してジリジリと後ろに下がる。

 体力と魔力が、同時にゴリゴリ削れてくのが、手に取るように分かる。


 私に与えられた時間は、ミリアの身体から水分が蒸発するまでだ。それが過ぎると、またミリアを捉えられなくなる。

 クレアが作ってくれたこのチャンスを、絶対に生かさなければ────


「よし────あ?」


 そして、そこでようやく気付いた。

 下がったその先は谷だった──眼下に流れるのはナルゴーリバー。自然が作り出した雄大な渓谷が、真っ黒に足元を支配していた。


 こんなに大きな音を立てているのに、集中しすぎてまったく気付かなかった────

 いや、私が木の言葉を聞くことができるせいで、聞こえにくくなっていたのも大きいだろう。

 とにかく、闘いの中で私は崖際までミリアに誘導されていたのだ。


「よ、よくもやってくれましたね……」

「────ふんっ……」


 返答はないけれど、なんだかすごくバカにされているような気がして腹がたった。

 でも追い詰められたのは事実、護りきるためにもここを抜けなければ。

 私は、聖槍を握り直す。


「分かりました、受けて立ちます……」


 残念ながら、ミリアとは相容れなかった。

 私が撃てるかは分からないけれど、ここでミリアを止めたい。迷いは、捨てる────


「“珊瑚連斬コーラルビート”!」

「────────────!!!!!」


 私の“魔力纏”の刃が、ミリアのマントとぶつかる。

 ミリアのマントも、精霊との“魔力共鳴”でその硬度を高め、私の持つ聖槍とぶつかり合えるほどになっていた。

 お互いの武器から、火花が散る。


「────────ミリアッ!」

「!!」


 そしてお互いの攻撃が────弾かれた。

 大きくのけぞるミリア、そして武器が後ろに飛ばされる私。


 ついに力は限界で、聖槍が手から離れていった。

 離れていった────


「「あっ……」」


 追い詰められぶつかったそこは、崖際だった。

 もちろんそこから聖槍が飛ばされれば、飛んでゆくのは崖の下真っ逆さまである。

 私の手から滑り落ちた聖槍が真っ逆さまに落ちてゆく────


「………………」

「………………」


 真っ黒な谷間に落ちたそれはすぐに見えなくなり、それを私たちはなすすべなく眺めることしかできなかった。

 何とか拾い上げようとして間に合わず、仲良く手を伸ばす私たちの間に気まずい雰囲気が流れる。

 敵同士のはずなのに、こんな近くに顔があるのも不思議だ。


「……………………」

「……………………」


 だめだ、気まずい空気に耐えられない────


「あっ、あー……今から下に一緒に探しに行きませんか? 何ならお茶した後でも──いたっっっ」


 強めにビンタされた。そしてそのままミリアは、私を一目睨みつけると、暗い崖の中に飛び込んでいった。

 この崖の中、川から流れたかも知れない聖槍を探す気だろうか?

 後に残されたのは、私独り。どうやらミリアとの決着はお預けのようだ。


 そしてそれを安心している私がいる。

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