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帰りたい(170回目)  「声」のする方に

「こい、ミリア。私が相手です」



 もちろんその言葉への返答もあるわけがない。

 聞こえないなら、見えないなら、感じろ──相手の居場所を。


「っ────ん?」



 ふ、と身体を撫でる空気の感覚が頬を横切った。

 そして気付くと、方から鈍痛が走って、視界が回っている。


「いだっ────」

「エリアル!!? 何で今眼ェつむった!?」


 見ると、身体が吹き飛ばされ、左腕が軽く切り裂かれていた。

 幸い傷はあまり深くない、かすり傷だけれど。


 なんでだ、アイツの接近する声なんか全然聞こえなかった────



 それでも離さなかった聖槍とこちらに走ってきたきーさんの短剣を握りしめ、また辺りを伺う。

 だめだ、やはりここじゃ的になりやすい────


「逃げますよっ」


 見送るクレアを背に、森の中に走りミリアから距離をとる。

 走りながら後ろを見ると、今度は姿を現したミリアがこちらに迫っていた。


「“灰氷菓フロスティグレイ”」

「っ────!?」


 氷の礫は、上にいるミリアの動きを鈍らせる。

 手でガードをしている隙に、私は迫った。


「やっ」

「……っっ」


 私の短剣は、なんなく靴裏でいなされてしまう。

 1度着地して体勢を立て直し、もう一度距離をとる。


 対面したミリアは、こちらを一瞥するとまた姿を消した。

 今度も場所が分からない────


「どこに────んっ?」


 森の中、視界の端で僅かに木の枝が揺れた。

 反射的に飛び込むと、その場所を見えない何かが疾風のごとく飛び抜けていった。


「あ、危ない……」


 速い────



 以前、エクレアの門番さん達が襲撃された事件、その犯人もミリアだった。

 私よりベテランの門番さん達でも、その速さや姿を消す力には勝てなかった。


 なら、ここはひとまず────


「“ウィステリアミスト”っ」


 霧で牽制をかけ、ミリアの目が眩んでいる隙に私は森の中を走った。

 アイツと今はまともに闘っても勝てない、なら森という地形を利用して、戦闘を避けつつ逃げきりたいと言うのが本音だ。


 しばらくこの森を走れば確か、ナルゴー・リバーがあるはず。


 それに沿って移動すればエクレアまでは迷わずいける。

 エクレアまでつけば流石にミリアでも手を出せないはずだから、実質私は聖槍を護り切ったことになる。



 ただ────問題はコウモリの「声」を使って周りの状況を把握できるミリアに、それが通じるかどうかだ。



『ちょっと休憩を……』



 木の影に隠れ、気配を消す。

 森の中、完全に隠れてしまえば私を見つけることは容易ではない。


 まぁ、「声」を使わず移動していたミリアに場所を特定されてしまえば一巻の終わりだけれど、流石にずっと走り続けるのも得策じゃない。

 耳は音に全神経を集中させ、心を落ち着かせて作戦を考える。



「さて、と────」


 エクレアまで逃げたいところ────とは思ったけれど、やはり実際逃げ切るのは不可能だ。

 空からこちらを探し、「声」で私を探し、機動力もある“精霊天衣”をしたミリアなら、私を見つけることはさして難しくないだろう。


 このまま逃げても見つかるなら、

 聖槍を持って、真正面からアイツと闘うんだ。



 でも、闘いの中この聖槍を持って護りきることは不可能。


 だから────



『これが聖槍──ですか」


 改めて、手元の聖槍を握りしめ、改めて重みを確認する。



   ※   ※   ※   ※   ※



 聖槍“レガシー”、ホワイトハルトの使った伝説の槍。

 発見されたとき、槍はマガリ村近くの崖の、半ば辺りに刺さっていたそうだ。


 最後にホワイトハルトが聖槍を使ったとされるのは600年前。途方もなく長い歳月、そこにあったことになる。


 しかし、聖槍は刃こぼれや腐食はおろか、錆や傷一つさえついていなかった。

 不浄を寄せ付けない、と言う効果もあると聞いたけれどやはり600年耐えうるものは、他にはないらしい。


 どちらかといえば投げ槍ジャベリンに近い形状のそれは、下手な装飾はほとんど無く、どちらかといえば使いやすさに重きを置いた形状だ。

 私でもなんとか使うことが出来そうだけれど、普段きーさんに変身してもらっている槍より少し重いので、気をつけた方がいいかも知れない。


 軽く2,3度振って切れ味を確かめる────大丈夫そうだ。


「よし────」


 丁度その時、森の中に「声」が木霊した。

 間違いない、ミリアとバッつんが“精霊天衣”したあの姿で、私を探してるんだ。

 さっき攻撃してきたときは聞こえなかったのになぜ────


『とりあえずここを移動しないと』


 もう既に、私の場所はバレているはずだ。

 コウモリのエコーロケーションの範囲は中々広く、“インビジブル・バット”はさらにそれを上回るとミリア本人から聞いたことがある。


 高い身体能力と、姿を消せる能力、そして自由に変形するリボンのような羽根にエコーロケーション。

 【森の狩人の完成形】とまで言われたその生態は、繁殖能力の低さがなければ、人間を喰うまでに成長したのでは、と唱える学者もいるとか。


 バッつん自体は気のいい精霊なので、ミリアについて一度話をしたいけれど、どうもそれは許してくれないらしい。

 それもそうか、ミリアとバッつんは付き合いも長く、きっと私たち以上のコンビなのだから────


「きたっ────」


 森の中を走っていると、左後方からミリアの「声」が聞こえてきた。

 こちらにものすごい速さで迫ってきているようだ。


「もう来た──“碧鹿エメラルドハインド”っ」


 「声」のする方に水を打つが、全て避けられる。

 やっぱり捉えきれないほど速い────


「くっ」

「────────!!!」


 再び迫ったミリアの一撃を、聖槍でいなす。今度は聞こえたっ────


「驚きましたか、この槍が欲しいんですよね……?」

「……………………」


 聖槍で闘うと思ってなかったんだろう、少し驚いた様子のミリアは、しかしまた、すぐに姿を消す。

 眼では捉えられなくても、まだ「声」は聞こえる────


「そっちにいるのは分かって──きえたっ?? うわっ」


 今度は音を捉えられなくなったかと思うと、後方から突然の衝撃。

 慌てて振り払うと、僅かに腰の辺りの服が切り裂かれていた。


 そして今度は突然、足元で「声」が響く。


「そこっ」

「っ!」


 聖槍の刃を、すんでの所でかわした見えない影は、反射する「声」を響かせながら私から距離をとった。


 ミリアが攻撃をしかける瞬間、聞こえるときと、聞こえないときがある────


「一体なんで────」


 「声」が聞こえれば、ギリギリ、対処できる。いや、してみせる。

 でも聞こえなければ、目印が無ければ、このままでは確実に負ける。


 もしミリアが「声」を使っていたとしたら、私には必ず聞こえるはずだ。

 私の固有能力【コネクト・ハート】に聞き取れない「声」はない。


 なら、あの瞬間のミリアは、「声」を使っていないのか────?

 それならどうやって移動を────


「あっ────まさか……」


 瞬間、頭の中に閃いたとんでもなく雑な思考。

 いやまさか、そんな簡単なはずが────


「あー……分かりました。聞こえない声のカラクリが。

 私としたことが、簡単な話でしたね……」

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