目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
帰りたい(169回目)  深い闇の中で伸ばした手、それを掴み取って大丈夫だと抱きしめられるような人に私はなりたかった。


 森の中、少し開けたところ。


 そこにたたずむのは、全身に生々しい傷を負い、それでも聖槍を死守するクレアだった。



「クレアっ……!」

「よ、よぉ……遅かったじゃねぇか……」



 慌てて駆け寄ると、私の手の中でガックリと力尽きた。

 どの傷も深くはないが、かなりのダメージを負ったらしい。


「何があったんですか……」

「フードの、女が……姿を消して……これだけやられて2,3発しかぶち込めなかった……

 血を使ったけど、うまくいかなかった────」

「血を? というか、ここにアイツがいるんですね??」

「いる────まだ絶対どっかにいる……」


 アイツがいるんだ──姿を消してこちらを狙っている。

 私はもう一度、国王からもらった眼鏡をかけ直した。


 こんな時になんだけれど、これを外すわけにはいかない。

 今私の持っている記憶が消えたら、それこそミリアに対抗するする術は

「きーさん盾っ!」

「────っ!!」


 金属が震える音が木霊した。

 大盾の向こうで、一瞬だけミリアが姿を現して、また消える。


「エリアル、アイツのいる場所分かるのか……?」

「えぇ、今は確かに」


 先程と違い、コウモリが移動するときに発する超音波のような音が、確かに聞こえた。

 フードを深く被らなければ姿を完全に消せないミリアにとって、その声は視覚代わりになる。


 しかし、今はなんとか防げたが、ミリアはかなりのスピードだった。

 例え場所が分かっても、このまま耐え続けるのは正直辛いかも知れない────


「クレア、聖槍を、ありがとうございます。後は任せてください」

「おい、どうすんだよこっから……」

「走ってエクレアまで逃げます。

 最悪闘いは避けられませんが、アイツとは真正面からじゃ勝てません。

 逃げて、森を抜けて、荒野を抜けて、必ずこれを届けます」


 私は、クレアからそっと聖槍を受け取った。


 元は11チーム、ナルス達が護った聖槍を、今クレアが死守して、私に受け渡される。

 偽物かも知れないこの武器に、みんなが全力を駆けたんだ。


 せめて良い結果だったと報告できるように立ち回らなければ、誰もが報われない。



「大丈夫かよ……」

「やってみますって。助けもすぐ呼ぶんで、少しだけ待ってくださいね」


 正直、ボロボロのクレアを置いてゆくのは忍びないけれど、ここで闘ってしまったら被害が及びかねない。

 なるべく遠くに闘いの場所を移すのが得策だろう。


「分かった、すまねぇ。気をつけてけよ……」

「えぇ、センリさん、クレアをお願いしますね」



 低く唸るセンリ、どうやら了承はしてくれたようだ。


 さて────





「ミリア、どこにいるんですか」


 私の言葉への返事は、もちろん聞こえない。

 多分、どこかに潜んでこちらの動きを伺っているんだろう。


 でも、この開けた場所では、どちらにしようがマトになりやすい。

 まずは森の中へ飛び込んで、敵との距離をとるのが得策だろうか。


「きーさん、短剣に」


 普段慣れない聖槍を持って走らなければいけない分、きーさんは持ち運びやすい大きさになってもらう。

 この方が逃げるのに都合がいいし、多分ミリアと闘うにも────


 闘うにも────


「……………………」



 手の中の聖槍が、ギラリと不気味に光る。



 正直、クレアが聖槍とともに攫われたとき、ミリアが相手ならそう大事にはならないだろう、と高をくくっていた。

 心のどこかで、敵になったミリアを、それでも私たちへの情は残っていると、信じたかった。


 でも、今目の前に広がるのは傷だらけで横たわるクレアだ。

 私の油断が、彼女をここまで追い込んだということに他ならない。


 国王が言ったこと──私にしか彼女を止めれないと言ったことが、こういうことだったのかと今になって思えてくる。

 彼は彼女が私たちへの感情はもう捨てていること、そこまで追い込まれていることを感じていたのかも知れない。

 私は国王を恨んでいる────なんて調子のいいことを言っていたけれど、実際命を狙われたのは国王自身だ。

 私のような甘い考えの部外者より、余程この事件のことを重く捉えてくれていた。


 それでも、彼が私にミリアの討伐を託したのは──やはり、彼女にこれ以上罪を犯して欲しくないと言う言葉が、本心だからだろう。


「クレア、ごめんなさい……」

「な、何がだよ」



 そして私も、そうだ。

 ブレているにしろ、歪んでいるにしろ、定まってないにしろ、これ以上裏切って加速したその心を暴走させないで欲しい。


 私なら、消えるミリアの「声」を聞ける。

 事情を知っているから、世間に報道される前に捉えれば、ミリアの名誉を守ることが出来る。



「このまま裏切り者として彼女が暗躍し続けるぐらいなら、いっそ────」



 王の前で言ったあの言葉は、全くの嘘ではない。

 それに、リゲル君はそこまで深くは考えなくていい、と言ったけれど、説得できるほど今の状況が甘くないのは分かっている。




 ミリアが裏切った理由を知ったとき、実はその晩、自分の部屋で泣いた。

 感情の繋がったきーさんには申し訳なかったけれど、私にしては珍しく、涙が止まらなかった。


 目の前にいて、ずっと救える位置にいて、それでも彼女に手を差し伸べられなかった私は、最低だと思った。



 全部私が悪かったんだ────



 なら、ここで彼女を止めなければいけないのも、きっと私へ課された当然の報いなんだろう。

 罪を犯した人間が、牢へと収容されるのと同じように、ミリアが捕まって死刑になるかも知れないのと同じように。


 私は、ミリアと闘う。

 今まで培ってきた力を、今まで私を助けてくれた友人に向ける。



 でも、そう、だから今だけは────今だけは彼女と闘う覚悟を決めよう。

 もちろん聖槍は最優先だ、そもそも到底勝てる相手でないことも、よく分かっている。


 でもいざとなったら────



“エリー、大丈夫?”


「えぇ……」



 自分の握った拳を見ると、震えていた。

 緊張でも怒りでもない、もちろん力が籠もって武者震いでもない。


 そうか────私は辛いんだ。



 深い闇の中で伸ばした手、それを掴み取って大丈夫だと抱きしめられるような人に私はなりたかった。



 でも、伸ばした手を掴み取るだけが、必ずしも相手に必要なこととは限らない。


 振り払って、無下にして────

 私にとって叱って欲しいときに叱ってくれた大切な存在がミリアだったように。

 彼女が止まらなくなった感情を、力尽くでも抑え込める相手が、私でなければいけないんだ。


 今、ミリアを救いたいという優しさは、弱さだ。


 親友に弱いところは、見せたくない────


「こい、ミリア。私が相手です」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?