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帰りたい(168回目)  【お騒がせマビー】


「矢だ、矢で落とせ!」

「“灰氷菓フロスティグレイ”」


 馬のセンリと私を狙う矢は、さっきと同じ方法ではじき飛ばす。



「オラ! 落ちろ!」

「きーさん大岩に、なるべく踏みつぶさないでっ」


 槍や剣で攻撃してくる相手には、きーさんの変身した大岩を落としてそこから突破口を開く。

 そしてなんとか、敵からの包囲網を私たちは抜け出した。



「くそ、逃がすな!」

「怯むな追いかけろ!」


 後ろに叫ぶ男たちの声を聞きながら、私は後ろに警戒する。

 もう、誰も追いかけてこないだろうか────



“気になるか?”


「もちろん……」


“スピード上げるぞ”



 センリは、さらにスピードを上げる。

 ようやく誰の声も聞こえなくなったところで、ホッと胸を撫で下ろした。



「ありがとうございます」


“あぁ、大変な仕事だった”


“ホントに。ボク大活躍でしょ”


「2人ともありがとうございます」



 きーさんとセンリのおかげで、なんとか無傷で逃げ出すことが出来た。

 正直ララさんには大丈夫だと言った手前、ここで負けたらすごく恥ずかしい。



“それより人の子、ここからどうするのだ?”


「んー、2人が消えたのはこっちの方角ですから、とりあえず進んででみるしかないかと」


“じゃー、ボクは上から探してみるね”



 そういって、きーさんは上へと飛び去っていった。

 ミリアは空を飛んでいたし少し不安なところではあるけれど、探索するにはそれが一番早いだろう。



“我々はこの道を行けばいいのだな”


「えぇ、確かしばらく真っ直ぐですね。

 ナルゴー・リバーに沿って続いているみたいです」



 ナルゴー・リバーは、エクレアの主な水源となる河であるグロリア・リバーと合流する川だ。

 この先大分行くと忘れ荒野があって、その先がエクレア。


 国の北側から流れる大きくて流れの緩やかなグロリアと違い、ナルゴーは険しい。

 その証拠に崖の間を流れるようなその川は、小さいながらも飲まれたらひとたまりも無いらしい。


 そんな水も、普段から私たちの口に入る大切な飲料水になるのだから、自然って不思議だなぁ────



“なぁ、おい人の子よ”


「はい?」


“自然に浸っている中悪いが、あれまずいぞ”



 後ろを見ると、土煙をあげ、森の道を何かが追いかけてきていた。

 ものすごい勢いだ、このままでは追いつかれる────



「逃げてください、早くっ」


“ボーッとしていたのは貴様だろう────”



 センリはそう言いつつもスピードを上げ、道を走る。

 しかし、その「何か」はそれを上回るスピードで迫ってきた。


 そして森の中でも比較的直線に道が延びる場所にさしかかったとき、相手の全体像が見えた。


「ね、ネズミ……?」


 追いかけてきていたのは、巨大なネズミだった。

 軽く馬車の2倍ほどもあるボディに、全身が銀色に光る毛で覆われている。

 なんだか、以前に見たボスウルフェスの鉄の身体を彷彿とさせる見た目だ。


 そして、そのネズミの背中には、ガタイのいい巨漢があぐらをかいていた。

 この人が、このネズミの精霊──もしくは魔物の契約者だろうか。


「はーっ、はっは!! このオレがいるとは運が悪かったな小娘!!

 ご存知、オレ様だっ!」

「誰ですか……」

「かーっ、オレ様をしらんのか! 世間知らずが!」


 世間知らずで悪かったですね。

 しかし男はさして機嫌を損ねた様子もなく、自分の名前を声高々に叫び始めた。


「オレ様はマビー・ドレッド!

 サウスシスで一番の用心棒さっ!!」

「ん? あー、あれだ……」


 驚いた、名前だけなら聞いたことある。


 マビー・ドレッド、通称【お騒がせマビー】だ。

 用心棒を名乗っては勝手に人のいざこざに手を出して、場を荒らしてから大金を請求する、まさにお騒がせ男。


 この国でも面倒なそれらの親切あくぎょうは広がっているため、少額ながら賞金付きで指名手配もされている。

 それが何でここに────


「はーっ、はっは!! さっきオメーラが闘ってるのを見かけてな!!

 見りゃ驚き、聖槍“レガシー”を持って闘ってるじゃねぇか!」

「あー、はいはい」

「そこで天才なオレ様考えたわけよ、『盗賊達を雇ってるコイツらに協力すれば、たんまりもらえるんじゃね?』ってな!!」


 つまり、今回も勝手に私を追い回しているわけだ。

 噂通り、本当にお騒がせな男である。


「お嬢ちゃんには悪いがここで消えてもらうぜ!!

 オレ様の金のために!!」

「相手の半分はノースコルの人間ですよっ。

 彼らに協力したらこの国で生きるのが難しくなりますよっ」

「それは困るが、その時はその時!」


 ダメだ、盗賊達と同じ目先の利益に捕らわれるタイプだ。

 まぁ、この男の場合交渉など挟む余地もなく、話が通じない人間のにおいがする。

 私の【コネクト・ハート】があってそんな気がしてちゃ、人としてお終いだ。


 しかも、勝手に敵になって勝手に攻撃をしかけてくるのだから、厄介極まりない。

 本当に、面倒くさがりな私とは相性の悪い人間である────


「センリさん、あとどのくらいいけますか」


 手綱を握りしめ身体を後ろに向きながら訪ねると、下のセンリは鳴き声で合図をした。


 どうやら、あまり長くはないらしい。

 逃げ切るのはもっと無理か。


 きーさんのいない今、私だけで対処するしかないようだ。

 幸い、ララさんに回復してもらって、元気は有り余っているけれど────


「んー、“灰氷菓フロスティグレイ”っ」

「きかんっ!」


 案の定、鉄の巨大ネズミには氷のつぶては全くと言っていいほど効いていなかった。

 以前剣が効かなかったボスウルフェスの苦い記憶が蘇る。


「【タンク・ラット】! そんな攻撃じゃオレ様のネズりんの装甲は破れぬっ! はっ!!」

「珍しい精霊ですよね────」

「そうともさ! オレ様の精霊は最強!

 この装甲破れるものなし!」


 確かに、少なくとも私の攻撃であの装甲を突破するのは難しそうだ。

 そしてあの鉄の毛は防御になるが、転じて攻撃にもなる。


 このままセンリごとひかれてしまえば、ひとたまりも無く私たちはぺちゃんこだろう。


 かといって、前回のように弱い部分を狙う──いや、口の中に飛び込むのは今回難しそうだし、他の見える部分に弱点があるとも思えない。


 弱点が────あ。



「“ウィステリアミスト”」

「ふんぬ、目眩ましか!? 効かん効かん効かん効かん!!!」


 後から追うネズミとマビーの視界を、私の出した霧が覆う。

 どうやら、霧だけではさして意味がないようだけれど、視界さえ防げればいい。



「覚悟────“ティール・ショット”っ」

「ぐぎゃっ!」



 弾けるような音の後に、ドサリと鈍い音が響く。


 そして小さな霧が晴れると、かなり後ろの方で【タンク・ラット】がこちらに尻を向けて立ち止まっていた。

 その背中に、マビーの姿はない。



“もう来てないのか、人の子よ”


「来てない、です。多分」



 霧を張って敵の目を眩ましてから、私は小さな氷を、風の魔法で弾丸にして飛ばした。

 霧の中での狙撃は難しかったけれど、何とか当たっのか、マビーは相棒から落ちたらしい。


 【タンク・ラット】は全身装甲で隙が無いようだけれど、乗ってる本人は余裕綽々で無防備そのものだった。

 まったく、こんな時にあんなのに絡まれるなんてついてなかったな────





 しばらくセンリには無理をさせて、森の道を走る。

 どうやらマビーは追いかけてこない──が、私の心の中が、急に不安で満たされてきた。


 これは──きーさんの感情?



“どうした?”


「きーさんにが何か見つけたのかも知れません」



 契約制霊のきーさんの感情が流れ込んできて、心が不安になったと言うことは、きーさんが何か不安になるものを見つけたんだ。

 辺りを警戒して見張っていると、しばらくして問題のきーさんがこちらに飛んできた。



“だいじょーぶ? なんかあったみたいだけど”


「問題ないです、それより何があったんですか?」


“そう、見つかった。何かまずそうだから早く!”



 珍しく慌てるきーさんに促されて、道を少し逸れた場所に入ってゆく。

 どうやらセンリにはキツい場所のようだけれど、なんとか進めそうだ。



“見て、あれ!”


「あっ……」



 森の中、少し開けたところ。


 そこにたたずむのは、全身に生々しい傷を負い、それでも聖槍を死守するクレアだった。



「クレアっ……!」

「よ、よぉ……遅かったじゃねぇか……」

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