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帰りたい(166回目)  一方的空中戦


 聖愴“レガシー”を取り返そうと飛びついたアタシは、そのままフードの敵に引っ張られる形で、初めての空中遊泳を体験していた。


 きっとこの高さくらいなら、スピカがプロペラを使ったときと同じ高さだ。

 案外怖いよなぁ────じゃやくてっ!!!!



「離せよ! これはお前んじゃねぇだろ!!」

「────っ!!」


 意地でも離さないアタシを何とか落とそうと、槍を激しく振る。

 でも、そんなことしてもアタシには何も意味なかった。


「振り落とそうったって無駄だぜ?

 毎日毎日毎日鍛えてんだ、懸垂くらい何分でも続けてやるよ」

「…………っ」

「それよりお前の方がキツいんじゃねぇのか?

 アタシの体重がかかった槍を持って飛ぶのは中々難しいだろ!」


 女子としては中々終わってる気がしないでもないけれど、この際どうでもいい。

 体重は正義だ!


「ほーら、揺らしたらどーなる? ほーらほーら。

 この高さなら別に落ちても平気だぜ?」

「っっっ…………!!」

「なんだよ、なんか言えよ黙ってないで────」


 その時、フードが風で剥がれて、敵と眼が合った。

 消え入りそうな長くて白い髪、濁った眼、小柄なスピカと同じくらいの体格────


「お、女……!??」


 いや、問題はそこじゃない。

 今ヤバいのは、敵の眼が心底哀れそうな眼でアタシを一瞥した後──上を仰いだ。



 何で上を────まさかこのまま上昇して聖槍ごとアタシを落とす気か!?



 猛禽類が、堅い甲羅を持った亀なんかを食べるときに重力使って仕留める方法に似ている。

 問題はアタシの身体は亀の甲羅ほど堅くないし、聖槍は多分どんな高さから落としても問題ないって事だ。



「くそったれ! 離せよ!! はな────おわっぷ!!」


 上昇するかも知れない上の敵に気をとられていたら、突然全身を痛めつける感覚、そしてマズイ緑の味が口の中に飛び込んできた。

 どうやら、高い木の先端に身体を擦られたらしい。


 しまった、前見てなかった!!



「うわっととと──うわっとと!!」


 1本目の激突から息つく間もなく、2本目3本目の樹木が目の前に迫ってくる。

 身体を左右に揺らして何とか回避──ギリギリ避けたら、その分支える相手も苦しそうだった。


「なんだ、アンタもバテてんじゃねぇか……っとととと!?」


 煽った瞬間、突然今度は急加速を始める。

 ただ捕まるだけのアタシは、為す術なく引っ張られていった。


「どこ行く──んぬっ!?」


 森の中の開けた場所まで飛んできたら、今度は速さそのまま、地面スレスレに飛び始めた。

 下にいるアタシを引きずって振り落とす気だ!


「っっっ────」

「うおおおおおっ───いっっっでぇぇっ!」


 アタシはそのまま為す術なく引きずられてゆく。

 土埃が上がり、皮膚が切れ、全身が痛む。



「くっそ────あっ!?」


 引きずられながら何とか前方確認すると、目の前には巨大な大木が迫っていた。

 このままぶつけて振り落とす気だ!


 多分耐えられないぞ────


「容赦ねぇよな……っ!」

「…………」


 両腕も限界、身体も限界、予想に反してマントの女は、アタシを支えてよく耐えていた。

 もしかしたら、あのまま空中で引っ張り合っていても、負けていたかも知れない。


 だったらこれは──チャンスだ!


「うおおおっ」


 目の前に迫る衝突────


「────らっ!!」

「──────!?」


 瞬間木を蹴り上げて、敵の頭上をとる。

 この瞬間初めて、ずっと見下ろされていた視線が、相手より高くなった。


「はっ────!」


 すかさず足を絡めて、全体重を相手にかける。

 木にぶつけるはずだった勢いがそのまま帰ってきて、相手は空中での制御が難しくなっていた。


 そのまま地面が近付いてくる。


「ふぅ──やっと槍を離せる、正直きつかったんだ腕。

 あ、振り落とそうったって無駄だぜ?

 毎日毎日毎日鍛えてんだ、へばりつくくらい何分でも続けてやるよっ!!」

「っ────!」

「あと、この勢い利用させて貰うぜ! “天竜大特攻”!」


 ようは──まぁクロスチョップだ。

 胸に炸裂したそれは、敵のバランスを崩して地面に墜落させる。


「おらっ──!」

「っ───!!」


 さらに地面に墜落したことで腕が深く刺さり、敵の表情が確かに苦いものに変わった。

 そしてついに────敵の腕から聖槍がすっぽ抜ける!


「おっしゃ!」


 聖槍は宙を舞い、少し向こうの地面に刺さった。

 さらにそれを取りに走ろうともがく女を、アタシは逃がさない。


「っ────!! っっ────!!!」 

「フフハッ! つーかまーえた……!」


 そして相手が体勢を立て直す前に、腕でガッチリ押さえ込み、完全に組み伏せた。

 この状態からは、簡単に抜け出せないはずだ。


 事実、相手は苦しそうにもがくが全く動けそうにない。

 そのうち体力も底を尽きるだろう。


「さて、と────」

「…………」




 うーーん────



 どーしよう、全然この後のこと考えてなかった!

 ロープも一応持ってるけど縛ってる間に逃げられそうだし────


 それに相手は強敵、このままボコボコにすることも難しいし、このまま時間が経てばアタシにだって隙が出来るだろう。


 うーーん────




 と、エリアル達が来るまで待とうか迷っていたら突然、フードの女が何やらゴソゴソと怪しい動きを始めた。



「なんだよ、まだなんかあるのか!? 逃がさねぇぞ!

 いい加減観念し──おわっ!?」


 突然何かに視界を塞がれ、とっさに張り付いた何かを顔の前から引き剝がそうと、相手の腕を放してしまう。


「くそ──なんだこれ、コウモリ!?」


 突然目の前に現れたコウモリに視界を塞がれ、アタシに大きな隙が出来る。


「なんなん────しまった!!」

「ごめんね……」

「ガハッ!」


 振り払ったときには、既に女はこちらに拳を放っていた。

 土手っ腹を大きく抉られ、激痛に数歩後ずさる。


 クソッたれ────


「ナメんなぁっ!」

「────────!!」



 痛みに耐えて、敵が体勢を立て直す前にこちらからも最大級の拳をお見舞いする。

 右頬に刺さったそれは相手を勢いよく吹っ飛ばし、木に背中を打ち付けようやく止まった。


「つつっ───いってぇ!」


 こっちのダメージも中々だった。

 痛む腹を押さえながら、何とか地面に刺さりっぱなしの聖槍の確保に向かう。


 手元に戻った聖槍を引き抜くと、その分の重さが肩にかかる。

 流石伝説の槍だ、どうやら傷なんかは一切付いていないらしい。


「やっと奪還したぜ──いや、アイツは……!?」



 気付くと、さっきのコウモリと女がいなくなっていた。

 逃げた──いや、違うか??


 最初の時、アイツは姿を消してこの聖槍を持ち去って言ったのを思い出す。

 多分今度もまた、姿を消して聖槍を狙っているんだ。


「一体どこに────」


 警戒して見回すと、目線の先の地面から、土煙が立った。

 次の瞬間、視界の左端の落ち葉が不自然に舞う。



 いる、アイツがアタシを狙って周りを高速で移動している────


 見えない相手、どうやったら捉えられる────!?

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