ナルス・バンス────
襲撃され致命傷を負い私たちに発見された彼はしかし、回復のスペシャリストであるララさんがいたこと、近隣に一応の設備を持つ診療所のあるダムネ村と言う村があったことで、幸いにも状況は好転した。
「急病人です、ドクター、開けて下さい」
「こんな夜更けにどうも──って、先生!?
それにエリアル君とクレアさんじゃないか!?」
「言ってる場合ですか、この人を」
「───っ、上がってください」
村の医師を務めていたのは、なんとサガラ村で以前に会った、Dr.ダリルだった。
どうやらこの村で診療所を営んでいたらしい。
「いや、僕はどこにも属してないよ。
この診療所の前のじいさんドクターが引退したから、次の人が来るまでの代わりを務めているのさ」
「無駄話していない!」
「あっ、ごめんなさい!」
珍しく厳しい声を出すララさんに急かされて、Dr.ダリルは処置室へ入って行った。
※ ※ ※ ※ ※
「あっ、お疲れ様です……」
夜もすっかり更けてきた頃、ようやく2人のドクターが一段落したらしい。
処置室から出て来た2人の顔から、少なくとも最悪の事態を避けられたことは分かった。
「応急処置のおかげでここまで命をとりとめている……流石先生ですよ」
「あなたの力を見込んで彼を預けるのです。
いつまでもララの生徒気分では困りますよ」
「はい」
元々ララさんの教え子だったらしいDr.ダリルは、少し嬉しそうに、しかし真剣な表情は絶やさないまま処置室に戻っていった。
それを見て、また少し不安になる。
「ナルスは────」
「命に別状はありません。
ただ、あの傷では心身ともに後遺症が残る可能性もあるでしょう。
ここらは本人次第と言ったところでしょうか」
「そう、ですか────」
もし、あの道を通ったのが私でなければ────
彼は誰にも気付かれることがなかっただろう。
私の固有能力【コネクト・ハート】は、どんなに小さな音でも耳に入ってしまえば、それを大体認識できる。
彼が、気を失う直前必死に振り絞った声────
こっちだ──助けてくれ────
あの声は、私の耳に確かに入って、それを認識した。
いや、それを森の中にひしめく木の声だと思って、私はスルーしそうになったのだけれど、その声はララさんやクレアにも届いていたらしい。
ナルスの能力【アテン・ハット】を知らずのうちに感じ取った2人は、その
そしてクレアの「なんか向いちまった────」と言う言葉に違和感を感じて見に行ってみれば、そこにはナルスが倒れていた。
この間の宿での食事は単なる茶番かと思っていたけれど、それが結果彼の命を救うことに繋がったのだ。
「あと、これを預かってきました」
「はい……」
それは、聖槍だった。
レプリカか、本物かは分からないけれど、彼を発見してからずっと、それを握りしめていた。
「11チームの、ですか。
ナルスはそれを、命をかけて護っていたんですね」
「えぇ、意識を失ってもなお離すまいとしていたので、引き剝がすのにララもDr.ダリルも苦労しました。
彼のためにも、ララ達の槍と合わせて2本、街まで必ず届けなければなりません」
ララさんが言うには、11チームのメンバー総勢40人は、散り散りになって発見されているそうだ。
数名は命辛々逃げ延び、本部に応援を要請。
数名はナルスのように瀕死のところを発見され。
その他大勢はいまだ行方不明らしい。
そんな壮絶な現場から、聖愴を守りぬいた彼らのためにも、これは確実に王都まで届けなければならない。
「それより、ララが気になるのは村の外にいる気配です」
「まだいたぞ。数は増えてねぇけど……」
この村に着いたとき、私は誰かにつけられている気がして報告をした。
ララさんが言うには、ナルスを保護した辺りからずっと何者かに私たちはつけられていたらしい。
ララさんはとっくに気がついていたようだったけれど、急病人の搬送が先だったので後回にしなってしまっていたのだ。
「この村から、逃げるのか?」
「えぇ、すぐにでも。
敵の数は多くはないようですが、ここはそれしか無いでしょう」
下手に刺激しては村の人にも危害が及ぶ。
今のところ向こうから何かしてくる様子はないのを見ると、昨日ララさんが“システム・クロウ”を一掃したのを見た敵が警戒し、夜襲はせず様子を見ていたというのが妥当な線だと思う。
ただ、それものんびりすることが許されるほどの時間はないのは明白だ。
「そろそろ夜明けですね──ララ達は、村からなるべく離れます。
恐らくその先に待ち受けているのは────」
「戦闘、だよな……」
「はい、戦闘は避けられない──なら、少なくともこの村を犠牲にするべきではありません」
十中八九、これは罠だ。
このまま村を出たところを、私たちを取り囲んでズドン──だろう。
「敵は──こうなることを見越してわざとナルスをあの場に放置したんでしょうか?」
「いえ、ララ達の手元に彼らの聖愴が残った以上、あれは偶然だと思います。
追っ手が彼を追いかけている最中に、ララ達を見かけてここまでつけてきたのかと」
私たちは、早速村を出た。
オレンジの生産で有名な村だと聞いていたから残念だが、今は喰い意地より生き意地だ。
それにここからは戦闘になるかも知れない──つまり、ミリアと遭遇する可能性もある。
王様からもらった眼鏡を、深呼吸してかけ直した。
「逃げ切れるかな……」
「無理でしょう、馬車では機動力が足りません。それに見てください」
馬車の両脇を見ると、ネズミが一匹ずつ道の隅をチョロチョロと伴走していた。
偵察だ、多分私たちが逃げ出さないように見張っている。
ここでこのネズミに危害を加えれば、集まった敵はこちらに向かって私たちを襲いに来るだろう。
村からほど近いここでそんな戦闘はしたくない────
ネズミたちはわざと姿が見えるように偵察することで、暗に私たちを目的の場所まで追い込んできているのだ。
「まさに袋のネズミ、ですね。ハハッ」
「ララさん笑えないです」
そして夜が明けて朝日が顔を出した頃、ついに開けた場所でララさんが馬車を停めた。
「囲まれました、ね」
周りから、ぞろぞろと男たちが出て来て私たちを取り囲む。
少なくとも50人──いや、60人はいるだろうか。
「こ、こんな数のヤツらがこの国に侵入してたのかよ!?
国境の警備はザルなのか!?」
「確かに侵入しすぎ──いえ、この中の何人が敵の軍勢でしょうか……」
「ど、どういうことだ?」
男たちの中から、リーダーらしき甲冑の戦士が一歩前に進み出た。
「我々は危害は加えない、その聖槍“レガシー”を置いて立ち去れ!」
「ふざけんなよ! これはアンタらが持っても何にもならないだろ!!」
しかしもちろん、クレアがそんな虚勢を張ったところで敵は引かない。
この数相手に命と聖槍を護って街まで逃げ切るなんて、不可能に思えた。
「ララさん、もしかしてあの人たちの中にサウスシスの人が混じってますか?」
「えぇ、間違いないでしょう。
先程のネズミ、“テール・チュウチュウ”は『魔物』ではなく、『精霊』です」
それを使役していると言うことは、間違いなく敵の中にはサウスシスの人間が混じっていると言うことだ。
ノースコルの人間は精霊と契約できない────
「あぁもうじれったい! 貴女一旦下がってくださいまし!?」
私たちを囲む円の一部が左右に割れ、奥から個性的な3人が姿を現した。
金髪赤ドレスの妙齢の女性と、ガタイのいいしゃくれた男、そして私達よりも年下ではないか、というくらいの少年だ。
げ、この人たち────
「この3人はワタクシたちだけで充分ですのん!」
変な決めポーズが始まるぞ────