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帰りたい(161回目)  【アウト・リーチ】


 ララ・レシピアさん────


 彼女の異名【アウト・リーチ】は、そのまま彼女自身の固有能力の名称でもある。

 手の届かない現実に、それでも手を伸ばし掴み取ろうとするチカラだと、人は言う。


「ララの能力は、そんな大層な物ではありませんよ。

 ただ助けられる人が少し増えるだけです」



 彼女の固有能力【アウト・リーチ】は、簡単に要約すると【自分を8人に増やす能力】だ。

 これは分身や幻といった実態のないものではなく、彼女自身が正真正銘8人に増える。


 また、彼女達の間では記憶力はほぼ全てが、それ以外の要素も数割が共有できる。

 その割合はララさん自身の意思で調節できるので、例えば1人がずっと睡眠をとり続ければ、2,3人は睡眠をとらずとも活動ができるそうだ。


 その他様々な制約はある、と本人は言うが、その8人で培ってきた知識や技術は、この国にはもはやなくてはならない屋台骨となっている。



 そして今も────




「す、すげぇ……」


 目の前の光景に、クレアは開いた口が塞がらない。

 そしてカラスたちを一掃し、ララさんは何事もなく馬車に戻ってきた。


 ララさんが乗り込んだのを見て、私たちは状況確認を済ませ馬車を出発させた。

 随分殺伐としたお昼休憩になってしまったが────


「ララ、結構疲れました。本部への報告だけすませるので、しばらく休ませてください」

「ゆっくり休んでくれよ……アタシ達には何も言えねぇよ……」

「他のララに魔力を貯めておいてもらって正解でした。

 流石にあの量の魔力派を放ったら、ララ一人だけでは大変でした」


 魔力の共有もできる、まるで精霊と契約しているみたいだ。


 そしてやはりララさんはただ者ではなかった。

 たった3人のこのチーム、でも彼女がほとんどの戦力を担っていることは明らかだ。

 アデク隊長でさえなしえなかった“システム・クロウ”の一掃を、ララさんは今私たちの目の前でやって見せたのだ。


「いえ、アデク氏は別にあの場でのカラスの一掃が、出来なかったわけではないと思いますよ」

「そうなんですか?」

「流石に、無力化は無理でしょうから、暴力的な手段にはなっていたかと思いますが。

 ミューズの街は人が多かったので危険を考慮して規模の大きい攻撃は差し控えただけかと」


 そういえば、初めてアデク隊長と会ったときにも、狼を一掃できるけれど、バルザム隊のみんなを気づかってやらなかったのだったか。


「それよりララさんすげぇな!!

 【アウト・リーチ】の話は聞いてたけどホントにすげぇや!」

「どうも、そんなに褒めると流石のララも少し照れますね」

「あと7人もララさんが──他のララさんは街にいるんですか?」

「いいえ、何人か、だけですね────」


 ララさんは自分の位置を指折りで数える。

 自分の場所を指折りで確認しなければならないというのも変な話なのだけれど、それがララさんなのだ。


「2人はエクレア総合病院に、3人はエクレアの街の外で活動しています。

 そして1人は本部兼城の専属ドクター──もう1人は秘密、です」

「へぇ、街の外でも活動してるんだな」

「ええ、そして私──えっと、この私・・・が任務に就いている個体です。

 軍医として、戦士として、エクレアのために働いています」


 8人いて、そのうちの少なくとも7人が、社会に出て社会貢献をしている。

 私なら何人か──いやもしかしたら全員がサボってしまいそうな能力なのに、彼女はそうなることもなく、ただただ全員がよのため人のために尽くしているのだ。

 それに全員が国を支えられるようなスキルの持ち主なのだから、彼女達が国になくてはならない存在なのも、よく分かる。


「ところで、問題は先ほどのカラスさん達だと、ララは思うのです」

「ええ、やはり魔物がこのタイミングで襲ってくると言うことは」

「そう言うことだよな……」


 “システム・クロウ”は、この国に野生で存在する種類ではない。

 しかもそもそもが穏やかな性格で、何もなく人を襲うことも考えにくいという。


 見えない敵の襲来としての証拠には充分だった。




   ※   ※   ※   ※   ※




「ダメ、ですね……」

「どうしたんだ?」


 先程から小型の通信機を使い方々に連絡をとっていたララさんは、ため息をついたようにそれを置いた。


「先程から通信ができないのです」

「え、どことだ?」

「本隊とは連絡がつき9チームまでは無事に到着したと報告を受けましたが、ララ達の前を行く10チームと11チームから応答がありません。

 そして、13チームも同じように敵の襲撃があったようです。全員無事なようですが」


 よかった、13チームと言えば、アデク隊長とセルマ、スピカちゃんのチームだ。

 アデク隊長がついてるからそもそもの不安はないけれど、そばにいないというのはどうにも落ち着かない。


「いなくなった2チームとも、襲われたのかな……」

「その可能性は十二分にあります。ここからは、より警戒を強めていきましょう」



   ※   ※   ※   ※   ※



 色々あった怒濤の1日目だったが、なんとかキャンプを張り、代わる代わる見張りをすることで次の朝を迎えることができた。


 夜襲もあり得るから、と眠らずに見張りを続けてくれたララさんには感謝しかない。



「昨晩はありがとうララさん」

「いーえ、ララは眠らなくても大丈夫なので、いざという時に動けるようにして欲しい貴女たちが休みを取るべきです。

 睡眠不足は健康とオトメの敵ですから」


 夜襲が怖くて全然眠れない──かと思ったけれど、ララさんが焚いてくれたお香が心を落ち着けてくれて、思いの外ぐっすり眠ってしまった。

 なんだか逆に申し訳ない────


「このお香凄いですね、ララさんが作ったんですか?」

「まさか、ララの元部下のマッサージ師の作品です。

 あれ、イスカ・トアニってエリアルさんと同じ隊だったのでは?」

「え、イスカってララさんの隊だったんですか?

 それにあれってあの子が作ったんですか?」


 そういえば、以前に友情価格で売ろうとしてきたことがあった。

 きーさんもどうやらイスカのアロマは苦手ではなかったみたいだし、こないだは断ってしまったが今度何個か買ってみよう。





 そんな会話を続けながら、昨日11チームが襲撃された場所も何事もなく過ぎ去り、午後になった。

 もう何時間かしたら、キャンプできる場所を見つけなければいけないだろう。


「いよいよ、街に着くのは明日だな」

「そうですね、このまま何もなく過ぎてくれればララも助かるのですが……」


 2人の会話がすぐ後ろから聞こえてくる。

 緊張している2人の声を聞いて、慌てて私はあくびをするのを止めた。


 危ない危ない────っと。


「きーさん、こっち来ますか?」


 後ろで寝ていたきーさんに少し腹がたったので、少し大きな声で呼び寄せてみる。

 たぶん、この子が寝てるから私も眠いんだ。


「少しシャキっとしてくださいよ、シャキっと────」



 こっちだ──助けてくれ────



「っ────??」


 今、確かに人の声が聞こえた気がした。

 気のせい──もしくは木のせいかと思ったけれど、それにしては何か・・が明確すぎる。


「2人とも、今何か聞こえ────」


 振り向くと、ララさんもクレアも同じ方向をボーッと眺めていた。

 その先にはただうっそうと茂る森が広がるだけなのに────


「2人とも……?」

「あぁ、ごめんなさいエリアルさん、つい放心してしまいました。

 流石のララも疲れているのでしょうか……」

「すまねぇ、アタシもなんか向いちまった……」



 なんか向いちまった────その言葉に、私はごく最近同じようなことで迷惑を被った気がする。

 いや、一昨日────


「エリアル、どこ行くんだよ!?」

「ごめんなさい、ちょっと気になってっ」


 慌てて馬車を停めて、元の道を走る。

 先程聞いた気がした声は、確かこっち──いや、分からない、森の中だから正確な場所が掴めない────



“こっちから血の匂いがするよ!”


「きーさんありがとうございますっ」



 馬車から飛び降りてきた相棒が、私を案内してくれる。

 道を逸れて森の中を進むと、しばらくしてきーさんが立ち止まった。


「これは────」

「エリアルさん、まだ息はあります。落ち着いて対処しましょう」


 後ろから追いかけてきていたララさんが、そっと私の肩に手を置いての傍らでしゃがみ込む。


 沢山の血を流し、森の中で倒れていたのは、デルス隊第15小隊のナルス・バンス。

 昨日の夕飯を奢ってくれた相手だった。

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