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帰りたい(160回目)  再びカラスたちの襲来


 チチチ、と小鳥が鳴いて森の中を飛んでいる。

 それをボーッと見つめるきーさん。



 そんなのどかな風景とは裏腹に、すぐ隣の私たちは超修羅場だった。


「マジかよ……」


 ララさんから話を聞いて、クレアはかなりの衝撃を受けていた。

 単なる噂話──として聞いた最高司令官の死が、現実だったことに、動揺しているんだ。


「こんなこと、私たちに教えてしまってよかったんですか?」

「えぇ、守秘義務という面では、むしろ亡くなったアンドル最高司令官は皆に公開して欲しい、という意向をララは伺っていました。

 それに、この輸送計画が終了すれば、折を見て情報公開されるはずです。

 遅かれ早かれ──と言ったところでしょうか」


 この聖槍の件で、彼の死はいまだに報道されずにいる。


 ホワイトハルトの聖槍が発掘された──それはおめでたい事だ、国の人のほとんどが興味を持つ話だろう。

 もしそれを敵の手から死守し王都に持ち帰った、となれば国の指揮も高まる。


 もしかしたら最高司令官の死、と言うニュースから来る不安も、国民の間で緩和されるかも知れない。

 ただ────


「ララさん、この任務が失敗したらどうなるんだ……?」

「報道はより先に延ばされる──もしくはそのまま報道されます。

 聖槍を失い、国の要である軍のトップがいなくなった……

 その状況は、非常にまずいとララは考えます」


 この任務は、それだけ重要な役割を担っていた。

 もちろん軍の幹部達もそれが分からないわけではない。

 ある意味、私たちはほとんどの隊員がその全貌を知らないまま、国を揺るがす「駆け」にでたのだ。


「と言うことでこの槍は大切なものです。

 ララと一緒に街まで頑張りましょう」

「え、あ……はい……」


 心底疲れたようにララさんはため息をついて肩を落とした。

 話すだけで疲れてしまう話題があるとすれば、まさにこのことだろう。

 せっかくの休憩のつもりだったのに、逆に気苦労をかけてしまったかも知れない。


「あ、あの──ララさんありがとう……

 話しにくいことだったのに、その────」

「いいのですよ、ララも実は抱え込むのが少し辛かったので、2人に話せてスッキリしました。

 3人だけの秘密、ですよ?」

「あぁ、分かったよララさん」



 少しだけ、私たちの間に流れていたモヤモヤが晴れた気がした。

 最高司令官のことは、帰ってから考えよう。

 今は、この聖槍を護ることに、私たちは集中しなければならない。



「よっしゃ、じゃあ早く街に戻らないとだな!」

「えぇ──いえ、少し待ってください」


 出発しようと馬車を進めようとした矢先、ララさんが私を静止した。


「え、ララさんどうかされたんですか?」

「何かが来る──いいえ、来ています……あれを」


 ララさんが、遠くに見える山の頂上付近を指差す。

 そこには────山を埋め尽くすほどの黒雲がかかっていた。

 それほど高い山でもないのに、なぜ────


「違うエリアル! あれ雲なんかじゃない!!」

「えっ──ってあれ“システム・クロウ”じゃないですか……」

「マジか、あの大群がこっちに来るのか!!?」


 かつてミューズの街を襲ったカラス型の魔物、それが“システム・クロウ”だ。

 ボスカラスさえ操れば残りのカラスも手駒にできる、ノースコルとっておきの魔物────


 黒雲に見えていたのは、それらがひしめき合って、空を埋め尽くしていたからだった。


 そしてあの魔物達がここに向かってきていると言うことは、敵の襲来も意味する。


「逃げましょう、私たちだけじゃ対応しきれない……」

「どこにだよ!!」


 馬車をひくセンリの方を見てみたが、静かに首を横に振るだけだった。

 長年の感覚から、逃げ切れないと直感的に分かるらしい。


「なんとか避難できる場所を────」


 どこに──近くにある洞窟や谷を探すにしても場所が分からない。

 かといって近くの村までいくにしても距離があるし、そもそもそれでは住人に被害が及ぶだろう。


 あの空を埋め尽くすほどのカラスを、果たしてたった3人で対応しきれるのかと言えば、それは無理に近いだろう。


 逃げられない、戦えない、万事休す────



「逃げる必要ありません」

「えっ……」


 私たちを手で制しながら、一人前に出たのはララさんだった。


「ララさん、危ねぇよ!」

「いいえ、ララなら問題ありませんよ」


 迫り来るカラスたちは、もうすぐそこまで来ていた。

 問題ない、と言いきれる数じゃないのは明白だ。


「ど、どうするんだよ……」

「一掃します、ララは癒師であり医者であり看護師ですから、なるべく、殺さないように」

「ど、どうやって……」

「“ヒーリング・オーバレイ”!」


 構えた手の先から、ドクドクと震える緑の光が放射状に溢れ出る。

 しかし、その光は“魔力砲ファル”のような強烈な閃光ではなく、どちらかというと触れて温かい、太陽のような光だった。


「それって────」

「回復用の木属性の魔力を、凝縮したものです。

 普段は癒師いやしが使う、身体の回復を早めるための魔力波などで目にしないでしょうか」


 そうだ、この暖かさはセルマが使う光に似ていた。

 でも、セルマの光より熱を帯びていて、一言で言うなら「強烈」だ。


「でもそれって回復用の魔法ですよね?」

「使い方次第、です」


 ララさんは、腕を構えて溢れる光から、一本のビームを発射した。

 すると、当たったカラスが急に動きを止め、打ち落とされてゆく。


「回復用の魔法で何で……」

「高度に圧縮すれば、小動物なら触れただけで魔力を飽和状態にする『鎮静剤』になります。

 お腹いっぱいになって動けなくなるようなものですね。

 それを的確にボスだけに──当てるっ!」


 そう言う間にも、1羽2羽と次々に熱いビームを当ててゆく。


 当たった“システム・クロウ”は地面に落ち、その周りにいた個体は先程までの統率が嘘のように、散り散りになってゆく。

 群れにボスに的確に当たっている証拠だ────


「どれがボスか分かるのか!?」

「よく見れば、ララには何となくは。

 一番キョロキョロしていて、怯えているのがボスです」


 そうはいっても、カラスには個性もあるし、あの量のカラスの一つ一つを見極めるのはほぼ不可能に近いはずだ。

 私の【コネクト・ハート】でも聞き分けられないほど。


 しかし、それを目の前でララさんはなんなくやってのけているのだ。


「すげぇ、どんどん減ってくぞ……」

「これで──最後です」


 当たった最後の一羽が、無力化され地面へと落ちてゆく。

 かつてミューズの街を襲った“システム・クロウ”の群れ、それをたった一人で制圧してしまったのだ。



「これから、この国は激動の時代を迎えます。


 昨日までの常識が、今日では通用しないかも知れない。


 今日味方だった人が、明日には敵かも知れない。


 戦争が始まるかも知れない──とはそう言うことです。


 それでもララの使命は1つ、自分の力の及ばない場所、助けられないかも知れない人々でも、必死に手を伸ばし、一人一人救うだけ」



 黒い羽、舞い落ちる闇と太陽の光が屈折して、ララさんの姿が少しだけ不気味に見えた。


 違う、この違和感はきっと、これから変わるこの国に抱く、私の心の揺れだ────



「お互い振り落とされないように、注意しましょうね」

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