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帰りたい(159回目)  幹部たちの緊急会議


 お昼の時間だ、馬車を停めて昼食をいただく。

 澄み切った空の下で食べるサンドイッチは格別のはずだけれど、やはり重い空気のせいで喉を通らない。


 多分私がインドア派だからだろう、そう思おう、そうだレジャーなんて私は大嫌いだった。


「油断はいけませんよ、こういうときに襲撃されて命を落とした人たちを、ララは沢山見てきました」

「あぁ、はいそれは心得ています」


 以前も、馬車で移動中に襲撃されたことはあった。

 死人こそ出なかったけれど、私が誘拐されてみんなにはとても迷惑をかけてしまった。



「きーさんどうぞ」


 余ったサンドイッチの端をきーさんに与え、お茶を少しだけ水筒からついで喉を通す。

 乾いたサンドイッチがつまったような気がしていたけれど、どうも喉を塞ぐ原因は食事のせいではなかったらしい。



 先ほどのララさんの答え────


「彼は先日、ララの経営する病院で亡くなりました」



 あの後から、話題に触れるものはいなかった。


 ララさんはそれ以上答える気がなかったのか、黙りっきり。

 クレアもどう話を広げていいのか分からないのか、黙りっきり。

 私も私で黙りっきりなので、先ほどの賑やかな雰囲気とはうって変わって、この場にいるだけで空気がのしかかって仕方ない。


 呑気でいるのは我関せずとあくびをするきーさんだけだ。


「こ、このサンドイッチうまいなぁ──なぁエリアル?」

「え、えぇ、とっても。

 ララさんが作ってくれたんでしたっけ?」

「そうです」


 話は終わった。


 だめだ、全く会話がつながらない。

 というかもう少し盛り上げ方があると思うのだけれど、クレアは何を考えているんだろう。



「先日の話です────」


 突然囁くように開いたララさんに、私とクレアは肩を震わせた。

 沈黙を刺すよう、いきなり会話を切り出してきたのだ。



「かねてより入院していたアンドル・ジョーンズ最高司令官が亡くなりました。

 最後に看取ったのは、ハーパー最高司令官とララです────」



   ※   ※   ※   ※   ※



 アンドル・ジョーンズ最高司令官が亡くなったその日、王様や他の最高司令官、現在連絡のつく幹部達に、それぞれ連絡が行った。

 そこで、今後の方針を決めるための緊急の会議が夜に執り行われることになり、エクレア軍本部の会議室に、現在集合できる最高司令官と幹部が集まった。


 公開されていない最高司令官1名と、遠方に出向いて指揮を執っている幹部5名は集合せず。


 集まったのはハーパー最高司令官と、エクレアにいた幹部達────アデク隊長、リーエルさん、ララさん、街の門番達の隊長を務めるザブラスさんの現幹部4名だ。


「こんな時にも非公開の最高司令官は来れねぇのかよ?

 いいご身分じゃねぇか」

「今この通信機が繋がっているので、こちらの会議の内容は伝わっていますよ。

 諸事情があり、向こうからの会話は差し控えさせていただきたいそうですが」


 ハーパー最高司令官は、病院で彼を看取ると、すぐに王や彼の家族に連絡をし、軍幹部を招集した。

 まだ60代の彼女だけれど、流石にその日のあれやこれやは精神的にも身体的にも相当くる物が、声色からはかなり疲れが感じ取れる。


「納得いかねぇだろ、前から思ってたんだ。

 こんな状況を放置してまでやるべき仕事ってなんだ」

「彼女にしか出来ないことです」

「だからそれがなんだって────」

「アデク、それ以上ワ……」


 感情的になったアデク隊長を、リーエルさんが止めた。


「それは今話し合うべき内容でハ、ないはずデス」

「そうだアデク、とにかく今は国を護ること、街を護ること、王を護ることが優先だろう。

 優先順位を違えるな。

 国の柱である最高司令官、それが1人いなくなったとなれば、敵がチャンスとみても、おかしくない」


 無骨ながらも冷静な声で、ザブラスさんもアデク隊長を諭した。

 ようやくそこで彼は冷静になったのか、とりあえず追求は止めたらしい。


「分かった、今はその話は置いておく」

「えぇ、ありがとうございます。

 では本題に入りましょう」


 会議の本題、それはもちろん最高司令官を失った軍の立て直し、また国を護るためのこれからの方針を決めることだった。

 先ほどザブラスさんが言ったとおり、アンドル最高司令官が亡くなったとなれば敵の襲来も現実的な話となる。


 そのためにも、火急の対応が必要なのだ。


「で──? ハーパーさん、Dr.ララ。

 今後はどうするのか、じじいはなんか言ってなかったのかよ」

「とりあえずは、体制が整うまでこの事は世間には内密にすること、とのことです。彼が危篤になる前の話ですが。

 次の最高司令官が見つかるまで時間はかかりそうですが、それまで私が何とかしましょう」

「ララの方でも、その方針でご家族にも同意を得ました。それで、いいと」


 ならば、次の最高司令官は誰にするか、だ。


「次期司令官候補の中には、幹部から抜粋する、と言うのがまぁ妥当だと私たちは考えています。

 貴方達なら──まぁ誰が就いても良い司令官にはなれるでしょう。立候補はいませんか?」


 4人の中で手を上げるものはいなかった。

 それもそのはずだ、最高司令官という役職は国全体の軍人達の仕事や生活、そして命その他諸々の全てを一身に背負う役職だ。


 おいそれと立候補も推薦もできるものではない。


 逆に今までの30年間、変わらずに軍のトップに立っていたアンドル最高司令官が異常だったのだ。

 彼がなき今、その全てを背負えるほどの器を持った人間は、この国にはそういない。


「ハーパー指令よ、ヤツ・・はどうだ?

 長いこと北東の街を彼の采配によって護ってきてもらってはいるが、呼び戻せればヤツほどの戦力もいない。

 いっそ最高司令官になるのも──と思うのだが」


 そう質問するのはザブラスさんだった。

 若い幹部達が集まったこの中では、比較的彼はキャリアが長い。


 こういう時には年の功というものを発揮できる頼もしい人物だ。


「いいえ、それも考えましたが、あの街はやはり彼無しで長い間保つのは難しいでしょう。

 彼はあの場所にいるべくしている、アンドルの指示は、北東と北西、どちらの幹部にも継続と言う形が良いと考えています」

「そうか、確かにそれもそうだろう」


 ザブラスさんは、それ以外何も言わなかった。

 不安定な国、亡くなった最高司令官、喋らない最高司令官────


 様々な要素が幹部達を混乱させ、結果この沈黙を生んでいた。



「今、どうにかデキる問題なのでしょうカ────」

「リーエル、どういうこと?」

「イイエ、去年は幹部が2人も行方不明、それに加えバルザムまでいなくなリ、軍の戦力はかつてないほど低迷していマス。

 その状態で最高司令官を新たに建てる余裕ガ、果たしてあるのかないのカ」


 その言葉を聞いて、たちまちに皆がやる気を無くした。

 確かにリーエルさんの言う通りだが、それでも考えようとして────


 結局その言葉が今の現実だと気付いたのだ。


「リーエルさん、ララはそれを今言うのはどうかと思います」

「リーエルよ、少しは空気読め……」

「え、えええェ??」


 皆からの呆れた空気に、リーエルさんはただただ戸惑う。



「まぁ、どうせ今日決まるとは思ってませんでしたよ。

 でもねぇ、そんな風に言われたら私みたいなおばあちゃんもやる気無くなっちゃうよねぇ」

「ハーパーさん、ごめんなさイ!!」



 しかし結局、リーエルさんの言葉が真実だったのかどうだったのか、その会議では結局新たな最高司令官は決まることがなかった。

 その日はただ最高司令官の死、と言う重い事実を皆に伝えたまま、短い会議は終わったのだった。



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