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帰りたい(158回目)  ララさんの秘術


 明くる日、私たちも村を出発となった。


 朝の清々しい風がマガリ村を吹き抜け朝一番の私たちの心を──寒い寒い寒い!!


 寒いよぉ、凍えるよぉ、死んじゃうよぉ────


 もっと温かい布団で寝ていたかったのに朝早く起こされた私のテンションは、最悪だった。

 本気で仮病を使って休もうかと思ったけれど、そうしたところで後に控える全く知らない人たちの集まる隊に編成されて街に帰ることになるだろうし、それも拒否すれば歩いて街に帰ることになる。

 流石にそれはどちらもキツいので、仕方なく今日も起き上がり、私はできる限りの厚着でホテル1階の食堂スペースへ出た。


「おはようエリアルさん。

 昨晩はよく寝れましたか?」

「遅いぞエリアル」


 どうやらララさんとクレアは既に準備万端のようだ。


「おはようございます、ララさん。

 ええもちろん、よく寝れました」

「まぁ──いいでしょう、どうしても不眠に困ればララに相談してください。

 ララは貴女の健康の味方ですから」

「それは、頼もしいです」



 ララさんは、どうにもミステリアスな雰囲気でつかみ所のない人だ。

 例えるなら、ここには確かにいるんだけれど、彼女のほとんどがここにはいないような感じ。

 まぁ、その感覚はある意味正解なのだろうけれど、それでも国ではトップクラスで頼りになる人なんだ。


『人は見た目によらないなぁ』

「何か?」

「いいえ、なんでも」


 同じ人間のはずなのに、私よりも薄着の彼女は、これっぽっちも震えていなかった。

 ただ、朝の日差しを浴びて眼を細める彼女の肌は透き通るようで、淡い霞になって消えてしまいそうな程儚げだった。





「では、本隊から護送する槍と馬を借りに行きましょう」


 どうやら私待ちだったようで第12チームは、早速護衛のために出発することになった。


 昨日宿の場所を聞いたテントまで行き、手続きを済ませる。

 そこで私たちに渡されたのは、紙に包装された金属製の槍だった。


 持っているだけで重圧が伝わってきて、私が武器にするにはちょっと重すぎるけれど、いかにも伝説に名を残したというオーラが紙越しにも伝わってくる。


「これ、本物か?」

「クレアさん、それはララにも分からないことです。

 なぜなら、本物かどうかは、完全にランダムですから」


 つまり、私たちにも真偽を伏せることで、絶対に敵に情報が漏れないようにするという算段だろう。

 知らないものは教えれないし、本物かもと思えば必死に護らざる負えない。


 まぁ、この作戦を考えた人は、その偽物かも知れない物のために命をかける私たちの身にもなって欲しいのだけれど。


「ん? じゃあ、どれが本物か分からないなら、エクレアに着いても本物が届いたかからないんじゃないですか?」

「向こうに着いてから、鑑定するとララは聞きました。

 それまでこの槍を全力で護らなければなりません」


 これが本物かどうかは分からないけれど、伝説の槍レガシー。

 そんなものを私たちが運んでいるかと思うと、緊張はさらに高まる。


「まぁ、作戦なので命令に従いますが、そのためにいくつ怪我が増えるかと考えると、少し怒りも感じますね」


 表情の読みにくいララさんは、そんなことを小さく言った。



   ※   ※   ※   ※   ※



 ここからエクレアまでの道のりは3日、明後日のお昼頃に街に到着することになる。

 それまではララさんと私の交代で馬車を引くことになった。


 預かった馬を見てみてビックリ、なんと以前サガラ村でお世話になった、あのベテランの馬だった。



“久しいな、人の子よ”


「あぁ、以前はどうも。

 えーっと、名前は……」


“ハマルド・ジャリル・センリ3号だ”


「呼びにくい……」


“ハマルドは母の名前、ジャリルは父の名前、センリは我々兄妹につけられた名前だ”


「センリさんですね」


“もう、それで良い”



 呼び名など、興味も無さそうにセンリは鼻を鳴らした。

 でも、流石ベテラン馬と言ったところか、鐙や鞍をとても付けやすいように身体を動かしてくれるので、私のような若い馬主でも装着しやすい。


 前は何気に乗ってしまったけれど、乗馬もできる馬車馬はとても貴重だし、とても乗り心地が良かった。

 あの王女様、スピカ・ベスト姫も認める乗り心地なのだから、このセンリ、実は侮れない。



「エリアル──もう少しゆっくり……」

「えー」


 しかし、出発してすぐに、クレアは気持ち悪そうな声を上げた。

 どうやらまた恒例の馬車酔いらしい、結局馬は関係ない、と。


「クレアさんは馬車に弱いのですか?」

「えぇ、いつもこんな感じで」

「他の乗り物でも?」

「昔、馬に蹴られて、そのトラウマで────おろろろっ」

「あらあら」


 吐きそうになるクレアの背中を、ララさんはゆっくりさする。

 流石稀代の大癒師といったところか、それだけでクレアは少し楽になったようだった。


「でもこれでは敵の襲来への対処がおくれてしまいますね」

「まぁ、そうですね」


 今までも馬車に乗った直後の戦闘はあったけれど、やはりクレアは本調子を出せていなかった。

 彼女が戦闘にマトモに参加できないというのは、うちの隊ではけっこうな損害にもなっている。


「あ、アタシは全然大丈夫だぞ……!!」

「無理でしょう、それは。

 それよりも、ここのツボを押すとかなりよくなりますよ。

 ララが発見したんです、そーれ」

「おっ!? おぉ? おおおぉぉぉぉぉぉっ!?」


 押された瞬間、クレアが心の底から湧き出るようなうめき声を上げた。

 あまりに驚いたので、わたしは思わず馬車を停めていまった。


「クレア? 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫どころじゃない!!

 すごいすごいぞ!! 全然気持ち悪くない!!」

「え、ホントですか?」


 セルマの魔法でも緩和されるだけだった馬車酔いが、一瞬にして克服されてしまった。

 魔力も使っていないのにこの効き目は流石に恐れ入る。


「クレアさんの場合馬車酔いは以前のトラウマによるものだったようなので、ララは緊張緩和のツボと、バランス感覚向上のツボを少し刺激しました。

 効いたようで何よりです」

「すげぇ、ララさんありがとう!!

 やった、馬車酔いが治ったんだ!!」

「治ってはないと思いますけどね」


 その後も、しばらく馬車を走らせてみたが、クレアが再び吐き気を催すことはなかった。

 どうやら本当にクレアには効果のある方法だったらしい。


「へぇ、こんなところを押さえるだけでいいんだな!」

「自分でやってみても効果があるので、次回からララが教えたように是非試してみてくださいね。

 あとは前後での栄養と睡眠を欠かさなようにして欲しいです」


 しばらくツボ押しの方法を教えてもらったクレアは、どうやらララさんの手ほどきでマスターできたようだ。

 そういえば来年にはクレアも16歳になり、馬車の操縦が公道でも出来るようになる。

 今のところ小隊だけの任務の時には私とセルマが交代でやっているけれど、いつかクレアやスピカちゃんにも変わってもらいたいものだ。



   ※   ※   ※   ※   ※



 軍幹部のララさんとの会話はかなりクレアにとって有益なものだったようで、彼女はすっかりララさんに懐いていた。

 穏やかに答えるララさんも話し上手聞き上手で、アデク隊長と話す時よりクレアが生き生きして見える。


「だから、『ボートサイズ・ウォーの闘い』は、ラジアンさんの采配がカギだったと聞いています」

「へぇ、やっぱりじいちゃんの活躍はすげぇな!

 ララさん聞かせてくれてありがとう!」


 え、クレアのおじいさんてそんなすごい人だったの??



 ララさんの奇跡のマッサージの後、クレアの馬車酔いは復活することもなく、お空の太陽が高く昇る頃になった。

 今のところ特に何もなく、のどかな山や森が広がるだけだ。


「なぁ、ララさん。噂なんだけどよ……」


 だから、そんなのどかな雰囲気で、クレアが少し口篭もって話し出したのには、私も少し違和感を感じた。


「なんでしょうクレアさん?

 ララで答えられることなら何でも────」

「モーガン最高司令官が死んだって、ホントか……?」



 一瞬、私たちの間に沈黙が流れた。

 突然の重い話題に、ララさんも私も反応が出来ない。



「クレア、それは────」

「いや、ごめん、でも噂で聞いたんだ。

 最近モーガン最高司令官が死んじまったって。

 ホントにただの噂なんだけどよ、最近隊員たちの中で出回ってんだ、そう言うのが。

 まさかとは思ったけれど不安でアタシ、気になって……」


 先日からララさんの病院で入院していたモーガン最高司令官。

 けれど、亡くなったというニュースどころか、モーガン最高司令官の入院さえ、今のところ世間に出回っていないはずだ。



「なぁ、ララさんならなんか知ってるんだろ?」

「クレアっ」

「────いいえ、エリアルさん、いいのです。

 その質問にはララが答えます」


 クレアを止める私を、ララさんが遮る。

 そしてしばらく迷った後、彼女は静かに言った。



「その噂は──間違いのないことです、真実だとララが断言します。

 彼は先日、ララの経営する病院で亡くなりました」


 軍の幹部の一人、ララ・レシピアさんの口から、真実が語られた。


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