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帰りたい(156回目)  お夕食は奢ってもらう、多分それが筋だから。


「え、夕食付いてないんですか?」

「申し訳ありません、そのようなプランになっておりまして」

「そ、そうですか……」


 どうやら思いの外軍はケチだったらしい。

 一度部屋に荷物を置いた私は夕食がいただけるのかと思って宿の1階に降りたが、受付の人に言われてしまった。


 そうかそうか、泊まるのなら食事の代金は自分で出せと。

 きーさんの分はもう部屋であげたので心配いらない、今は部屋でのんびりしている。

 けれど、私の分は今から外に出て、何かしらのお夕食を食べに行かなければならないのか。


 面倒くさいなぁ、寒いなぁ、嫌だなぁ────


『止めちゃおうかな……』

「どうされました?」

「うわっ、ララさん」


 先ほど別れたララさんが、私の後ろに立っていた。

 気配に敏感な私なのに、まったく気付かないなかった。

 やっぱり間違いない、ララさんは相当なやり手だ。


「なな、何でもないですよ……」

「そうですか、何でもないならララは別にいいんです。

 一日三食の重要性、特にお夕食をいただくことの重要性を説明しなくていいなら、ララは別にいいんです」


 うわバレてた。

 やっぱり健康のスペシャリストの眼はごまかせなかった。

 横着な私の敵である。


「そこまで面倒くさいならララならそこの食堂で食べます」

「え、でもあれはプランに入ってないから使えないんじゃないですか?」

「お金を払えば大丈夫──だそうです。

 テントでの宿泊になった人たちが入って行くのをララは見ました」


 そうか、この小さな民泊にしては沢山の人がいると思ったら、誰でも大丈夫だったんだ。

 きっと民泊の経営だけじゃなく、周りに食堂として解放することで経営を維持してるんだろう。

 受付の人もそう言うことは早く言ってほしかった。


「奢りましょうか?」

「いいえ、それは申し訳ないですよ」

「そうですか、なら旅の間の調理くらいはララに任せてもらいましょう。

 あと明日は6時半くらいにここに集合にします。

 クレアさんにはララから伝えておくので心配いりませんよ。では良き夜を」


 それだけ伝えると、ララさんは宿から出かけていった。

 バルザム教官やロクデナシのアデク隊長や食い逃げ犯のリーエルさん、根性無しのリアレさんに出会ってきて忘れてしまっていたが、軍の幹部というのはとても偉い人たちなんだ。


 気遣いや接し方一つとっても、ララさんにはそれなりの威厳と、それを持ち合わせてもなお収まりきらない包容力がある。

 そういえば、ミリアも実はa級になってからも昇進のために幹部とのパイプを作りたがっていたのだったっけ。


 なんか、改めて軍の幹部という立場の人と話すのがとてもすごいことなんだと思い知らされる。


 今までの幹部さん達のことは一度忘れよう────




「おい、そこの死んだ眼、待てや」

「エビフライか、たまには揚げ物でもいいですねぇ」

「こら、露骨に無視すんなやそこの死んだ眼っ!!」


 ララさんにお勧めされた食堂に入ろうとしたら、私を失礼な呼び名で呼び止める者がいた。

 どうやら「死んだ眼」というのはやはり私だったらしい。


「どなたでしたっけ?」

「はっ、オレっちに名乗る義理はねぇよ」


 と、見せかけて実はこの人の正体を知っている。

 この人は確かデルス隊第15小隊のナルス・バンスだ。


 先日の集会の時、みんなの前で質問をして注目を集めていた男だ。

 隊の仲間らしき人を2人ほど引き連れて、なぜか私を睨みつけている。


「どうしたんだいナルスゥ?

 ボォクはこんな庶民的な場所早く出たいんだけどねぇ?」

「オメェは黙ってろサラン」

「ひっ!! ご、ごめんよぉ……」


 スカしたサランと呼ばれた金髪の男が、ビビっておずおずと下がっていく。

 なんかダサいな────


「デジレも、サランを連れて少し下がっててくれや」

「む────」

「ちょっとナルスゥ!? ナールースゥ????」


 もう一人の仲間も彼に促されて、ビビりの金髪を引きずって宿から出て行った。

 彼の声が聞こえなくなると、再びナルスは私に向き直り鋭い目線を送ってきた。


「オメェよぉ、この間の集会で────」

「それ、ここで言わなきゃダメですか?」

「は? なにを──あ……」


 周りを見てようやく気付いたらしい。

 私と彼はいま、民泊の食堂の入口で大層注目の的になっていた。


「おいおい、喧嘩かよ、余所でやれや余所で!!」

「バカヤロウ、こんな所で問題なんか起こすなよお前ら!!」

「エリアルがナンパされてる!! 隊のヤツらに言いふらさなきゃ!!」


 一人だけなんか勘違いをしているクレアさんがいたけれど、その他の隊の大人たち辛めの眼冷たかった。

 規律に厳しいデルス隊だ、こういう問題を起こすのはきっと彼にとってもまずいだろう。


「注目を集める固有能力──でしたっけ?」

「そうさ? オレっちの固有能力だ──って覚えてんじゃねぇか!!」

「じゃ、私はこれで」

「おい待てや」


 逃げようとした私をナルスは止めた。

 どさくさに紛れて逃げようとしたのにそれは許してくれないらしい。


「あー、ねぇちゃん、とりあえず食堂で話そうや?

 あそこなら目立たねぇだろ?」

「いや、私外行きたいんで……」


 本当は食堂で食べるつもりだったけれど、この際逃げ出せるなら寒くて凍えそうなお外でも、出ていくしかないだろう。


「おいおいおいおい待てや待てや待てや待てや!

 オレっちが奢るからついてこい!!

 お願いだから!!」

「えー……」


 多分クレアの言うようなナンパとかではなさそうだけれど、とりあえず奢ってもらえることになった。

 やったぁ、とはならないのが肝である。



   ※   ※   ※   ※   ※



 民泊に併設された食堂は、思いの外人で溢れていた。



「何なら頼んでいいんですか?」

「なんでも好きにせいや、女に食事を金で選ばせるほどオラっちは落ちぶれてねぇよ!」

「無理矢理連れてきていう言葉じゃないですよね。

 じゃあこのチーズラザニアの小さいヤツとサラダ、あとレモンジュースを」


 遠慮せずに頼んだら、食事は結構早く運ばれてきた。

 ナルスの方はシチューに、パンに、ソーセージにラム酒。

 温かい食事は机の上に広がり、疲れた身体がそれを求め始めた。


「で、お話しとは────」

「先食べねぇか? 冷めちまって喰えネェだろ?」

「じゃ、じゃあいただきます……」


 食事優先なのか──と思ったけれど冷めるのは私もイヤなのでお言葉に従うことにした。


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