「この宿ですね────ってあれ?」
宿、と指定されたそこは小さな民泊だった。
12チームの集まる宿なのだからもっとでっかいホテルのようなところを想像していたけれど、古き良き宿泊施設で、とても何十人何百人と人が止まる余裕はないだろう。
他に12チームの泊まる事になっている施設はないようだし────
「なんだよ、ここで合ってんのか?」
「多分……」
別に泊まれれば高級ホテルでも民泊でも私達は構わないし、この宿は落ち着いた感じで雰囲気も悪くないのだけれど────
果たしてここが正解なのかと2人でモヤモヤする。
そしてしばらくきーさんで暖をとりつつ宿の前に停滞していると、宿から女性が一人出てきた。
「こんにちは、どうかされたんですか?」
「あぁ、アタシ達軍の人間で12チームだって言われたんだけどよぉ。
この宿で合ってんのか?」
「あぁ、間違いありませんよ、ここの宿は12チームの宿泊施設です。
ゆっくり出来るいい施設ですよ」
「そっか、よかったよかった」
丁寧にお話ししてくれる優しい感じの女性だ。
その話を聞いて、クレアはようやく長旅から休める、と安心したらしい。
「ここだってよエリアル。たまたま宿の従業員に会えて良かったな」
「クレア、それは違いますよ────
彼女は従業員さんじゃないです……」
「へ?」
女性は、軍服こそ着ていないものの、クレアのような新人さんでなければ、誰もが知る顔だった。
肩まで伸びる銀髪に、線の細い整った顔。
穏やかなように見えて、奥にとてつもないエネルギーを秘めたような群青色。
間違いない、彼女は────
「ララ・レシピアさんです……」
「ララ──はっ!?」
今度こそ正しい反応、クレアが驚きの声を上げ固まる。
流石のクレアでも、その名前に覚えがあったようだ。
ララさんは、クレアの反応を受けて少し面白そうにクスクスと笑った。
「名前は知っていただけているようでララは嬉しいです。
初めましてですね、お名前を伺っても?」
「く、クレア・パトリス!! よろしく!!」
少し興奮したようにララさんに握手を求めるクレア。
ララさんもそのような反応には慣れているのか、にこやかに握手に応じてくれていた。
「とりあえず、中で話しましょうか。
長旅で疲れているならまずはゆっくり休むべきだと、ララは思います」
※ ※ ※ ※ ※
ララ・レシピアさん、国から認められた
その称号は、通常の癒師を遥かに凌駕する技術と功績を持つ物だけが許される資格で、長い歴史の中でもたった3人しか存在しないという。
通り名は【アウト・リーチ】。
彼女の固有能力にも起因するその通り名は、敵味方軍人一般人老若男女問わず、あらゆる人間の知るニックネームだ。
しかもララさんは、
かなりやり手の経営者としても有名で、例えばエクレアにあるエクレア中央病院──アンドル最高司令官が入院していた病院は、彼女が院長を務める。
本人はなぜか好き好んで看護師さんの格好で業務をしているけれど、街の人からもララさんの医療への信頼は厚い。
あのアデク隊長でさえ「Dr.ララ」と呼び、心の底からリスペクトしている様子だった。
ちなみに、軍の10人の幹部の一人も務めている。
ララさんが就任してから、軍の殉職率、労災率、戦場での負傷率諸々は大幅に減ったらしいが、出産率だけはかなり上がったそうだ。
「こんにちはララさん」
「貴女は……初めましてですね、ララ・レシピアです」
「エリアル・テイラーです、よろしくお願いします」
私たちが面識があることは一応秘密なので、上手くぼかしてくれた。
アンドル最高司令官の件とか、会ったのは周りにバレてはいけない面会だったので私たちはアイコンタクトで初対面を装う。
「それにしてもララさん、他に12チームの泊まる場所がないなら、私たちのチームは一体何人なんですか?」
「あぁ、それアタシも気になった」
「ララ達のチームの人数、ですか?」
ララさんは、膝元にすり寄ってきたきーさんを優しく撫でている。
あの猫が私以外の人間に自分からすり寄るなんて──と少し衝撃を受けたけれど、まぁララさんの包容力なら仕方のないことだろう。
しかし、猫が安心しきれば私も気持ちが伝わって少しだけ眠くなるので程々にはしてもらいたい。
「チームの人数は3人ですよ」
「さ、3人!?」
「私、エリーさん、クレアさん、で3人です」
なら、ここに集まるだけで12チームは全員ということになる。
小さな民泊が貸し出された理由は分かったけれど、私たちの任務は聖槍の護送だ。
15チームのそれぞれに、本物もしくはレプリカの聖槍が渡され、エクレアまで守り切る必要がある。
つまり、本物であろうとなかろうと、それに見合った万全の体制が必要になるんだ。
3人ぽっち──それはいくら何でも少なすぎる。
「チームの戦力は平等に分断されるんじゃなかったのかよ!」
「ええ、それで先程私も本隊に確認を入れてみましたが、これで全員だとララは言われました。
間違いはないようです」
ララさんもそこは気になったようで、一応確認はしてくれてあったらしい。
まぁ、新人さん2人と組まされた彼女の気持ちを考えれば、当然か。
「12チーム、13チームだけが3人という人数だそうです。
でも、戦力不足は否めませんが、最悪怪我をする前にララが治しますから、心配はいりませんよ?」
「た、頼もしすぎるけどよ……」
そう言われるとなんだか、ララさんがいれば大丈夫なんじゃないかという気がしてくるから不思議だ。
そうか、私たちもだけれど13チームの人たちも大変だなぁ────
「あれ、13チームってアデク隊長達のチームじゃなかったでしたっけ? セルマとスピカちゃんも」
「あーそうだったな」
「そうなのですか、ララもそれは初耳です。
でもあの【伝説の戦士】がいるなら、戦力的には問題ないでしょう」
【伝説の戦士】の実力は、ララさんからしてもお墨付きなようだ。
ララさんから聞くところによると、他のチームは100人単位、多いところでは250人のチームもあるそうなので、改めてうちの隊長が何か凄い人だったことを思い知らされる。
あれ────?
戦力的が平等に分断。もしかしてララさんてアデク隊長と同じくらい強いんじゃ────
ヒーラーかつ病院を経営していて、何千人、何万人を救ってきたララさん。
そんな彼女が軍の幹部に選ばれているのは納得だけれど──彼女の強みががそれだけではないとしたら?
もしかして治して戦えるスーパーキャリアウーマンなんじゃ?
でも本人に「戦えるんですか?」と真っ向から聞くのはとても失礼だ。
「ララさんて戦えるのか?」
うわ、私が聞けなかったことをなんの臆面もなく問うてしまううちの問題児クレアさん。
しかしそれに怒るでもなく、ララさんは指を口元に当ててしばらく考えていた。
「さぁ、いつも後方支援なのでそもそもがそこまで戦ったことがララにはないんです。
一応、いつも鍛えるだけ鍛えてはいるのですが」
そうは言うけれど、ララさんには戦える筋肉というものがあるようにはあまり見えなかった。
私程度でも触ったら折れそうだとよく言われるのに、ララさんはその更に下を行くだろう。
結局、どっちなんだろう?
「まぁ、何とかなりますよ。
ララも今まで色々な局面に立たされましたが、患者を救うという使命がある限りララは折れませんからいつでも頼ってください」
やっぱり、そう言われると何とかなる気がしてくる。
底知れない看護師さんとの聖槍護送作戦は、いよいよ明日だ。