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帰りたい(153回目)  素敵な伊達眼鏡


 王様との対談は、それだけで終わった。


 本人が忙しいと言っていたこともあって、思いの外長話もなく帰路についた。


“エリー、だれか来たみたいよ”

「え?」


 次の日、帰りがけに渡された高級なお菓子後で値段調べて受け取ったことを後悔したを自分の家で食べていると、きーさんが私にすり寄ってきて報告した。


 扉を開けて出てみると、私の家に一つの荷物が送られてきたようだ。

 差出人は国王、前回の手紙と同じように王国マーク付きのロウの封と、直筆サインだ。


 ところで配達人は────


「やぁやぁ」

「リゲル君、何してるんですか」

「配達人だよ、ふふん」


 だから、なんでその配達人をしているのか、私は聞いているんだ。

 仮にも国の王子が、こんな南方の風習に寄せた珍しい造りのアパートメントにわざわざ来るなんて、どんな庶民派なんだといいたくなる。


「国王からの手紙は基本超極秘事項だからね。他者の手に情報が渡る可能性が僅かでもあるなら、普通の郵便は使えないのさ」

「なるほど、そういえばこないだの手紙の時もリゲル君が届けてくれたんでしたね」


 きーさんが前に言っていた、手紙を届けに来た変だけど怪しくはない男だ。

 いや、充分怪しいでしょうこの王子様────


「それに今の僕は新米王国騎士でもあるしね」

「え、軍を辞めちゃったんですかっ?」


 リゲル君は私と同期で同隊だった、いわば同じ軍3年生の盟友だ。

 キャリアは随分と差が開いてしまったが、私は彼がとても強力な戦士だということも、とても軍を楽しんでいたということもよく知っている。

 そんな彼があっさり軍を辞めてしまったことに素直に驚いた。


「先日の件で色々思うところがあってねぇ、周りの人にすごい迷惑もかけたし、ちょうどいい潮時だと思って」

「ロイドは良かったんですか?」

「アイツは去る者を追うやつじゃないよ。

 キース──もう一人の仲間には止められたけどね。

 ま、僕がいなくなったら人数不足で小隊解散だし当然か、ハハハッ!」

「今笑いどころありました??」


 相変わらず何を考えているか分からない王子様だ。

 まぁ、飄々としてる割に、本人なりの考えはあるらしいので、他人の私はそっとしておく他ないのだろう。


「それと、僕が来なきゃイケなかった理由はもうひとつあるの。

 ちょっとそのお届け物、この場で開封してくれないかな。はやくはやく」


 促されるまま渡された荷物を開封すると、中に入っていたのは一本の眼鏡だった。

 縁は濃い蒼色、レンズは四角いタイプで、重さやしなり具合にも変哲はない、いたって普通の眼鏡だ。


「眼鏡ですか?

 ありがたいんですけど私、裸眼でも普通に見えますし、もらっても────」

「よく見てご覧よ、普通の眼鏡じゃないからさ」


 そう言われてかけてみると、度が入っていなかった。

 眼鏡の形はしているけれど、視力低下の矯正には役に立たない、いわゆる伊達眼鏡と言うやつである。


「素敵なデザインですね……ありがとうございます」

「ちょっと待って、それ使う気のない人のセリフでしょ??」


 流石リゲル君、よく分かっていらっしゃる。

 特に伊達眼鏡というファッションに興味もないので、私は多分この眼鏡をすることはないだろう。


「それが、必要なんだよ。その眼鏡は特殊でね」

「これが? この眼鏡が?」


 ぐるっと見回してみたけれど、何の変哲もない普通の伊達眼鏡だ。

 嫌味のないデザインで嫌いでは無いけれど、いくらお安い商品だ、と言われてもタダだと勧められても、買うことはないだろう。


「どこが?」

「この眼鏡は、実は魔術の千里眼、書物検索、いい食材の判断、暗視、カードゲームの透視などなど様々な用途のついたスーパー眼鏡なのさっ!」

「へぇ、それはすごい。イカサマし放題ですね」


 確かに凄い、カードゲームの透視はともかく、そんなことが出来るなら、仕事中は疎か普段の生活さえ便利になること間違い無しのスーパー眼鏡だ。

 しかしどこをどういじっても、試しにかけてみても、それらの効果は発揮されなかった。


「壊れてるんじゃないですか?」

「壊れてないよ、開発が間に合わなくてそれらの効果のほとんどが付随できなかっただけで」

「本当に素敵なデザインですね、ありがとうございます」

「ちょちょちょ、話は最後まで聞けよ」


 慌てて、リゲル君は私が外そうとした眼鏡を再びかけ直させる。


「今この眼鏡についてる効果はただ1つ、しかしこれは大本命の効果なのさ」

「と言いますと?」

「魔眼からの防御だよ」


 魔眼──何かしらの力を持った目の総称。

 眼に関する魔法を使うことではなく、所持していることで恩恵を得られる眼の総称だ。


 その言葉で思い付くのは2つ──1つは先日セルマに宿った緑色の眼、謎は多いけれどしかしあの件は今は落ち着いているし、リゲル君は知るはずのないことだ。



 ならやっぱり、彼の言う魔眼はもうひとつの────



「ミリアの眼──からの防御ですか……」

「そうさ。聖なる力に、超高純度の高い光の魔力、世界樹の葉を丁寧に練り込んで作るらしいんだけどさ。

 これをかけていれば魔眼から絶対の防御が約束される優れものさ。

 つまり、この眼鏡をしていればミリアと目を合わせても」

「記憶を消されない……」


 そうか、やっぱりリゲル君も、そこまで知っていたんだ。


 前回、敵になった彼女と目を合わせた瞬間、私から剥がれ落ちた記憶がある。

 確かに私は、彼女と眼を合わせることで、大切にしなければいけない記憶の何か・・を失った。


 幸いにも、相棒のきーさんのおかげで私はどんな記憶を失ったかに気付いたけれど、次眼を合わせたらまた忘れる、そして思い出す、忘れる、思い出す──その堂々巡りだ。

 それに次いつ遭遇するかも分からないミリアに対し、その記憶をを保つ対魔眼用のこの眼鏡は、使えるのかも知れない。

 でも────


「どんな超人でも、相手と目を合わせずに闘うのは難しいよ。

 眼は口ほどになんとやら、どんな素人クンでも無意識のうちにやっている、戦闘の基本中の基本さ。

 それを封じて闘わなきゃいけないってことは、大きなデメリットだからね」


 そう言われて私は渡された眼鏡をもう一度見回す。

 やっぱりいくら観察してもその眼鏡は変哲もなかったけれど、少しだけ乱反射する光が鈍く青く光っているように見えた気がした。


「世界に2本しかない──父が知り合いの技術者に無理言ってつくらせたものなのだけど、それだけ貴重なものだ。

 是非受け取って欲しい」


 でも王様はこれを、彼女を私が止めるためではなく、彼女と私が闘うために渡すんだ。


 だから、これを受け取ったら、本当に永遠に、彼女から手が離れてしまう気がしてしまった。

 今苦しんでいるあの子に、味方になれるのが私しかいないあの子に、それでも刃を向ける覚悟を、今決めなければいけない。


「ミリアを止めるための武器を持つこと、それにためらっているのかい?」

「はい────」

「そんなに深く考えなくていいんじゃないかな?

 別に父さんも、君がミリアを倒したって、説得したって、行き着く結果は身の安全だし、君がどう使おうと気にしないと思うよ。

 まぁそれを踏まえても、まったく父さんも酷いこと押しつけるとは思うけどねぇ」


 その言葉を最後に、彼と私の間に沈黙が流れる。

 いつもならば心地いいはずの彼との間の沈黙も、刺さるように痛い。


 きっと、リゲル君も私の気持ちを慮ることで、色々と声をかけ倦ねているんだろう。

 飄々として、常に先を見通して、全てを楽しくおかしく生きているような彼だけれど──私の、ミリアの、目の前の女の子の辛い気持ちにより添うのは、苦手なのかも知れない。


 それでも彼は、口を開く。


「父さんを、恨んでるかい?」

「────────はい……」


 正直な言葉だった。

 王を恨む──その言葉は、きっと今彼に言ってはいけない言葉で、あまりにも王子にも私にも重すぎるけれど、私の本音で、本性だ。


「そうか……」


 眼をつむったリゲル君は短くため息をつく。

 奇しくもその姿は、父親であるベスト王そっくりだった。


「他にも僕に協力できることがあったら言ってくれ。

 僕でよければ、国でも裏切るよ」

「国でも──流石王子様は、スケールが違いますね」


 少し皮肉交じりに、少し冗談交じりに──そしてとても大きな感謝を交えて、私はそう返した。

 リゲル君はいつものように微笑むと、一瞬だけふと真顔に戻る。




「だから、エリー、お願いだから一人で抱え込むな」

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