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帰りたい(152回目)  友だちの命に代わるモノ


 輸送作戦の日まで、何日か間があった。

 それまで私たちは、特に何があるわけでもなくいつもと同じような日々を過ごしていた。



「エリーさん、この後ちょっと。いいかな……?」


 ある日の訓練の後、スピカちゃんが私に声をかけてきた。


「何ですか?」

「ぱぱが、エリーさんにお話があるんだって。

 だからお城まで、来て欲しいの……」

「お、王様が……?」


 このサウスシスの王、スピカちゃんやリゲル君の父親。


 そんな彼が、私に用があると言うのが信じられない。

 スピカちゃんが言うのだから本当なんだろうけれど、だとしたらどうにもイヤな予感しかしない。


 私がした王様に怒られるようなこと──だめだ、心当たりがいくつかある。


「他に用事があるならいいんだけれど……」

「い、いや行きますよ。用事は特にないですから……」


 と言うか、王様に命じられてしまっては、例え私にどんな用事があろうともそれに応じるしかないだろう。

 スピカちゃんならそう言うところ分かっているはずなのに、まったく酷いモノだ。


 あぁ、だから上目遣いで見ないで欲しい────


「でも洗濯物外に出して来ちゃったんで、なるべく早く帰りたいですね。

 ほら、今日雨降りそうですし……」


 それが私にできる精一杯の抵抗だった。



   ※   ※   ※   ※   ※



 先日のように、私たちは王宮直通のエレベーターで城まで上がる。

 この間の騒動と違って、随分とたどり着く方法があっさりしたので、逆に面食らってしまった。


「エリーさん、そわそわしてる……?」

「いや、王様の言うお話しってのが何かが分からないですから」

「別にぱぱ、怒るために、エリーさん呼んだんじゃ、なさそうだよ……?」

「へぇ」


 そりゃあ怒る前から怒ってる人なんていないし、怒ると言ってから怒る人もいない。

 でも怒らないと言って怒る人はいっぱいいるんだから、理不尽なもんだ。



「ここ」

「ええぇぇ……」


 そして案内されたのは、玉座の間だった。

 物凄いお堅い甲冑に身を包んだ兵士が、昂然と扉を護っていて、見るからに私が入って良さそうな場所ではない。


 一度目リゲル君に招待されたときはダイニング、二度目こないだスピカちゃんを追いかけてきたときは修練場────

 三回目にして、ついにこの国の中枢とまで言われる場所に招かれてしまった。


「中にぱぱいる?」

「いますよ」

「あ、ちょっとまってスピカちゃんまだ心の準備がああぁぁぁぁあ……」


 私が心を落ち着かせる前に、スピカちゃんは護衛の人に玉座の間の扉を開けさせてしまった。

 プリンセスにとっては勝手知りたる自分の家だろうけれど、私にとっては永遠に足を踏み入れることもないだろうと思っていた聖地だ。


 私の気持ちも考えたペースで──出来ればこのまま直帰出来るようなペースで進めて欲しい。



「お帰りスピカ」

「あ、いた──ただいまぱぱ、エリーさん連れてきたよ……」

「この度はお招きの程、ありがとうございます。陛下の召集にて、エリアル・テイラーd-3級馳せ参じました」


 玉座の間の一番奥、もちろんそこに設置されているのは玉座だ。

 そこに座る王様は、前回会ったときよりも威厳と風格に満ちあふれていた。

 隣にいるお付きの人も相まって、なんだか目の前にいるだけ私が溶かされてしまいそう。


 この間の半おもしろおじさんみないな雰囲気では、どうやら今日は接してくれないらしい。


「レスター、彼女と2人で話がしたい。少し開けてくれ」

「はっ!」

「じゃあねぱぱ、ままに会ってくる……」

「ん、ママは部屋にいると思うよ」


 そういって、私を置いて2人は玉座の間を出て行こうとする。

 残されるのは私と王様────きーさんも今日は連れてきていないため、本当に2人きりになってしまいそうだ。


「ちょちょちょ、スピカちゃん行っちゃうんですかっ……?」

「えだってスピカ関係ないし……」


 うっわ、この子こういう時すごいドライなんだぁ。


「エリーさんばいばい……! また明日!」

「さ、さようなら……」


 そう言うとスピカちゃんは笑顔で行ってしまった。

 くっそ、人の気も知らないで────


「エリアル君」

「は、はいっ!?」

「あまりあの子を責めないでやってくれ。

 あの子の家庭環境は、私が言うのもなんだけど機密情報が飛び交う国の中枢部だ。

 情報を知っていた、勘づいていたと言うだけで狙われる、殺されることさえあり得る。

 昔から、私が誰かを呼んで話をしているときには席を外すよう、言いつけているんだよ」

「あっ、あーなるほど」


 あの子のたまにドライなところは本人の元々の性格な気がするけれど、今日みたいな場合は、そう言われてしまえば確かに責められない。

 知っているだけで危険、危ない、殺される────


 ホワホワしているような彼女だけれど、家庭環境や育った環境が私とは次元が違うことを、忘れてはいけないんだ。



「ところで、こないだぶりかエリアル君。

 今日私は君を叱るためにここに呼んだんじゃない、緩くしてくれたまえ」


 何度も言うけれど、私はその言葉をまったく信用していない。

 きっと、あの件とかあの件とか──もしかしたらあの件で怒られるに違いない。


「そうではなく、私は君を『友人』としてここへ呼んだんだ」

「は? 『友人』……???」

「正確には、息子の友人だが、まぁそれはもう私と君が友人でも差し支えないということだろう」


 差し支えまくりだわと思ったのは、ぐっと心に押し込める。


「なぜ私が、その陛下の『友人』としてここに呼ばれたんですか?」

「君も聞いてるだろう、ミリア・ノリスだよ」


 ミリア・ノリス、その名前に、私はキュッと心臓が掴まれた心地がした。

 先日見たあの写真は、間違いなく彼女のものだった。

 王様から送られた手紙にもあった通り、彼女の件は私たち2人が知るところでもあるのだし、このタイミングでアイツの話が出てくると言うことは、まぁ驚くべきことではないけれど────


「彼女が何か?」

「凱旋祭の時手紙にも書いたが、まぁ彼女の件に関しては我々大人も不甲斐なさを感じている。

 君の後悔には及ばないだろうが、やって来たことが全て台無しになった気分だった。

 あの子の国王暗殺未遂は、もっと前の段階で止めることができたかもしれないことだ」


 本当に申し訳なさそうな顔で、王様は玉座の肘掛けをいじくる。


「言いたいことが分かりません」

「今からでは遅いかも知れないが、彼女を連れ戻す手伝いをしたいということだよ。

 戻って、罪を償って欲しい。これは私も君も、同じ考えのはずだ」


 はずだ──と言いつつ、そこには確かにそうではない・・・・・・だろうという確信めいたニュアンスも含まれているような気がした。

 親しい人間に罪を償って欲しい、確かにそれだけで言い表せるほど、私が何も考えていないわけでは無い。


「確かに、私はこのままあの子を裏切り者として放っておきたくはないです。

 このまま裏切り者として彼女が暗躍し続けるぐらいなら、いっそ────」


 その先の具体的な言葉は、今の私からは出てこなかった。

 その代わり、口から出たのは自分でも言葉にしないと気付かないような、私の一番弱いところを抉る弱音だった。


「でも、彼女が帰ってきたら死刑になる、やっぱり対峙したくはありません。

 土壇場で説得も闘うことも、できなくなるかも知れません。

 今もミリアが戻ってきていつも通りの生活に戻れたら、そう思わない日はありません」


 と、そこまで言って私は俯いてしまって、国王の顔をまったく見ていないことに気付いた。

 あわてて顔を上げると、彼はとても悲しそうな顔で、私を静かに見つめていた。


「彼女のことは公にはなっていないが、私の暗殺未遂というのはそれに足るに有り余る罪ではある。

 もし彼女をこちらで捕らえ、それでもまだ離反者として振る舞うなら、君がいう通り死刑という選択も、止む得ないのは間違いないだろう」


 王様からでる死刑と言う言葉は、私が今まで聞いてきた中のどんな罰よりも重みが違った。

 そこには、確かにこの人の命令で人が一人──ともすれば何百人もの人をこの世から消してしまえる力を待っている。

 そして、そのことばは確かに今、私の友人に向けられた。


「だから、君には辛い仕事をまた任せてしまうから、『友人』としてここに呼びたかったんだ。

 絶対的な権力を持つ国王ではない、頼みを聞いても聞かなくても関係が崩れない、対等な友人として話を聞きたかったんだ」


 断ってもいい、やらなくてもいい、こんな辛いことは逃げ出したい、知りたくない、見たくない、帰りたい────

 ただ、それで私が何も見なくなったとして、いつかは誰かがアイツを撃つだろう。


 それでも国王が私を選んだのはきっと、私がミリアを連れ戻せる可能性が一番高いと、信じてくれたからだ。

 あの子を知っていて、あの子と会話が出来て、あの子と心が繋がって、あの子の裏切った理由まで全て知った私が────

 でも、過大評価されすぎだそんなの出来っこないと謙遜したくなる気持ちより先に、私が彼女を貫ける剣であるという事実を知って、胃の中からドロドロとした黒い物が押し寄せてくる気分だった。


「どうするか、今決めなくてもいい。ただ、その時が来ることは、分かって欲しかったから──」

「いいえ、やります、いざとなったら私がアイツを全力で止めます。

 これ以上、絶対に、ミリアの肩に余計な物は背負わせません」

「そうか、やってくれるのか」


 自分の要求が通っても、国王は嬉しそうではなかった。

 ただ非情な人間なら、あんな顔するはずない。

 私なんかより痛みを沢山知っているはずの彼は、それでもまだ私のような凡人より、喘ぎ苦しんでいるのかも知れない。

 そう、ちっぽけな私なんかより。



 自分の握った拳を見ると、震えていた。

 緊張でも怒りでもない、もちろん力が籠もって武者震いでもない。


 そうか────私は辛いんだ。

 深い闇の中で伸ばした手、それを掴み取って大丈夫だと抱きしめられるような人に私はなりたかった。

 私が決めた今の選択は、その伸ばした手を振り払う無情な人間のそれだ。


「本当にいつもいつもすまない。この借りはいつか大きくして返そう」



 友だちの命に代わるモノなんて、あるもんか────


 ただ誰も救えなかった私は、自分の元を去った友人より、国王という新しい友人を選んだんだ。

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