「で、だ。その理由というのは他でもない、聖愴“レガシー”が、敵に狙われているからだ」
敵、その短い単語に、会場が再びざわつく。
しかし今度は、ゾルゲさんも無理に皆の会話を止めることはなく、全体の反応を推し量っているようだった。
「どうやら、『敵』という単語に様々な憶測を働かせる者がいるようだが、我々の『敵』と言えば、ただ1つ。ノースコルの構成員だ」
その言葉に、一斉に会場がどよめいた。
やれとんでもないことだ、やれまたアイツらか、など。
しかし、殆どのみんなのどよめきの正体は、大方一つの疑問に集束していた。
「なぜ?」
「そりゃあお前さん、あの聖槍だぞ?
ありゃホワイトハルトにしか扱えないと言われる代物だが、使えばたちまち地を割り天を裂くとまで言われてんだ。
そんな効果眉唾物の話だが、もしそれが本当だとして、誰でも使える武器に置き換えてみろ」
「今の戦況が一変して、力関係が大きく傾く──ですか。
つまり敵は“レガシー”を奪って利用するのが目的、と────────あれ?」
何気なく聞いてだけだったのに、気付けば隣のアデク隊長が解説をしてくれていて、それを会場の皆が聞き入っていた。
「賢いじゃないかアデク、私のセリフを
「バカの一つ覚えみたいに
「ガキか」
ゾルゲさんは鼻を鳴らすと、不服そうに唸ってから、話を進めた。
「まぁ、恐らく敵の目的はこのバカの言う通りだ。
実際“レガシー”を狙った敵の襲撃が村で昨日あったことも報告された。
なんとか襲撃を止められたが、やはり護送中は一番危険を伴い相手もそこを狙ってくるはずだ。
エクレアで引き取るのも、“レガシー”の力を敵に渡さないため、そして我々の力として活用するためだ!」
会場の隅から、一つの拍手が上がる。
それにつられて会場の至る所から、ゾルゲさんへの拍手が巻き起こった。
皆心は一つ、敬愛し尊敬する国の伝説の騎士ホワイトハルトの遺物を、敵に渡したくないという思いだった。
「お前さんまで拍手するのか?」
「なんかやっとかなきゃいけない気がして」
「よくないぞそういうの……」
流されやすい私に、アデク隊長が白い目を送った。
「今回の任務は、今集まっている人々も含めエクレアに拠点を置く軍人には、極力参加してもらいたいと思っている。
これから配付する資料を基に、必ず不備のないよう聖槍を護りきれるように。解散!!」
※ ※ ※ ※ ※
「オラ、全員分もらってきたぞ。
死なねぇようにしっかり見とけ」
アデク隊長から渡された作戦の冊子を、訓練場に改めて戻った私たちは目を通す。
どうやら今回の作戦は、みんなでかたまって護送するのではなく、いくつかのチームに分かれて運ぶらしい。
本物の一本以外は全てレプリカで、敵の目を欺く算段なのだとか。
「え、全員でかたまった方が安全じゃねぇか?」
「ばか、前に教えたろ。今回、参加する人がめちゃくちゃ多い。
もし戦闘になっても、指揮を執れないからな。
だから、充分隊列組めて、戦力も保てる人数に分けた方が、成功確率が上がる」
そういって、アデク隊長は冊子とは別にそれぞれに封筒を渡してきた。
封筒には「アデク隊第1小隊、d-3級エリアル・テイラー」と書かれている。
どうやら個人に向けて、作戦のために配られたようだ。
「やった、ボーナスか!?」
「違うと思う……」
中を開けてみると、そこには一枚の紙が入っていた。
12チームと書かれている、なんぞやこれ?
「これは作戦の時の配属チームだ」
「みんな、同じちーむじゃ、ないの……?」
「らしいな、うちの隊は解体だ」
アデク隊長、スピカちゃん、セルマは13チーム。
私とクレアは12チームだった。
「お、エリアルと同じチームか」
「げ」
「げってなんだよげって」
そりゃあ、馬車酔いをする人間が同じチームじゃ、不安に決まっている。
酔い止めの魔法を使えるセルマも近くにはいないわけだし、知らない人ばかりのチームで他の人に押しつけるわけにもいかないので、どうせ私が看病することになるんだ。
憂鬱だなぁ、行きたくないなぁ────
「あと、お前さん達、コイツにも目を通しておけ」
「これは??」
「向こうの村で撮られた写真だとよ。
ノースコルの連中の中で、昨日の襲撃の時に何人かの撮影に成功したらしい。そいつらだ」
「この人たちが敵ってことね」
冊子を借りて見てみると、よく撮影できているもの、ぶれてよく撮影できていないもの、色々な写真が張ってあった。
どうやらあまり撮影者の腕は良くなかったらしい。
まぁ、戦闘の中写真を撮るのは至極大変だし仕方ないけれど。
「あ、この3人────」
「げげげっ!!」
何十人か写真や人相書きが張ってある中、私は一枚の写真に眼が行った。
そこには、写真に向かってポーズをとる男2人と女性1人の3人組が写っている。
その指名手配された顔に真っ先に反応したのは、私とセルマだった。
「なんだお前さん達、コイツらを知ってるのか?」
「えぇ、ミューズで闘った3人組です」
「あぁ、リアレとロイドが取り逃がしたっていう、あの────」
確か名前は若いドレスの女性がリスキー、ガタイのいい男がダスト、私たちより年齢の若い細身の少年がタイトだ。
仲のいい3人だったけれど、リアレさんを目の前にして決めゼリフから入ったり、イヌを自称したり──私たちの会話に鼻血を垂れ流すほど興奮したり。
面倒くさい上に、色々と濃い相手だったのを記憶している。
「わざわざ手配書の写真に決めポーズするなんてアホなヤツらだなぁ……
リアレが言うには、サンバカと言う表現が似合うヤツらだったと」
「あ、その表現最高ね!」
まぁ、言い得て妙だとは思う。
ただ、リアレさんと互角に戦ったり、身体から触手を無数に生やしたり、鉄の塊に身体を変化させたり。
ただのアホだと思って相手をすると痛い眼を見る相手だ。
「ぱぱを狙った人たちってこと、だよね……?」
「そうですね」
「ふーん」
感慨深そうに──かどうかはよく分からないけれど、スピカちゃんはその写真をじっと見つめていた。
そういえば、この人たちは一見ふざけてるようにも見えたけれど、
そして、あの時にいた構成員で、まだ捕まっていない人間がもう1人────
「あ、お前さんよぉ? この写真────」
隣で冊子をめくっていたアデク隊長が、一枚の写真を指差していた。
そこに写るのは、禍々しい真っ黒なマントに、フードを深く被って、半分身体が透けている人物の写真だった。
ピントが合っていないうえに顔までハッキリと見える写真ではないけれど、これはまちがいなく────
「お前さん……確かこのフードは……」
彼女は数ヶ月前に、敵の構成員を疑われて失踪した。
そして、今度はミューズで王様の命を狙う敵として現れた。
「ミリア……」
私の親友ミリア・ノリス。
敵になった彼女と再び相まみえるときが、近付いていた。